長男のこと④

久しぶりの動画アップ

 
 長男のことを時系列に添って語っております。
息子がニコニコ動画に編曲作品をアップするタイミングに合わせて、宣伝も兼ねて書くことにしており、今回で4回目です。
過去記事は貼っておりません。
興味を持って下さった方は『長男のこと』というカテゴリーで、記事を読んでいただけましたら幸いです。

この度、久々に動画が公開されましたので、それに合わせて記事を更新しましょう。

ざっとこれまでの経緯を書きますね。

⚫中学3年生になって初めてビアノを触り、その後夢中になりました。
⚫高校進学はせず、卒業後は近所のコンビニで働き始めました。
⚫バイトとビデオ鑑賞とピアノの日々・・・。
始めはバンド譜のピアノパートを弾いておりましたが、『ピースメーカー』という映画(ビデオで鑑賞)がきっかけで、クラシック音楽に興味を持ちました。
⚫卒業後約一年の春、札幌で行われた『素人ピアノ自慢コンクール』に出場。
音楽を愛する人との新しい出会いがありました。

その後のHについてです。

出会い

 『素人ピアノ自慢』で出会ったある方・・・。その人との出会いが無ければ今の息子はいないでしょう。
このことを詳しくはっきり記述できないのは、もちろんその方の承認なしに書くのはNGであるという他者に対するプライベート上の問題があります。

と共にもう一つ。その方との長く深い関係の末、今はその関係が途絶えているという現実があるからです。

ただ、ここで伝えたいのは、小さな新聞記事が私の目に留まり、そこを起点としたHの行動が彼のその後の人生に大きく関わったという事実です。
『素人ピアノ自慢』が開催されたのが2001年春のこと。
その時の出場仲間から、秋に行われる札幌時計台のコンサートへの出演を勧められました。
音楽を愛する人たちによるコンサートで、出演者が出演料を負担し、お客様には無料で聴いていただくというコンサートです。

いくらか迷いつつも、Hは出演することを決めました。

ラフマニノフ

 さて、このあたりの記憶が定かではありません。
時計台ホールで弾く曲を決めた経緯です。
ラフマニノフ作曲の 『プレリュード3ー2』を披露したのですが、
これは鑑賞したビデオ映画『シャイン』に触発されての選曲だったものか?と・・・・。

 定かでない記憶ながら、おそらくこれは連動したのだろうと思われます。
この映画のことを書いておきましょう。
♪  ♪  ♪  ♪  ♪
 雨に濡れる暗い街中を、ある男が小走りに進んでゆく。
とあるワインバーの扉から店内に.。
人々が思い思いに談笑するその場に入ってきたやや落ちぶれたムードの男。
意味不明な呟きをもらしながら、男は店内にあるビアノへと向かう。
誰この人?
なあに?変な男ね。
客たちの戸惑いと、蔑みの入り交じった視線。

男は譜面台の楽譜を足元に落とすと、ポロンポロンと鍵盤を弾き、一呼吸。

次の瞬間・・・そこから超絶技巧の『熊蜂の飛行』の演奏がはじき出されます。
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こんな印象的な場面で始まるこの映画は、Hの心をわしづかみにしました。
場面は一転幼少期に。
自分の破れた夢を息子に託すため、厳しくビアノを叩き込む父親と幼き日の少年。
その後、メキメキと力を付けた少年は、奨学金を獲得し、英国王立音楽院への入学を果たします。

難度の高いラフマニノフの『ビアノ交響曲第3番』を、コンクールで演奏すべく練習を重ねる日々。
要求される技巧の高みに届くための練習は過酷を極めます。
いよいよその曲が披露された本番。
彼の完璧な演奏に対し、惜しみ無いスタンディングオベーションが送られるその会場で彼は力を使い果たし、倒れこみました。
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その後彼は重度の精神障害を発症し、その時の栄光を最後に姿を消します。

このピアニストの後日談が冒頭のワインバーでの姿となるのです。

これは実在のピアニスト「デイビット・ヘルフゴット」をモデルにして作られた作品です。
作品の中で使われたビアノ曲は、彼の手による演奏なのだそうです。

さてさて、北海道はオホーツク海沿岸の町において、
「うわあ!Hくんピアノすごい!天才」
と噂されるようになった、コンビニ店員H少年がこの物語に惹かれないわけがありません。

さっそくラフマニノフの「ビアノ協奏曲」の楽譜を買い求めたことも当然のなりゆきといえましょう。
全く手が出なかったと思われますが、とにかく、この一冊を手元に置きたかった気持ちはわかります。
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この映画を知って以来Hは,ラフマニノフの虜となったのです。
2001年秋に開催された時計台ホールでの演奏曲目に、ラフマニノフ作曲のものを選んだのは、おそらくこのような経緯によるもだったと思われます。

時計台での演奏

  その頃まだ存命であったの我が母が、孫の演奏を聴きたいと、川崎から来札しました。
私は早朝我が町を出発。遠軽駅から特急オホーツクに乗り母と合流しました。
暖かな秋の日差しに恵まれた日でした。
大通り公園を散歩しながら母と語りあったのは今となっては貴重な思い出です。


 開演前孫の顔を見るや頭を撫でようと手を伸ばした母。
反射的に頭をよけた息子。
17歳の男の子・・・ばあちゃんや、母ちゃんにベタベタエールを送られることからは卒業したかったし、ましてやそれを周りの人に見られるのは嫌だったのでしょうね。
さりとて、ばあちゃんのそういう行為を大らかな気持ちで受け取れるまでの成熟はしていなかったのでした。
妙に印象に残っている光景です。

f:id:kyokoippoppo:20190703191911j:plain:w330:right(画像は『ようこそ札幌 北海道札幌市観光案内』のページより)

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ご存知でしょうか?時計台の2階はホールになっております。ベンチ式の椅子がおいてある素朴なホールです。
その時計台ホールでHは、『モスクワの鐘』などとも呼ばれる曲『プレリュード3ー2』を演奏したのです。


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YouTubeより・・・こんな曲です。)

 母はその日、札幌の安い独房のようなホテルの部屋で一泊し、私は?といえば夜に出発、早朝4時に遠軽駅に着く夜行列車で帰って来ました。
(夜行列車は2008年に廃止となっております。)
一泊ぐらい母親に付き合う金銭的余裕も時間的余裕も無かったものかね??
余りに貧乏性の我が母と私・・。
でもそれだけに、この日の短い時間の母との交流は心に残っているのです。



www.tapthepop.net

 ここまで、この記事を読んで下さった方々・・・ありがとうございました。
息子がこの度アップした曲です。
ドラえもんの映画『のび太の月面探査記』の主題歌を編曲しました。
平成最後の1曲として出したかったようですが、多忙と疲弊により時期を逸してしまったようです。
お時間ありましたらポチッとして下さいませ。
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8月9日の追記

ブログ内スクラップとして貼り付けました。

2020年 2月15日の追記
ブログ内スクラップです。
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