『椅子がこわい』・・・おもしろい!!②

 前回は夏樹静子氏の腰痛体験を綴ったノンフィクション作品をご紹介しました。

kyokoippoppo.hatenablog.com

座れない

 ありとあらゆく治療をするもいっこうに治らない腰の痛み。
ぎっくり腰のような急性のものではなく、じわじわと慢性化したもので、とにかく椅子に座るのが何より苦痛という特徴をもっていました。
そんな中でも夏樹氏は執筆を続けました。
寝そべって書いたり、立ち歩きながら書いたり・・・部屋の隅に机を置き歩いてはこの机、しばらく書いては次の机というようにして書くというもの。
苦肉の策も極まれりといった様相です。
 しかし公共の乗り物での移動が不可能、相手とまともな姿勢で対面できないとあっては取材もままならず、だんだんと鬱状態となっていったのです。
この痛みに終わり来ることはないのでは?
という恐怖に捕まり、自殺さえ考えるようになってしまいます。

それだけはない!

 器質的な問題は見つからず、夏樹氏自身は、とにかく長年の座ってばかりの生活で筋肉が弱化し、それを取り戻すことができない状態と判断していました。
 自分が鬱状態である自覚はありましたが、鬱は長びく腰の痛みが引き起こした二次的な病と捉えておりました。
 あまりに長引く腰痛と、あらゆる治療が効を奏さない事実に、これはもう心因性のものではないか?という意見がドクターの口からも出るようになります。何より夏樹氏を良く知るホームドクターははっきりと、夏樹氏自身の執着心から起きるものであると指摘していました。
「第一線でやって行きたい」という執着心が病を生んでいると。
ほかの治療者からも、「しばらく普通の主婦にもどってみたら」とアドバイスをもらったり、「疾病逃避」を指摘されたこともありました。

「あなたは心の中では本当は仕事をしたくないんじゃないか。しかし、その口実が見当たらないので、病気をつくっている。つまり病気ににげこんでいるのではないか」

という指摘です。それに対して夏樹氏は

私は、絶対に逃げるような気持ちはないと反論した。それどころか私は書きたくて書きたくてたまらないのに、身体がいうことをきかなくて切歯扼腕しているのだ。

と即答しており、
心因性という説だけは、納得できない夏樹氏なのでしでした。(せっしやくわんとは、怒り悔しさ無念さなどの気持ちから、歯ぎしりし腕を強く握り締めることだそうです。)

この激しい痛みが、心の持ちようで出てくるわけはなないと思うのです。
心という、あやふやでつかみどころのないものが、このはっきりと感知できる痛み、実態を伴った強烈な痛みを引き起こすとは考えられなかったのです。
それより何より、自分は心因性の病になるような人物てはないという思い込みも相当に強かったと思われます。

夏樹氏の確固たる自覚は「それだけはない!」に尽きていました。

フルーツフル

 さて、前回は夏樹氏が河合隼雄氏とことばをかわしたところまでを紹介しました。
彼の心理療法を受けたいと電話で申し出た夏樹氏に向けて河合氏は
「これば新しい変革ための産みの苦しみなのかもしれない。」
と説きました。
京都まで行き来しての療法は難しく河合氏は彼が信頼する教授を紹介してくれました。
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 ここまでで、一旦執筆を終えた夏樹氏。
2年後1997年より再びペンを取っています。
この間は書く気力も無くなっていたようです。

その後
夏樹氏は河合氏の紹介により、九大心理学教授のカウンセリングを受けました。

「腰痛を問題としてではなく、テーマとして受け取ってごらんなさい。症状ほど多くのことを教えてくれるものはない。それに気がつけば、今回のこともフルーツフル(実り多い)なものになるでしょう。」

二時間ずつ三回のカウンセリンで心に残ったお話の断片である。概ね素直に頷けたけれど、いかに「フルーツフル」とありがたがろうとしても、帰りのタクシーでは依然容赦なく腰が痛んで耐えがたかった。
 私の放浪はこの後半年以上も続くのである。まだまだどんなにたくさんのことを試しただろう。

 ああ、カウンセリングあたりから事は良い方へ動きそうな気配がしていたのに・・・・だめでしたか?
抽象論をで理解することや、理想をで描くことでは解決しなかったのです。
 夏樹氏はモルヒネに匹敵するような薬剤ソセゴンも試してみました。
薬の作用でうつらうつらするも、はっきりと疼痛は続いており、
「あなたの腰痛にはモルヒネも効かないだろう」と言われるのです。
「脳が痛がっている」と。


平木英人先生

 とうとう、最後の治療者である平木先生と縁がつなかります。
 しかし、当時の夏樹氏はもう治療に対して全く期待が持てなくなっており、しかも心療内科の先生とあっては、はなから期待外れであり、もうけっこうですという気分でいたのです。
それでも、その治療を試すことになったのは、熱心な先生の働きかけがあったからです。
断る理由もなく、逃げ場をなくした夏樹氏は、仕方なくという体で治療に向かいます。
しはらく自律訓練法=ATを試したあと、静岡県熱海にある「南熱海温泉病院」(やたら温かそうなネーミング♨️)に入院するのです。


 そこでの経過、治療法についてはここでは書きません。
とにかく驚きました。
これは、治療ではなく戦いでした。
こんなことが!という驚き。不思議さ。

興味のあるかたはどうかこの本を手に取って読んでみて下さい。

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)


 そう、つまり、夏樹氏の腰痛は心因性であったのです。
 あとがきの一部をご紹介して、今回のブログを閉じましょう。

 自分が心身症に罹っていたということが、いまだに信じられないような気がする時もある。しかし、三年間の苦しいワンダーリングの末に、指一本触れられずに完治に至ったという事実が明らかにそれを証しているので、疑いの余地はない。
 この経験から何を学んだかと問われれば、私はまず二つのことを頭に浮かべる。
いわゆる心身相関、心と身体がいかに密接に関わっているか。
 いまひとつは、人間の中には自分の知らない自分が潜んでいて、その自分(潜在意識)が人間全体を支配することもあるということ。
 それに気づかされるまでに私は三年かかったわけで、最も自分として認めにくかった自分を認めた瞬間から、治癒が始まったのではないだろうか。