仕事から逃げたい
今回話題にするのは『探さないで下さい』です。
中川学氏が描いた漫画です。
前回取りあげた『しんさいニート』と共通点が、いくつかあります。
⚫漫画の作品で世の中にデビューしている。
⚫作品は自分の実体験を元にして描いている。
⚫若い時期仕事(生きていくこと)が上手くゆかず
苦しんでいる。
⚫その苦しみは、死んでしまいたいという程切実
なものだった。
⚫幼少期、父親の言動に怯えて過ごしている。
(片や強圧的なしつけ、片や飲酒による乱れた行動)
⚫自分の行動や心情が、心理的な「親殺し」で
あるという自覚かある。
⚫父親は母親より先に亡くなっている。
⚫仕事が出来ない時期に実家の援助で暮らしている。
⚫年代、事象は違うものの冒頭に大きな災害がお
きている。
私の視点を加えればこれに、
⚫私が大変感銘を受けた本である。
⚫思わず手を止め見入ったページがある。
も、書き足すことができます。
物語の始まり
2001年9月・・・アメリカで同時多発テロが発生。ワールドトレードセンタービルが無惨に倒壊しました。
テレビでは終日その特別番組が流れており、日本では本州に台風が上陸し。その影響で北海道も大荒れの雨模様でした。
当時網走の中学校の臨時教師であった学氏は、仕事がうまくいかず、出勤拒否状態に陥っておりました。
風邪気味なので・・・・と仮病を使い布団をかぶっていた彼に、この大事件と、大荒れの天気が何やら不穏な感覚を芽生えさせます。
三日目の休みはまずいよなあ・・・・
でも行きたくない・・・・止むことのない雨の音~バランバランゴーゴー~
結果~‘’逃げる‘’という道になだれこんでしまうのです。
この作品はその15年後、すでに漫画家としてデビューを果たしていた中川学氏の四作目(ウィキペディアの作品リストによる)として世に出ました。
当時の道を辿りながら記憶を整理し、自分の行動を見つめ直すために描かれたものです。
その時両親は?
息子の失踪の知らせを受けた両親の当時の行動(父親はまだ存命)は、母親からの聞き取りを元にして再現されました。
このあたりを読むと、当然私の視点は、主人公からご両親へと移ってゆくのです。
(『しんさいニート』を読んだときも、こんなことが。)
学校から連絡を受け、勤務先に出向き、空っぽの住宅を確認し、車を走らせたもののいったいどこへ?
雨がフロントガラスに叩きつけ、ワイパーは激しく動き、道路は黒々と濡れて光り、飛沫をあげています。
「前が見えん。」この言葉にやられました。
この「前」は道を指しているとともに、息子の行方を指しており、息子の心のありかを指しており、我が子の「この先」・・・行く末を指しています。ざわざわとするような不安や焦燥感は私にも馴染みがありこの絵は脳裏に焼き付きました。
漫画家になろう
失踪という社会人としての恥ずべき行為をなし、旅先で決行した自殺行為は未遂に終わり、金も尽き結局実家に戻った学さんでしたが、その後も仕事は続かず、親へのセコい裏切り行為もしながらふらふら暮らす日を重ねます。時に短期バイトに勤しむ日もある学さんでしたが、親のつてで、再び教育現場に戻ることになります。(父親が町の教育委員会に勤務しておりました)
逃げたい気持ちと戦いながらも、ようやく仕事に慣れ、今後の安定した勤務の見通しも持てるようになるのです。・・・・・・・しかし、
そうして迎えた安堵の冬休み・・・・・彼は突然くも膜下出血に襲われるのです。
現場は札幌のとある風俗店。・・・・・・・・・
何ともしょうもなく、不様な学さん。
(このあたりは作品『クモ漫』からの情報です。)
‘’壮絶な闘病‘’というドラマを終えれば、そこに残ったのは、「なにものでもない自分」でした。
何かに本腰にならなければという決意はようやくこの段になって訪れたようです。
後押ししたのはでウェブ上で見つけた次の言葉でした。
「あるひとつのことに関してこうやれば食えるようになる」ということの平均値がおそらく
10年なんです。
10年間ずうっとやってもしそれでものにならなかったら 俺の首やるよ」
(思想家 吉本隆明氏の言葉)
(「ほぼ日刊イトイ新聞 吉本隆明・まかないめし二膳目」より)
学氏は漫画家になろうと決意し、デッサンや四コマ作品の試作を始めます。(トキワ荘プロジェクトにも参加。)
そこで漫画の素材になったものは、かつての恥ずかしかった出来事、不甲斐ない出来事、 職場からにけだした出来事・・アルバイトの体験など
以前負でしかなかった様々な体験だったのです。
これらは彼の作品のネタ=財産となったのです。
これも、『しんさいニート』と共通するところですね。
さて、この本は私にとって希望の書となりました。
学氏の作品を通して届けられた吉本隆明氏の言葉は
「我が家の鬱兄もいずれ自分の力で食えるようになるのではないか?」という希望の灯りとなりました。
ひらひら揺れて儚い灯りではありますが。
『探さないでください』は、深刻な体験を語ったものですが、随所に散りばめられているさりげないユーモアに笑えた一冊でもありました。
北海道が舞台であることや、かつての自分の超短い教職臨採体験も想起されて親しみの持てる一冊でもあるのです。
・・のぞいていただけたら嬉しいです。
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