転機~札幌二泊三日

湧別発~旭川~滝川~札幌へ

 札幌へ行ってきました。
五月の連休からしばらく滞在していた娘と孫とは、滝川で別れました。
迎えに来たパパに抱かれ、大好きなばあばとは、あっさり別れてくれました。

 その後バスに揺られて札幌へ。
本当に久しぶりのひとりの時間でした。
ひとりであることだけが新鮮でした。
そんな時間も一時間半で終了。

 札幌へ着いてからは、長男と会い、その後次男と合流。
今回の用事は、次男の引っ越し手伝いです。
東京に拠点を移すため札幌を引き払うことになった次男の作業を、いくらかでも助けるため一日お休みをもらってやってきました。

ちいさいおうち

 足掛け3日とはいえ、オホーツク海沿いの我が町から札幌までの往路帰路を考えれば、
私が動ける時間は、日曜日の一日のみ。
バタバタ、ガサガサ・・・・
 そして夕方。疲労いっぱいながらも息子がお世話になり、親しくしている友人のお宅に、おじゃますることになりました。
このチャンスを逃したら、次は無いような気がして・・。
その友人・・・年齢は私に近い女性なのです。
お互いが、古着屋さんを営んでいた10年も前に知り合い、
その後ずっと仲良くしているのだそうです。f:id:kyokoippoppo:20180523182939j:plain:w320:left
 息子がが語るその方のお人柄を聞けば聞くほど会ってお話ししてみたいと思っておりました。
f:id:kyokoippoppo:20180523185235j:plain:w320 
数年前に自宅を売り、民家を買い取り改修し、そこに住んでいるとのこと。

足を踏み入れると以前のお仕事の名残りのものや、ご趣味で集めたものたちが並べられていました。


すてきな空間ですが、冬はこりゃあ寒いわ。寒いを通り越して、凍れるわ。
キーンブルブル

 二階に上がり、こたつにあたりながら、手料理を頂き、おしゃべりし、楽しいひとときを過ごしました。(このこたつは当分活躍するでしょう。)

息子が、東京へ拠点を移すことを話すと、良かった良かったと言いつつも、その三倍くらい
「淋しい。さみしい。あー、、、さみしい。」
と嘆いておられました。

Oさん!息子と仲良くしてくれてありがとうね。
息子を助けてくれてありがとうね。
ごちそうさまでした。
 
 手を振り別れ、振り返ったその場所は、
『ちいさいおうち』の1ページのように佇んでおりました。

ちいさいおうち

ちいさいおうち

転機

Oさん訪問の次の日。
札幌3日目の午前中、次男は「やはり言っておかなければ。」という思いからでしょう。私に対する正直な気持ちを伝えてきました。
大変に苦しく辛い気持ちでそれを聞きました。つまりそういう内容でした。
 息子はただ私を責めたいのではなく、親や家族のより良い今後を望めばこそ言いにくいこれらの言葉を発信してきたわけです。
それをわかりながらも情けなく惨めな思いが
心に広がり涙がにじみました。
その時点で、私はまだがかわいそうだったということ。

  ❇️  ❇️  ❇️  ❇️  ❇️
 
 帰路もずっとそのことを考えていました。
家に着き、疲労困憊の体を早々に布団に横たえ眠りにつきそこで見た夢。
はっと目を覚ましたその直後に、ようやく息子の言葉が私にたどり着きました。
情けない話ですが、意識考えるだけではたどり着けなかったのですね。

あの時別れる前に、次男に「早お昼を食べない?」と誘わなかったら・・・・
息子が自分の気持ちを明かさなかったら・・・・
私をうつむかせ、唇を結ばせたあの言葉を聞かなかったら・・・・・
今はそちらの方が恐ろしいと感じています。

 私は今、変わろうとしています。
もうすでに自分の変化を感じています。
今までの習慣化していた行動パターンから抜け出そうとしています。


 林竹二のいう「変わる」ということはこういうことなのかしら?
 「このままではいられない。」
と分かるには、相応に追いつめられ、その場に留まることが出来なくなるような体験が必要だったようです。
はたから見たら何にも変化がないようにみえるかもしれませんが、私自身は自分の変化に伴って、新しい景色を見ています。

詳しい話はいつかブログで語ることがあるかもしれません。

とりあえず次は昭和の教育史に戻って「斎藤喜博」にたどり着きたいな。