長男のこと②

Hのこと

 ランダムにではなく時系列に沿って、息子のことを語ってゆこうと決めました。
長男Hが、ニコニコ動画に編曲作品をアップするタイミングに合わせて、私も記事を投下することにしたのです。
 「せっかく持っているブログというツールを使って、宣伝してやりましょう。」
という親心があるのはもちろんです。

 親バカぶりを発揮するにしても、おそらくHのアップのペースは、昨年同様、年に4~5回程度だろうと思っておりました。
しかし、この春の帰省期間で作業を進めたおかけで、本日早くもアップの運びとなりました。
(前回は3月17日)

 私は、彼のその後を綴ります。
過去記事貼り付けたりして、盛り付けの多いブログになっております。
興味のない方はどうぞ読み飛ばして下さいね。
でも、もしお時間が許しましたら、せめて一番最後に貼ったニコ動のリンク先をポチッっとして下さいませ。
前日は~息子は高校に進学をしなかった~というところで終わっております。
kyokoippoppo.hatenablog.com

 この件に関してはこちらの↓記事に詳しいのですが、「一つだけ、物申したいのだ。」
とHから声が挙がりました。
kyokoippoppo.hatenablog.com

 読む方にとってはどうでも良いことなのでしょうが、当事者にとっては、心に引っ掛かることなのです。
 公開された記事たちは、どの記事を、どなたが、どのタイミングで読むかは分かりませんが、とりあえずこのページを借りて書き足しをさせていただきます。

 

2000年春、彼は、地元の高校への進学は拒否しつつ、海外のシュタイナー学校への留学を希望しており、実際にそれに向けて準備をしておりました。
勉強についてこられなかった子が留学を?
と思われることでしょうが、‘’分からない‘’という苦労が常にあったからこそ、「別の理念に立った教育」を求める気持ちが強まったことを、いくらかは想像していただけますでしょうか?

 過去ブログでは、彼がピアノに夢中になり、いつの間にか自然に熱が醒めて、留学を諦めたと伝わる記述になっております。

「それを全面否定するわけではないが、その頃の家庭の環境(このことを巡る夫婦の有り様)が、あまりに不安定で、それが自分の状況に直結し、精神的な疲弊感が強かった。
留学に向けて推進していく気持ちが萎えた理由としてそんなことも大きかったのだ。
自分の目標を易々とビアノにすり替えたわけではないんだよ。」
先の帰省の際、そのように伝えられました。

 私は、それを受け止めて、ブログで何らかの形で修正することを約束したのでした。

 さてさて、この記事を辛抱強くここまで読んで下さった方。
本当にありがとうございます。


やっと本題に戻りましょう。

 今回はその後の彼の生活についてです。
所詮、息子を語りたい母の弁ですが、よろしければもう少々お付き合い下さい。

早朝バイト

 父親が持ってきたバイトの話を受けて、Hは、近所のコンビニのアルバイトを始めました。
2000年、中学卒業後間もない頃です。
早朝のバイトです。
6時開店のコンビニの開店準備を行い、9時ころ(時には昼頃)家に戻ってきます。
朝4時起きの生活が始まりました。
初給料は4万円ほどでした。
お正月のお年玉でさえ、2万円に届けば良い方でしたので、Hにしてみれば、大金です。
店の仲間はHを温かく迎えてくれました。彼はここで大人の仲間入りを果たし、小さな社会なれど、そこに参加し始めたのでした。

 そのうちワンコイン持って自転車にまたがり、隣り町のレンタルビデオ屋さんに行くのが日課となりました。
気に入った洋画を借りて観るのが楽しみとなったのです。

ピースメーカー

 映画「ピースメーカ」の一場面との出会いが、彼に転機をもたらせます。
これは、大きな出会いといえましょう。
ピアノ教師でもある外交官がビアノを弾く場面があったのです。

「おお!綺麗だ。」
「これって何ていう曲?」
尋ねられてもわかりません。
ただクラッシックの曲である、としか答えられませんでした。
(曲名が判明したのは、だいぶ後になってからだったと思います。)
www.youtube.com
それでも、これが
ジャミロクワイや、エアロスミスから、クラシックに目を転じた瞬間だったわけです。
曲名は分からないながらも、まずはクラッシックのピアノ曲なるものを聴いてみようということになりました。
とりあえず、知り合いのビアノの先生に話をして、カセットと楽譜がセットになった教則本をお借りしたのではなかったか?
そしてその勢いで、そのビアノ教室で習うことになったと記憶しております。

舞台で・・

 その年の12月・・・始めての発表会では、もう目をつぶっても弾ける程になっていたジャミロクワイの『バーチャルインサニティー』を弾き、
それと共に、クラシック曲で最初に仕上げた曲、ムソログスキーの『展覧会の絵』の中の『プロムナード』を披露しました。
このピアノ教室で、バイエルなどの基礎をぶっ飛ばし気に入った曲を習いたい、という希望を特別に叶えてもらっていたのです。

www.youtube.com
もちろん当時のHの演奏は、このように優雅なものではなく次々と現れる和音をやっつけるような勢いでした。
しかし、ピアノを始めてまだ日の浅い初心者がよくぞ挑戦したものだと思いましたよ。

 仕事から戻ると、ワンコインでビデオを借り鑑賞する他は、とにかくビアノを弾きまくる毎日でした。
何時間も何時間も・・・・。
初めは私が絵解きで楽譜の解読を手伝ってやったのに、楽譜のドさえ分からなかったのに・・・。
いつの間にか、楽譜さえあれば譜を読み、曲に仕上げるようになりました。
何より譜読みの速さに驚きました。
譜を読むのが苦手な私の感想なので、客観的にはどうか?となると疑問を差し挟む余地はありましょう。
しかし経験年数を思えばこれはやはり、間違いなく速い方だと思います。
「何でそんなに速く読めるの?」
と、驚くと
「だって毎日これだけ見て、弾いていたら自然にこうなるでしよ。」
と言うのでした。


 次なる転機は、ある新聞記事によりもたらされました。
それは、次回の話題にいたしましょう。…いつになるかな?

よければ、ポチッとして下さい。
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2019年 10月15日の追記・貼り付け

 息子のノートが出てきました。
そのまま捨てるには忍びなく、記事の最後に貼り付けました。
こうすれば、ようやく捨てることができそうです。
微々たる歩みの「お片づけ」のつもりです。
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Hが初めて弾いた曲からスタート。
クラシック音楽への興味、ここで話題にした『展覧会の絵』の曲目も入っております。