『だれかがドアをノックする』・・我が子に薦めた本

トッド

  久しぶりに本を話題にします。
いっとき続けて公開した記事の続編です。
我が書棚にある本。
私が我が子に薦めた本の紹介・・・なのですが、この本が何としても書棚から見つからず。
図書館で調達しました。
このたび話題にする本は
『だれかがドアをノックする』
です。

だれかがドアをノックする

だれかがドアをノックする

川を背にして丘をのろのろと登りながら、トッドは心臓があるはずのところに大きな石があるような気がしていた。重く、硬く、冷たい石。押しつぶされそうな気がした。

この書き出しを読んだだけで、私はこの本は「当たりだ!」と思ったものです。

トッドはもう何時間も何も食べておらず、それでも霧のかかる暮れ始めた街の中で『魚釣り』をしなければからず、そうしなければ家に帰ることはできません。
まあ、帰ったところでそこに居るのは、横暴な父親モートです。

 父親の商売は古道具屋。
店頭に並べる品物を調達する・・・・『魚釣り』するのがトッドの役割です。
盗みを強要されているのです。

トッドの記憶には、横暴で威圧的な父親との暮らしの他はなく、その暮らしに「希望」と呼べるようなものは欠片も残ってはいません。

威圧や不愉快の中に身を置くと、萎縮し、自分を守ることしか考えられなくなる・・・・・これは私自身の生活の中にもたまにおとずれることがある出来事です。
また、以前そのような関係が生まれた職場において私は卑屈になり、肉体的精神的に疲弊した経験を持ちます。

この程度でも、この有り様。
ですから、これと比にならぬほどの剥き出しの横暴さや虐待の中でのトッドの暮らしは、大変に惨めなものでした。

固定された関係性の中で、テッドは自分を見つめることから遠ざかり、ただただ、父親の怒りに触れないようにと願うばかりでした。
たまに口にできる食べ物によってかろうじて生きていたのです。
髪は絡まり、身体は汚れ匂いを発し、灰色の目は力を失っておりました。

ガイの人形

 トッドの頭の中は空っぽでした。
考えることもしない頭、思い付くということもない頭。記憶も残していないトッドの頭でしたが、なぜか時折不思議な言葉や歌が聞こえてくることがあるのです。
どこから生まれる言葉なのか?
歌声なのか?
しかし、トッドが記憶の道を辿ろうとすると、それらは跡形もなく消え失せるのです。

 さて、ある日・・・それはささやかながらも普段とは違う感じのする日でした。
モートが思いがけず、ハロウィンの休みをドットに言い渡し、家を留守にした日。
お店のバスケットの中に1ポンド硬貨を見つけた日。
それをビスケットに換えお菓子の美味しさを味わった日。

‘’考えることもしない思い付くこともしないドットの頭‘’に、ふいに浮かんだものがありました。

トッドは店にあるガラクタで、人形を作り始めたのです。

 季節は10月末のハロウィン。
ここイギリスでは、追って「ガイ・フォークスの祭」がやってきます。

ガイ・フォークスは1605年議事堂を爆破しようとして逮捕された人物です。
この逮捕を記念して祭が行われるのです。
祭の期間子どもたちは、ガイに見立てた奇怪な人形を作り、「ガイのため」と言って道行く人に小銭をねだるのてす。

ドットは、なぜか突然に人形を作ろうという衝動にかられ、行動にうつしたのでした。

できあがった物は、かなり薄汚い代物で、太った子どものおばけみたいだった。
ドットはがっかりして顔をしかめた。切りくずや、糸、針金、紙、ビニール、木綿などのくずがまわりじゅうに散らかっている。こんなに苦労して作ったというのに、思いうかべていた物とはほど遠いできだった。
「これじゃ、ごみだ!」
ドットはつぶやいた。

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しかし、ごみのように見えたこの人形は、不思議なものを持っていたようです。
道ゆく人は
「何か変わっているな。」
と足をとめます。
ある女性は人形を見つめ


「こんなにいいもの・・・・」
と洩らすのでした。

周りを囲んだ人々の目には、この人形は奇怪なガイの人形には見えなかったのです。
これを作ったドットの方が、よほどガイのように奇怪で、化け物のように映ったのでした。

ミム

何故?トッドは人形を見つめはたと気づきます。

この人形は女だ、ということに。
女の人形を作るつもりはなかったのに・・・・・。

後日・・
ドットは、この人形のおかげで手に入れたお金でポケットをふくらまし家に戻りました。

それをベッドに隠したものの、50ペンスだけをポケットに残しておいたのです。


しかし、そのお金がモートに見つかってしまいます。
モートがいつもの暴力をドットにふるい、彼を殴り、揺さぶり、逆さにしたところで転がり出てきたのでした。

おれから盗ったな?
とたんモートの怒りは、冷たく鋭利なものに変わります。

今夜獲物を取ってこなければ・・・・お前を警察に、つきだしてやる
と脅したのです。
「警察は、ドットのような子どもを捕まえて懲らしめる!!」と、いいだけモートに脅されていたトッドの頭は、警察は怖いものとして洗脳されています。
ドットは震え上がりました。

そして、その晩獲物は無かったのです。

 力なく店まで戻ったものの、モートの怒りと警察に引き渡される恐怖に身がすくむトッド。
ドットの中身は恐怖のみ。
急げ!
大急ぎで身支度をし、ベッドの下に隠した自分の宝ものを手に、家を出たのでした。
今しばらくは小銭を稼いでくれる人形も、身体に縛りつけました。

宝もののロケット

 トッドの一番の宝ものはロケット。
持ち出したロケットですが、ポケットに入れておいたら無くしそう、カバンの中も同じこと。

ドットは「ミモザ」と名付けた人形の胸に、安全ピンをつかってそのロケットを取り付けたのです。

そのときドットの指に人形の震えがかすかに伝わって来ました。

私はここを読み、お話の冒頭を思います。

石しかないトッドの胸。
一方
今、ドットの大事なロケットを胸につけられたミモザ(ミム)には心臓が生まれました。
この心臓はしばらくの間、ドットの心臓の代わりを果たすのです。


この物語は
ハロウィンのころから始まります。
そして、冬がきてクリスマスを迎えます。

やがて天候がかわりはじめた。時計台の風見鶏がきしみながらやっくりと回り、北からの冷たい風が、ため息のような音をたてて吹きはじめた。ある日、薄い雲が太陽をおおって、うっすらと日光をさえぎったかと思うと、次の日には空全体が、古い打ち身のような黄色がかった薄黒い厚い雲におおわれていた。

ああ、季節を語る言葉の魅力よ。
クリスマスの頃、トッドはどこにいると思いますか?
彼はまだ旅の途中です。
しかし、旅を続けるうちドットの胸の石は小さくなっていきます。
そして・・・・そう、ミムはその心臓の役割を徐々にドットに、返してゆくようです。


ドットの物語を語るのはここまでにしておきましょう。