長浜功氏の理念を手がかりに③・・・・カムイ伝

カムイ伝

このブログは先日投稿したものと関連しております。
お時間が許しましたら、こちらと合わせてお読み下さいませ。
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 『カムイ伝』は、大変衝撃的な内容でした。感情移入して読むと苦しくなる程、容赦ない展開と描写が続きます。しかし、そこにこそ目を向けるべきでなのでしょう。
随所に農民の暮らしぶりや、身分制度についての解説が入っており、当時の日本の歴史を詳しく学べる作品です。
強くなりたい非人サスケ下人の息子正助が主旋律、副旋律のように絡まりながら物語が進んでゆきます。

 第1巻には、庄屋に頼み込み読み書きを教わった(百姓が読み書きを習ってはいけないご時世でしたが、賢く熱心な正助の願いを聞き入れた庄屋でした)正助が、農民の子どもたちに字をおしえる場面が出ております。



 そして15巻・・・・この巻には正視に耐えない拷問の場面が散りばめられております。
そして一揆の首謀者であった正助が一人生き残り村へもどる場面が。
仲間がすべて死んだのに、何故首謀者たるものが一人生き残ったのか?仲間を売ったに違いない!よくもおめおめと!容赦なく石つぶてが飛んできます。
そう、それこそが、相手の思惑だったのです。殺して英雄を作るのではなく。生かして正助を裏切者に仕立てたのでした。

 しかし、正助はもう、語る口を持たないのです。舌を抜かれてしまったのでした。

身分の低いものが学んだ末、この結末が待っていたわけです。
「正助は学ばなければ良かった。」のでしょうか?
いいえ。
学ぶということが、このような過酷な試練と引換えにしながらも持ちこたえ、今に至っていると考えるべきでしょう。
このような壮絶な痛みや、苦しみと共に、「学ぶこと」は次代に面々とに引き渡されてきたのです。
そして、そこには学ぶ喜びや希望もあったからに違いありません。
このようなことを教えてくれた『カムイ伝』でした。

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