長男のこと⑦

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

 久々に長男のことを綴ります。
 
 新曲『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』がアップされたからです。


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ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、暁佳奈による日本のライトノベル、およびそれを原作とするアニメ作品。イラストは高瀬亜貴子が手掛けている。 KAエスマ文庫京都アニメーション)より2015年12月から刊行された。本編全2巻、外伝1巻。

「自動手記人形」と呼ばれる代筆屋の少女を中心に繰り広げられる群像劇。第5回京都アニメーション大賞の大賞受賞作であり、現在までで唯一の大賞受賞作である。

 Wikipediaの作品解説より


 息子が編曲作品をニコニコ動画にアップするタイミングで、私は長男Hのことを綴っていくことにしております。
もちろん宣伝してやりましょうという下心あってのことですが、長男のことに限らず、我が子のことを綴るのは楽しいものです。
ただ、今回の記事は、お片づけネタも含む「」のことであり、読書ネタでもあり、映画ネタでもある記事となりました。

 過去記事をもれなく貼ることはいたしません。
興味を持って下さった方は『長男のこと』というカテゴリーで、記事を読んでいただけましたら幸いです。

ざっとこれまでの経緯を書きましょう。

⚫中学3年生になって初めてビアノを触り、その後夢中になりました。(1999年)
⚫高校進学はせず、卒業後は近所のコンビニで働き始めました。(2000年)
⚫バイトとビデオ鑑賞とピアノの日々・・・。
始めはバンド譜のピアノパートを弾いておりましたが、『ピースメーカー』という映画(ビデオで鑑賞)がきっかけで、クラシック音楽に興味を持ちました。
⚫卒業後約一年の春、札幌で行われた『素人ピアノ自慢コンクール』に出場。(2001年)
 音楽を愛する人との新しい出会いがありました。その出会いがなければ今のHはありません。
 そういう点からも大事な出来事といえます。
●そこで出会った仲間からの誘いを受けて、秋には札幌時計台ホールでの演奏にのぞみました。
●同年12月には地元のピアノ発表会に出演、
●翌年の2月には「町民音楽の広場」にかつての級友も伴って出演。秋には時計台ホールでの演奏(2002年)
⚫ピアノ教室を開く。(2003年・・・ワンレッスン・ワンコイン方式で・・ええ!?という展開ですが、『長男のこと6話』にくわしく書いております。)

ノートを前に

 さて、この度の記事は、私の”微々減捨離”の目的も兼ねて進めましょう。

 色々取って置く性分の私ですが、ポチポチと溜め込んだものを放出していきたいという気持ちは、取り敢えずは持っております。
布やら紙やら・・・・色々溜め込んではいるのですが、子どもたちが残した絵やノートなども、捨てられないリストに堂々入っております。

 先日ひとまとめにしてくくってあった長男のノートを広げてみました。
習得した曲を書き込んだものや、学んだもののメモなど。
ああ、、、とてもゴミにはできないのです。
しかし、とっておいたところで、もう誰の役にも立ちません。
ならば、ここで私が役立てて、ネットの中に保存して心置きなく捨てることにしてはどうか!!
「ネットはお宅のゴミ捨て場ではないよ。」
と思われそうですが、場所をとらず、拒否する人はポチリと消すことができる。
そう言い訳をして、
「ピアノ習得曲」のノートのページを写真で撮り、記事にそぐう場所に貼りつけていくことにします。
1999年~2000年のものは、過去記事にすでに貼り付けました。
2002年のものは、当記事の最後に貼ります。
これは、100パーセント自分のための行為です。

『少年A この子を生んで』そして『我が闘争

この度は、2002~2003年当時の私の心境を中心に書くことにします。

少年A・・・・神戸市、須磨区でおきた少年Aによる殺人事件を御存じでしょうか?

