(色々混ざりつつも)・・・長男のこと・・・⑮

 忙しかった2008年

 長男のことを綴る15回目!
長男Hがニコニコ動画に編曲作品をアップしたのです。
前回は、ニコ動で長らく使った『化け猫』名義を変更し、『日向猫』に改名したことなどを書きました。
改名後手掛けた今回の作品が、日向猫としての初めての作品となります。
ポチッとして、聴いていただけたらとても嬉しい!
www.nicovideo.jp

 さて、長男のことを綴るといっても、当時彼は札幌に出ており、親の目の届かないところで日々の営みをしていたわけで、詳しい様子を伺い知ることはできません。

2008年の息子のアルバムを見ても、正月の写真しか残っていません。
耳ピアスでキンキラキンの頭髪の次男。
満面の笑顔で、まあるい顔をますますまん丸にしてピースをしている長女。(妹)
長男はそんな二人の間に立っています。
ちょいとうつむいて、真顔で立っています。

たまたま、その瞬間を切り取って写真に収まってしまった可能性もありますが、
パニック障害を発症して、口に入れるものにやたら神経質になっていたHのその頃の切羽詰まった様子が伝わってくるようでもあります。


さて、Hの動向がさっぱり伺い知れないこの年ですが、私の身辺は忙しかったのです。

胃ガン手術のあと、転移が認められ、徐々に死に近づいていた我が母に会うため、長女Aを伴って川崎を訪れたのが2月。
(娘は高校卒業間際で、学校は自由登校の期間でした。)

3月その長女が、高校卒業。
札幌へ・・・。
住宅は、次男が一時住んで、そのまま残したものを使うことになっておりました。
おそらく次男は、引っ越しする暇もなく手間もかけられずなので、妹にそのまま引き渡したかったのです。
次男Yは三年前に札幌へ出て来てから、あっち行き、こっち行きで、その頃は拠点を変えること早5回目。
長男が当時住んでいた部屋も、元は弟Yが使っていたものです。

長女の引っ越しがあり、そして・・・
4月・・・新年度スタート直後の時期に母はとうとう入院しました。
私が慌しく上京。(川崎ですけど)
母は入院後ほどなく28日に亡くなりました。
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夫と義父母、
東京を拠点として活動していたY。札幌からはHがやってきました。
長女Aは、2月に存命のばあちゃんと会っていたので来ませんでした。

通夜が始まるころ、Hは切羽詰まったような顔をして、
「俺の席は出口近くの端っこにしてほしい!」
と頼みます。
「通夜ったって、ばあちゃんと似た顔の年寄りがやってくるだけだから、気い張るようなもんじゃない!」
と安心させつつも、彼を端っこの席に座らせてやったのではなかったか?
通夜の間流された曲は、母の大好きな『レット・イット・ビー』そして『荒城の月』でした。
8月、私は一人暮らしになった父を訪ねました。
マンションを引き払い、すぐ近くのデイサービス付きのワンルームマンションに引っ越すことになったのです。
その引っ越しのお手伝い。

11月・・・Hは24才に。

目指すは「札幌新人音楽会」

 札幌に出てきて以来、作曲の勉強を続けるHですが、目標は音楽家のプロの登竜門にもなるという「札幌新人音楽会」にエントリし披露することでした。
熱意があったとしても、自分勝手に出品するわけにはゆきません。
師事するM先生に、それなりの作品であると認められるものでなければ、出すことはできません。

出品することを許されるような作品を作ること。
当時のHは、そこを目指していたようです。


明けて2009年
この年の正月も兄妹三人が集合したと思うのですが、記録も写真も無し。

そして、その月末、なんと!!!母を追うように父が亡くなりました。
お風呂の中で心筋梗塞を起こしてしまったのでした。
kyokoippoppo.hatenablog.com
じいちゃんの通夜葬儀には東京在住のYが来てくれました。(HとAは来られず。)

4月・・・・母の一周忌。kyoko上京。


f:id:kyokoippoppo:20200908180318j:plain:w200:leftこの春、Hは審査してもらう作品を仕上げました。
『三つの無言歌』
演奏はプロのビアニストさんが手掛けてくれました。





無言歌(むごんか、ドイツ語:Lied ohne Worte、英語:song without words、 フランス語:romance sans paroles)は、ロマン派音楽に伝統的な抒情的小品または性格的小品の一種。「言葉のない歌」という意味で、器楽曲、中でも主にピアノ独奏曲に用いられる。

f:id:kyokoippoppo:20200908185831j:plain:w200:left8月・・久しぶりの札幌時計台コンサートに、自作曲で臨む。
『ソタナ第一楽章』
来札する私に合わせて、友達二人も同行してくれ、楽しい札幌行きとなりました。
折しも、8月30日に行われる第45回衆議院議員総選挙直前とあって、選挙カーから聞こえる音声のボリュームと熱気は凄まじく、せっかくの演奏にかぶることかぶること。

演奏終了後の会場に、次男Yがふらりと現れました。
6月にバンド解散(昇天)となっており、札幌で新らしいことを始めようと動き出していたY。
・・・・つまり、彼はまたまた拠点を変えたということ。はい!!
H曰く、演奏終了後の、緊張が解れ和やかな場にYは現れ、その派手な佇まいですっかりその場の人気をさらい、その後去っていったとのこと。


さて、『三つの無言歌』ですが、エントリーは逃しました。
しかしこれは、それまでの勉強や努力が形になった記念すべ作品といえましょう。


今記事で貼り付けたニコ動の編曲作品にも『無言歌』のタイトルが・・・。
小さな偶然がうれしいわ!!

11月・・・H25才に。

   *  *  *

 次男も何やら活発に動き出した時期でしたが、内容が込み入るのでここでは割愛!
次男のことは、改めていつか書きます。
派手な話題満載なのです。