怖い怖い怖い‼️そして面白い!『ホームレス作家』

 公団住宅強制退去

 これまでに投稿したブログでは、苦痛をともなう体験や絶望的な出来事、「人生詰んだ。」と途方にくれるような局面が人生の転機に繋がった方たちを、その作品を通して紹介してきました。

 今日はそんなシリーズのトリ的な意味合いもこめて松井計氏を紹介します。 
(2~3回に分けて書く予定。)

ホームレス作家』(松井計著)

 この本は2001年秋に発行されており、松井氏が路上生活を余儀なくされたのは同じ年の冬のことでした。
 下記は巻末の著者紹介です。

1958年愛知県生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経て、松井永人の筆名で戦争シミュレーション小説を中心に執筆活動を行う。
2001年1月公団住宅を強制退去となり、現在まで路上生活を余儀なくされる。本書は本名における初の著作である。

 そう、彼は路上生活体験談を書くべく路上に出たわけではないのです。
当時住んでいた公団住宅を強制退去になり、住み家を失ったのです。つまり、住みつづけるためのお金が用意できなかったわけなのですが、そのような経済状況を生んだ背景には様々な問題が絡んでおりました。本書を読む限り奥様の未熟さや不安定な精神状態が非常に大きかったことが伺えます。

 が、その奥様を伴侶に選んたのも、他ならぬ松井氏なわけです。しかもこの二人は一回も会うことないまま書簡のやり取りというお付き合いを経た後、結婚生活に踏み切っております。
奥様が精神的な脆弱さを抱えていることも理解した上での結婚でした。

 生活を維持するために松井氏は多くの時間や労力を取られるようになり、執筆のための時間が多く削られました。
それがそのまま家計に響き、ついに破綻をきたしたのです。
「あなた!優先順番間違えたでしょ。」
と言うのは簡単です。しかし、日々の暮らしはいつだって目の前に立ちはだかり、事はそう簡単に整理できるものではないのです。

 路上へ

 万策尽き、新宿区役所を尋ねた松井一家。
そこで身重(妊娠20週)の妻と三歳になったばかりの娘は、新宿区役所が手配した保護施設に移ることができましたが、男性であった松井氏はそのまま路上に出ることになりました。
 季節は真冬。区役所からいただいた防寒着(ドカジャン)こそ纏っていたものの、寒さは身に滲み、腹を満たすものもなく、何より所持金が無いのです。命綱は発信度数を使い果たしたプリペイド式携帯のみ。(受信だけが可能)  

 このような事態にはなりましたが、
それでも松井氏は仕事を無くしたわけではなく、依頼原稿三本と、更には脱稿してすでに出版社に渡り刊行を待つ原稿もありました。
見込まれる印税の半額を前借りすることで当座の住居は確保されると算段する松井氏にとって、路上生活はあくまで週末の二三日で終わる予定だったのです。
 しかし、歯車は不思議な力で悪い方へと回り初めていたようで、その原稿は、折からの出版不況の煽りを受け、刊行が見合せられてしまいます。

 こうして内側からと外側からの事情により
松井氏を取り巻く環境はあれよという間に様変わりしてしまいました。

 私は、じっくり時間をかけた原稿が日の目を見ないということに、作家として落胆を感じているのではなかった。あの原稿から発生するばずの総額100万の、半額前借りできるとして、すぐに手に入るはずだった50万の、印税が消えたことに落胆しているのである。それは、浮浪者にー妻子を公的機関に預けて路上を彷徨う人間に相応しい考え方だった。

松井氏はこのように書き、自分が作家としての矜持を早々に失いつつあることを自覚するのです。
また松井氏はこうも綴っておられます。

 いつまでこの生活が続くか判らないが、当分、私は足掻き続けるしかない。そんな結論しか導けないではないか。そして私は思うのである。私は、もし仮に今の生活を終えることができたとしても、また、ほかの理由で足掻き続けているのではないか、と。身震いがしてくるような感覚だった。

私はこのあたりを読むと怖くて仕方なくなります。
人生に訪れる崖っぷち。それが、私の目の前にも現れないとも限らないのです。この景色は何時でも密やかに迫って来ていて、ある日まざまざと自分の立っている場所を知らされ、愕然とする。
私は’’路上に立つ松井氏’’と共に、震える思いでこの本を読むのです。

怖い、怖いと思いながら・・・・・・
それでいて彼の今日1日がどうなるのか?彼の明日がどうなるのか?と目が離せません。
さらに読み進むにつれ、文無しの浮浪者「松井計」に対し、尊敬の念が湧いてくるのです。

 浮浪者失格

 松井氏はこの生活を続けるにあたり二つのことを自分に課しました。
路上に寝ないこと、残飯を漁らないこと。
完全な浮浪者になる覚悟はできないという意味で、彼は自分は’’浮浪者失格’’であると自覚します。
作家失格、良人失格 父親失格、そして浮浪者失格であると。

 しかし、これは人間の本能である睡眠欲、食欲とのせめぎあいであり、これを守り通した彼の意志の強靭さに感嘆せずにはいられません。

 では実際、路上での日々をどう暮らしたのか?
それはどうぞ、本書をお読み下さい。