長男のこと

 母親が、息子を語るのはいかがなものか?
その前に息子はブログで語られることを、どう思うか?
尋ねてみると
「別に好きに書いてくれて良いよ。」
と・・・・。
長男に限らず、次男も長女もそう言ってくれます。
子どもたちそれぞれに、様々なエピソードがあります。
今までもポチらんポチらん書いておりました。
で、今回は長男のことです。

息子の編曲作品の、ニコ動へのアップに合わせて一記事ずつ書いていくことにしました。
動画の宣伝も兼ねております。
せっかくブログというツールを持っているのだから大きな拡散にはならなくても、できるだけ応援しようと決めたのです。

ブログで、息子Hがこのような活動をするに至った道のりを綴ってゆきます。
まあ、動画は年に4作もアップすれば上出来でしょうから、このことに関する長男ネタも、それくらいのペースで綴られることでしょう。

バンドやろうぜ!

「バンドやるんだ。オレば楽器ないからボーカル。」
そんなことを聞いたのはHが中学3年生の頃でした。
「おお、そうかね。」
と聞き流しておりましたら、なるほど我が家に訪れる友達は確かにギターを抱えてやってきたのです。
しかし、たまあにAマイナーの和音がボロンと聞こえて来るばかり。
結局いつものようにゲームに興じてはギター抱えて帰って行きました。
ボーカルをあてがわれた息子は活動のしようもないわけです。
それを急ぐ気持ちも無いようでした。

 ところがある日、全く進展のない友のギターに見切りをつけたか、いきなり息子はピアノを教えてくれと言い出したのです。
今まで触ったこともないピアノを。
我が家にはアップライトのピアノが一台ありました。
私が神奈川県で教員として働いていたとき、音楽の伴奏を練習したり、合唱団のビアノ伴奏を練習するために使っていたものです。
結婚して北海道に来てからは必要に迫られることもなくなり、熱心に弾くことはなくなっておりました。
そもそも大した腕はもっておりません。
教えろと言われても、バンドの伴奏など耳コピもできません。
するとHは「楽譜通り弾きたいんだ」といって、楽譜を取り寄せたのです。

ジャミロクワイ ベスト バンド・スコア

ジャミロクワイ ベスト バンド・スコア

  • 発売日: 1998/12/10
  • メディア: 楽譜

ジャミロクワイ」というグループのものです。
Hがこのグループを知った経緯についてはよくわかりません。

手書きの譜面

曲は『バーチャルインサニティー
www.youtube.com

フラットだったかシャープだっか忘れたけれど、ごっちゃり付いている。
「これ無理でしょ。私はハ調か、へ調か、ト調でなきゃ無理よ。」
 それでもHは教えててくれと引かず、私は仕方なくいらない紙に、右手和音部分は図にして、左手ベース部分はドレミの階名にして書いてやったのです。

弾き始めは、両手でオクターブ違いの同じメロディを弾くものでした。(添付した動画にはこの部分ありませんが。)
CD機能がついているカシオのキーボードで曲を流し、それに練習した音を重ねてみました。
流れるCDの音と自分が弾くキーボードの音がピタリと合ったとき、
「おお!!!」
Hのは歓喜の声をあげました。その喜びはそれは大きなものだったようです、
それからはキーボードを使い、日々1~2小節ずつというペースで進めてゆきました。

 私も大変です。楽譜をHが解読できるものに直して提供するのですから。
和音部分の右手は鍵盤の絵を描いてはここを弾くのだ、と黒丸印をつけるというビジュアル仕様。
臨時記号も見落とさないように「もともとフラットがついているところが半音下がっているから・・・・えーと?ここでナチュラルで戻ってるから・・・・・ーうーんと💦」
などと解読しては紙に書いていったのです。

ジャミロクワイ

 曲は少しずつ仕上がってゆきました。曲を聴いていただければお分かりかと思いますが、同じリズム、繰り返しのコード進行なので、さほど難しいものではないのでしょう。
しかし鍵盤を両手で弾く経験が初めてだったHにしてみればこれは高いハードルでした。
毎日毎日キーボードにかじりついて、練習に明け暮れました。
あまりに繰り返すので、始めの部分は自然と暗譜状態となってきます。

 そしてとうとう、伴奏を仕上げたのでした。
キーボードで仕上げた後はピアノで弾き、鍵盤の手応えを楽しみました。
バントの仲間は不要です。
CDのジェイ・K(jason kay)の歌に何度も何度も合わせ、酔いしれることができました。
毎日毎日この曲を、何十回も弾いておりました。

学業の方がさっぱりだった息子にとって、自ら努力をし、その成果を味わったのはこれが初めてだったのではないでしょうか?
鼻の穴も膨らみまくるというものです。
いいだけこの曲を弾いて、指が勝手に動くようになった頃、次の曲に取り掛かりました。
こうなると勢いに乗り、次はこの曲、つぎは「エアロスミス」のこれを・・・。
息子のリクエストが続きます。
ちょっと、待て!
あまりに私が大変だ。

「ちょっとさ、自分で楽譜読んでみなよ。」
五線譜のがどれだか位はわかるでしょう?
驚くことにHは分からないと答えました。
「五線譜のドがわからんのかい?!」
あのね・・・・・。
Hに譜の読み方を教えてやりました。
ようやくHは、自分で楽譜にドレミを書きこんで練習するようになりました。
私は煩わしい作業から解放されたのでした。

Hは、キーボードを弾くことにも夢中になりましたが、ジャミロクワイというグループ、とりわけボーカリストである
「ジェイ・K」に魅せられました。

高校って行かなくてはいけないの?
と問うてきたのはその頃です。
それに対して
「高校くらい行っておかなければ。」とか、「高校行かなくては将来ろくな仕事につけないよ。」
などとは言わない私がおりました。
そのあたりのことはこちらに詳しく書きました。
kyokoippoppo.hatenablog.com


 Hは、この先また、苦痛でしかない勉強に向かうことが嫌だ、と言うのでした。
椅子に座って時間をやり過ごすことを拒否したいと言うのでした。
今まで、強く自分を主張することの少ない子でした。
温厚で、クセがない子どもだったと思います。
先生の評価もそんなところで、行動面では唯一◯がついているのはいつだって「協調性
皆と同じように遊び、来るもの拒まずで友がやって来て、我が家はいつもにぎやかでした。
高校も流れに乗っかって、馴染んだ友と共に、当然”いくべきもの”として進むのだろうと思っていた私です。

教育の理想がそこに無くても、息子が無難にそこを選んだら、何となく私も周りと同じという安心感にひたり、その流れに添うつもりでした。
その子が「高校に行きたくない。」
と言い出したのです。
私は、自分のとても大事な友達は高校時代に出来たのだ、とか修学旅行の楽しさだのも伝えましたが彼は応じません。
彼の初めてともいえる強い思いを、肯定的に受け取る私もいて、
「ばかなことを!」
と強く否定する気持ちにはなれなかったのです。

彼の気持ちを強く支えた存在かがありました。
そう、

ジャミロクワイです。とりわけ『ソウルエディケーション』のメッセージでした。

www.youtube.com

I don't have time for school
I've got my soul education
So let the music came and save you



Hは高校進学をしませんでした。

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