神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)とは、1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生による連続殺傷事件。少年が名乗った名前から別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。
概要

数か月にわたり、複数の小学生が被害を受け、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。通り魔的犯行や遺体の損壊が伴った点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、強い暴力性が伴なう特異な事件であった。また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。
兵庫県警察は聞き込み捜査の結果、少年が動物虐待行為をたびたびおこなっていたという情報や、被害者男児と顔見知りである点などから、比較的早期から彼に対する嫌疑を深めていたが、対象が中学生であるため、極めて慎重に捜査は進められた。

   Wikipedia、事件概要より

 事件後両親によって書かれた
『少年Aこの子を生んで』
を読んだのはいつだったでしょうか?

私は、両親が手記を書き、世に出したということに驚きました。
「消えて無くなりたいという心境になるのではないか?」と想像する私には、理解しがたい行為・・・。
絶対に”売れる”本でしょうから、そういう点では自分たちのためというよりは、Aの兄弟たちが生きていくために必要なお金を得ようとした可能性も無くはなく、そうであればむしろ「分かるかも」と思いました。
それにしても、出版そのものに対する拒否感が強く、本を手にとることはしばらくしませんでした。

 その後これを読もうと思い、手に取りました。
そこで更なるビックリを味わいます。それは少年Aが描いたという母親像が、堂々載せられていたことです。
この神経も私には全く理解できませんでした。「気持ちが悪い」と感じました。

 このような、違和感を抱きなから、私はページをめくり始めたのです。
すると、私の心境はみるみる変化していったのです。
 私は両親によって書かれたこと全てが、客観的事実と合致するわけでないと思いながら読み進めましたし、ユングの言葉を借りれば、彼らは
「見たいものを見たにすぎない」
であろうことも予測しながら読みました。
(ついでに言えば、私がここで綴る様々なことだって同様です。客観的事実と合致していない可能性はおおいにあるのでしょう。)

ても・・・それでもなお、私の感情は両親の思いに共振し続けました。
特に、事件が家族と関わりだした経過を、淡々と綴っておられる父親の手記は、震えるような思いで読みました。

「彼らは“悪意”でもってて子育てをしたわけではなかっただろう。」

という確信は、私を混乱させ、「これだけの苦しみに身を置かなければならない何を、彼らはしたのだろう」と感じずにはおられませんでした。
“悪意”ということに関していえば、Aの連行後、加害者宅に寄せられた誹謗と中傷の方にはっきりとそれを見いだしました。
法はこれらの悪意には無力であり、加害者、被害者双方の家族を映し出し、暴きださずにはおられない報道関係者の無神経さや凶暴性も、放置されたままでした。
「悪」とは何だろう。
それまで自分にとって切実なものと捉えていなかった「悪」は、Aの両親の子育てにおける迷いや苦しみ、子どもが見えず繋ぎ止められない焦りと恐怖に共振した私にとって、初めて身近に迫ってきたのです。2002年秋の頃です。

折しも長男Hがが、Aの愛読書であったヒットラーの『我が闘争』を読み始めたのもこの時期で、私はこの偶然に心がざわついたものです。


 ここでは、神戸の事件を話題にするものではありませんので、多くを費やして書きません。
原因を見出すなど簡単にできるはずもありません。
ただ、私が感じた
「少年Aの両親は悪意でもって子育てをしたわけじゃなかったのに・・・。」
という部分が、やはりネックなのだろうと最終的には思ったのです。

この家庭の、とこまでも教育的良心的であろうとし、隅々まで光で照らそうとした結果が、これを招いた一因になっていたのかもしれないと・・・。
家族という共同体の中において、息ができなくなり行き場をった闇の部分があり、それをA少年が引き受けざるをえなかったのではないか?
そのように感じたのです。

「教育的である」という光ばかりで事を行うことの危険性、毒性を漠然と感じたのでした。
芹沢俊介氏の著書からもそれを知ることができます。いつか話題にするかもしれません。)

