子の涙 母の涙

付きもののお悩み

 子どもを育てた体験がある方なら、お子さんが
ふさわしくない行動をした時に、それをいさめつつも、さらに
「ごめんなさいは?」
と、謝罪の言葉を要求したことがあるのではないでしょうか?
もちろん私もありました。

 さて昨日、娘にもそんな場面があったそうなのです。
孫は三才。
一人っ子だし、引っ越しで生活の拠点も変わったばかりだし、口も達者だしで、ママを困らせることがこの頃増えていたようです。
それが、三歳児として想定できる範囲なのか?
ちょっと、増長して抑えが効いてない状態、憂慮される状態なのか?私は判断しかねます。

どうあれ、子育てというとのはなかなか思うようにならないものです。
私もおおいに悩み、悩みながら悪路にはまり、苦しかった時がありました。

娘にしても相応の悩みはあって当然、”付きもの”なのです。
それにしても・・・かつての私の有り様と比べたって、娘は良くやっていると思いますよ。ホントに!

お店で

 先日、保育所で必要な様々なものを揃えるために買い物に出掛けました。
車がまだ手元にないので、私の車で一緒に出掛けたのてす。
しまむら』にも、百均にも、子どもの目を惹くものや欲しいものが売っていますよね。
私は車を降りるたびに
「オモチャは買わないよ。」
などと念を押すわけです。
「もう!ちってるから!(知っているから)」
と言いながら孫は車を降りるのです。
しかし、スーパー内の百均でお人形を見つけるや
「リカちゃんを買う。」
と言い出しました。
仕事を終え、大急ぎの晩御飯を終えてから出てきている私は疲れ切っておりました。
「わあ!出たわ。」
とっさにその言葉に反応し、
「買わないよ!買わない約束だよ!」
と、きつめの声を出しました。
面倒だなという思いが心を占めて、孫の要求をさっさと根絶やしにしてしまいたくなったのです。

対する孫だってすんなり
「わかった」とはなりません。
ばあさんがだめならママに・・・・
と相手を変え
「リカちゃん。ほしい。」
を繰り出したのです。
ママさんは保育所で履く上履き選びの真っ最中。
「こっちゃん。どれにする?」
「やあだ!くついらない。」
「だって、くつないと保育所行けないよ。」
「やあだ!ホイクショ行かない。」
「あっ!これエルサがついてるよ。可愛いよ。」
「かわいくなあい。」
娘は孫が気に入りそうなキャラクター付きのものを見せつつも、値段をチェックし、小声で、
「あっこれは高いわ。」
などと、選別も進めています。
「やあだ!やあだ!」
と粘る娘の言動には何も触れず、
「あっ!これ履いてごらん!」
♥️  ♥️  ♥️
その瞬間孫の心が動きました。
履いている靴を脱ぎ、足を真新しい靴に差し入れたのです。
ママは大きさをチェックし、
こっちゃん、どっちの色にする?」
色を好みを聞かれたことで、孫は自分でチョイスする満足感を感じたのでしよう。
「ピンク」
と応え、レジのお姉さんに品物を持って行く頃にはお人形のことは忘れていました。
私は娘のやり方を「上手だな」と思いました。
「我が子との暮らしの中で学んできたのだな。」
と感心したのでした。

 もちろん、いつもこのような対応がてきるわけではないし、また、このような対応にも関わらず、孫があまりに頑固でどうしようもなく、娘が
「もう知らん!いい加減にしな!」
と声を荒らげることもあるのですよ。
ただ、そうであってもこれは娘が自分で格闘し、自分で選びとった行為なわけです。

パフォーマンスとしての説教

 しかし、先日はちょっと違う事態に見舞われたのです。
保育所初日、慣らし保育のための数時間を終えての帰り道、彼女は実家に顔を出したのです。
ちょうど叔母ちゃんも来ており、ちよっとひ孫の顔でも見せるかという気持ちだったようです。

しかし、こっちゃんにとっての初日数時間は予想以上のストレスがあったようです。
そこで、何やら意地を張り、わがままモードになってしまったらしいのです。
それを見た、ばあちゃんと叔母ちゃんは、
これはいかん!と思ったのでしょうね。
この子は泣いて母親を操作していると感じたのでしょう。

ここで、甘やかしてはダメよ!

ここで、折れてはダメよ!

これはこの子のためよ!

ママは知らんぷりしなさい!

声をかけてはダメよ。

そして孫に「ごめんなさい」を言うことを要求したのだそうです。

 二人とも普段はそんなに厳しいことをいう人ではありませんし、こっちゃんを慈しみ可愛がってくれるのです。
だからこそ娘は気軽に実家に顔を出したわけですし・・・・・。

私はその場におりませんでしたので、詳しい状況は知りません。
娘に対し、母親が毅然としろ!と言わずにおれないような場面が、事実展開したのかもしれません。

 ただ、娘はそこで、二人の熱に圧倒され、自分の判断ができなくなってしまったそうなのです。
娘は、二人の良かれと思う助言に従い、我が子をあえて無視したそうです。
「抱っこ~~。」
と泣き叫ぶ子どもに、たたみかけるように
「抱っこして欲しかったら自分でママの所へ行きなさい!」
という二人の言葉に、娘自身が飲み込まれ、自分が近づき抱き上げることが許されない、してはいけないという状況にはまりこんでしまったのだそうです。
と共に、自分がみじめで、
「お前があやまれば済むんだぞ!」
という怒りが我が子に向かい、結局その怒りのままに、我が子を住宅に連れ帰ったそうです。

夜驚症

 泣きつかれ眠ったこっちゃんでしたが、その昼寝の途中で、突然悲鳴を挙げて起きあがり、怯え、錯乱し泣き始めたそうです。
以前夜泣きがひどかったときのような泣きっぶり、夜驚症を心配したときのような泣きっぷりを見たとき、娘はまざまざと自分のしたことに気づいたそうです。

 大人3人が幼い子を囲み、謝ることを強要するのは「いじめ」だ!と・・・。
私はこの子を傷付けたのだと。
娘は自分のしたことを思い返し、悔やみ、痛み、傷つき、泣き、こっちゃんに謝りました。
私にはラインを寄越しました。短い文面でしたが、悔やみの思いが強く伝わるものでした。

 誰もが感じている子育てに対する不安。
その小さな隙間に、正義が入り込んだのです。
正しいという他者の確信が、その隙間を広げ入り込みコントロールしたのです。

 ばあちゃんと叔母ちゃんの指摘は正しかったのかもしれません。
ママが毅然とする場面だったのかもしれません。
二人の指摘は、娘と孫の今後を心配したからこそのものだったのでしょう。

でも、それを行使するときに、母親である娘の気持ちや決意がついていけてないのなら、それはパフォーマンスになってしまう。
娘はパフォーマンスとして毅然として見せなければならず、そうなれば、孫の
「ごめんなさい」
も、単なる6文字の音声にしか過ぎなくなるのです。

 娘よ。
親になるって難しい。
色々試されるね。でもこういう思いをたくさんして、少しずつ自分も出来上がっていくんだよ。
私もたくさん経験したよ。
この日は、きれいな夕焼けでした。

保育所二日目


 意気揚々と登所するものの、帰りはまたもや大泣きだったもよう。
道の真ん中に座り込み、歩かない!抱かれない!と泣いている孫です。
頑張れママ!

suzumako1922.hatenadiary.jp