鎮魂

8月15日・・日本の敗戦から74年

  カテゴリはごちゃ混ぜながら、終戦記念日にちなんだ記事を残すことにしました。
まずは切り抜いた新聞を貼ります。
イスクラップ帳としてブログを利用することにしているのです。 
kyokoippoppo.hatenablog.com


北海道新聞・2019年8月11日
シワになってしまった部分が影になって読みにくいですね。ごめんなさい。

割り込み追記


これを投稿した日のアンビリバボーの放映内容!!
この記事のことかな??

・・・・はい!見ました。まさしく佐々木友次さんのエピソードでした。

 私は昭和33年 1958年に生まれました。
戦後13年目の年です。
幼少期は横浜で過ごしました。
横浜駅の西口と東口をつなぐ連絡通路はいつも薄暗く、じめっとしておりました。
その通路に入ると、物悲しい音色が聞こえてきたものです。
生活に困った傷痍兵の人たちが、ハーモニカを吹いたりアコーディオンを弾くなどして物乞いしていたのです。
手が自由にならない人は四つん這いになってじっとしておりました。
みな薄汚れた白い装束をまとっておりました。

私にとっての「戦争」は、大戦の後遺症として残されたこの様な人たちの存在と、母が語る戦争時代の体験談でした。
それで済んだということは、なんと幸せなことでしょう。
小学生の高学年から、中学時代には戦争を語った物語や、ルポルタージュなどを読み漁りました。
そのような読み物も多く出回っており、手にとる機会にも恵まれておりました。

日本の平和憲法についてを語る先生は誇らしげで、それを聞く私たちも、この憲法をそれはそれは誇らしく受け取ったものです。
自分が生きている内にこのような変質を遂げるとは思いもしませんでした。
そう思いつつも、何も行動できず、何も発信できない私です。

鎮魂頌

アリプロジェクトというユニットをご存知でしょうか?
宝野アリカ(ボーカル・作詞)
片倉三起也(キーボード・作曲編曲)
による日本の音楽ユニットです。


ニコニコ大百科の記事には下記のように記述されております。(一部を抜粋)

1985年に「蟻プロジェクト」名義で活動を開始し、1992年に現名義のALI PROJECTに改名しメジャーデビュー(このように意外と活動歴が長いユニットなのである)。今からすると意外かもしれないが、デビュー前後くらいまでの時期はCMソングを歌うなどをしていた。
音楽ジャンルとしてはプログレッシブ・ロックに分類されるが、アリプロ独自の世界を築いているためこの分類も正しくないかもしれない。
初期の明るめでさわやかな曲調の時代を「白アリ」と呼び、最近の黒々しい雰囲気の時代を「黒アリ」と呼ぶ。
また新ジャンル「赤アリ」も登場した。

三連符の多用、半音進行、独特の和声進行を多用する特徴があり、拒否反応を示す者もいる反面、独特の世界観と合わせ、その魅力にハマってしまい中毒状態になる人もいる。

お時間がありましたら、ALIPROJECTの『鎮魂頌』(ちんこんしょう)聴いてみて下さいな。
www.nicovideo.jp

歌詞も美的で、曲も声も美しく、一度聴いたら耳に残ります。

靖国神社

 私が何故ALIPROJECTを知っているかといいますと、ニコニコ動画に編曲作品を公開している息子が、彼らのこの曲を編曲しアップしたからです。
息子(長男)のことは、「長男のこと」というカテゴリで少しずつ語り始めているところですが、ここでは詳しく語りません。
興味を持っていただいた方は「長男のこと」というカテゴリからのぞいていただけたら幸いです。

そう、息子は2018年昨年の8月15日に編曲作品をアップし、私は原曲となったALIPROJECTの存在とこの歌を知ったのです。
長男Hの作品には歌詞はありませんので、この曲のメッセージ性は損なわれておりますし、ボーカルに魅了された人が聴けばやはり、物足りないものを感じることでしょう。
でも、もともとが美しい曲なので、私は心地良く聴くことができました。
www.nicovideo.jp

この動画に関わってやりとりした際、Hは言いました。
動画の中に靖国神社を入れたかったのだ。
私は即座に答えました。
いや、靖国神社を入れなくて正解だよ。安易に入れるのはよろしくないよ。
と・・・
「それより、なんでチューリップの画像なの??それの方が気になるし、残念だな。」
と・・・。
忙しいさなか、パートナーさんが動画担当をしてくれたようなのでまあ、思いとおりにならない部分もあったのかもしれません。
後から
「そうか・・・”鎮魂”なら白い花だよな。」
とつぶやいておりました。

 さて・・・原曲の歌詞の中に「靖国」はありませんが、
「ここに眠る英霊」
「頭を垂れて祈る」

などから、靖国神社での風景から切り取られた歌詞なのだろうと思います。
 靖国神社に関しては、A級戦犯の合祀が問題にされておりますが、仮に分祀されれば整合性を得るというわけでもないと思います。
「お国のために戦死して、靖国神社の英霊になる」
ということが美談として語られ、それをよすがに多くの若い命が散ったのですから。

ALIPROJECTの『鎮魂頌』の歌詞は
愛するものを守りぬくため ぼくらは命を投げ出せるだろうか?
で始まります。
これも、大戦時の”兵士”と”ぼくら”を対比させたものならば、そのまま受け取れないと感じます。
当時の兵士たちは
「お国のために・・・」
天皇陛下のために・・・」
という旗印の元に集められ、戦地に送られたのです。
「愛するもの」のためならば、切り抜きの道新記事のように、留まり、汚名を浴びてでも生きて帰ることが人として自然な行為なのだと思います。
靖国神社」に参ることが、平和を願う行動としてふさわしいと、イメージだけで思い込むのは安易だと思います。

息子が終戦記念日を意識してこの曲をアップしたことに、いくらか喜びを覚えつつも、その口から
靖国
のワードが出た時は、
「おおおお、ちょっとそれは・・・?」
と思ったのです。
靖国神社については少し話をしましたが、電話でのやりとりです。
なかなか伝わらなかったでしょうね。
ただ、私はこの曲・・・『鎮魂頌』好きですよ。とてもきれい!!

平成の御世のうちに是非


こちら、北海道新聞、8月14日の記事の一部です。
靖国神社天皇を結びつけようという思いが、神社側には強くあったようですね。
宮内庁はこれを断り、
平成時代は戦争のなかった時代であるとともに、明治以来初めて天皇靖国参拝のない時代でもあったのでした。
同日一面の記事も添付しておきましょう。


 私自身は表だった平和活動をしてはおりませんし、少女時代、戦争の物語を読んだときの熱い思いもなくしております。
終戦の日だからって、とってつけたようにこのような記事を公表するのは、はしたない行為なのかもしれません。
でも、新聞記事を古新聞としてくくってしまう前にここに提示することくらいはできると思い書きました。
あと、もちろん息子の動画を貼りたい親心もございます。

とっ散らかった内容になってしまったでしょうか?
最後に靖国神社のホームページの記事と、そこを実際に訪れたはてなブロガーさんの記事を紹介してこの記事を締めましょう。

神社が発信する「神聖」のイメージと、Neutral footboollさんの記事による、神社の敷地内にあるという「遊就館」のレポートを対比させてみるとより興味をそそられます。
www.yasukuni.or.jp

neutralfootball.hatenablog.com

追記・・・たった今読んだuwisizenさんの記事も貼らせてもらいます。
uwisizen.hateblo.jp