スティーブン・キング

 長男のことに話を転じましょう。
長男が『我が闘争』を読んだのは、「スティーブン・キング」の著作物や映画作品の影響によるものです。

スティーブン・キング
1974年に長編『キャリー』でデビュー。
ジャンルはホラーであるにもかかわらず、舞台は主にアメリカのごく平凡な町で、具体的な固有名詞をはじめとした詳細な日常描写を執拗に行うのが特徴(その作風から、従来の「非現実的な世界を舞台とした、怪奇小説」とは異なるモダン・ホラーの開拓者にして第一人者とされる)。
ホラーばかりではなく、『ショーシャンクの空に(原作:『刑務所のリタ・ヘイワース』)』や『グリーンマイル』など、映画化された話題作でも有名である。

Wikipediaより引用

 グロテスクな人間の内面や影を描いたスティーブン・キングの作品は、当時16歳の長男をひきつけました。
高校進学をしなかった息子Hには、早朝のアルバイト後には豊富な時間があり、たくさんのビデオ映画や原作に浸って過ごすことができたのです。
次から次へとキングの作品を読んでおりました。

ゴールデンボーイ』は、隠れて暮らすナチ戦犯と才能豊かな少年との奇妙な交流を描いたもの。
少年の罠に堕ち、ナチス時代の思い出が呼び覚まされた老人ドゥサンダー。
一方ますます挑発にのめりこんてゆく少年。
かれらはそれぞれに無差別殺人の魅力にとりつかれてゆきます。

アメリカンヒストリーX』も印象に残る映画だったといいます。
民族主義」に凝り固まり、黒人をなぶり殺しにした兄を持つダニー。
兄の影響を受けてか、『我が闘争』を読み、ヒットラーを英雄視しています。
彼の様子を懸念する黒人の校長は、ダニーに個人授業を授けると言い出します。
たった一人のためのクラスの名称、それが「アメリカンヒストリーX」。
その日はちょうど兄の出所と重なって・・・・。

アメリカンヒストリーX』の兄役は「エドワート・ノートン」。
Hが感銘を受けた『ファイトクラブ』では、冴えないなよなよとしたサラリーマン役を演じておりましたが、この映画の冒頭では、民族主義に凝り固まった冷徹な男として出演しております。身体も作りかえ強い男としての登場です。黒人の車泥棒をなぶり殺す場面では圧倒的な凄みを出しております。 出所後の兄はさらに変貌を遂るのですが、それも見事に演じられております。
作品そのものと共に、俳優の魅力を強く感じた一作だったようです。


さて・・・
 Hが『我が闘争』を読み始めたのは18歳間近のこと。
そして私が『少年A・・・ー』を読んでいた頃と、はからずも重なってしまったのです。
クラシック音楽やピアノの美しい旋律、響きを求める息子が同時にヒットラーにも興味を抱くことに不思議さと不可解さを感じた私でした。

 当時次男の方は、ヒットラーに対する興味は不在のまま、何故か部屋にでっかい鉤十字のタペストリーを掲げておりまして、次男のその頃のありようが、しのばれるというものです。
目にみえていろいろやらかす、高校生になった次男も、もちろん心配の種ではありました。

 しかし、自宅から日々コンビニへ通う表向き単調な長男の暮らしぶりの中にも、何やら漠然とした不安を感じていた当時の私でした。

そんな息子の、当時の習得曲のノートです。

ノートを改めてめくってびっくり!!

1999年・・ピアノに初めて触れた年が8曲(ジャミロ・クワイエアロスミスのみ)
2000年・・クラッシック音楽にめざめたころ6曲
2001年・・クラシック音楽に映画音楽も加わって35曲
2002年・・ここに貼り付けようと写真をとりつつ、ノートのページをめくったところノートの最後まで・・・272曲

 のめり込みようがしのばれます。
これだけピアノに時間と思いをとられていたことを思えば、私の心配は無用であったのかな?と感じます。
Hは少しの間『ゴールデン・ボーイ』に傾倒して、こんな本を読む自分を演出したのかもしれません。

このあと延々写真貼り付けです。
息子や私にとっては思いでのアルバムですが、皆さんにとっては「ゴミ捨てーション」(誤変換がおもしろいのでそのまま!!)
スルーして下さいね。

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