長男のこと・・・⑱

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 長男のこと連載版、18回目の記事となります。
この度、長男がニコ動にあげた作品はこちら。

www.youtube.com


ポチッとして聴いていただけたら嬉しいです!!

当初、昨年末にはアップする予定であったため、私も、この記事の下書きを、年末に済ませておりました。
「年末」の気分に誘われて書いたものが後半のものです。
時差を生んでの投稿となりましが、読んでいただければありがたい‼️

 今回の記事は、kitaraに関するものでまとめました。
おそらく2011年・・長男Hが、キタラ(kitara)職員になったばかりのころの出来事と、
その3年後の2014年の私の冬の思い出について書きます。
息子の話と、自分の思い出・・・自身の備忘録的な記事となっております。
お断りしておきましょう。

kitaraのパイプオルガン


 kitaraの職員になったH。
コンビニ店員と、レストランのボーイとしての経験しかない男。
パソコンの知識も、英語も、地元中学校で学んだレベルしか持たない息子。

仕事開始前、独自に学び直したようですが、即実務に活用できるはずもなく・・・・
お仕事に突入!!
「どんなことやっているの?」
と聞けば、
「挨拶まわりをしたり、コンサートのポスター貼りであちこち動きまわっているよ。」
そんな返事でした。
スタートはそんな感じだったようです。

その後、
オルガニスト譜めくりをすることになった。」
と・・・・。

kitaraにはとても立派なパイプオルガンがあります。www.youtube.com

Kitaraでは、専属オルガニストを毎年ヨーロッパから招いておりますが、その年のオルガニストはフランスから来た男性の奏者でした。

Hの話によりますと、
その際与えられた譜めくりのミッションは、単に譜面を追って楽譜をめくるだけではなかったのですと。

パイプへ送る空気の調整のため、付属のボタン(ボタン?バルブ?)を操作しなければなかったそうで。

そのフランス人の奏者と二人、リハーサルに臨むわけです。


英語が苦手なフランス人オルガニストと、
中学英語程度しか扱えないH。
時々
「ノン‼️」
とか言われながらの練習!!
それが通常の仕事に上積みされたのでした。

どんな風に意志疎通したのでしょかね?

全く未知の職場に入り、未知の仕事を手掛けるようになったH。


ホールの中央に、そびえるように設置されているパイプオルガン。
その、まるで中空にあるような演奏場所に立ち、若きオルガニストの演奏を助けたのです。

f:id:kyokoippoppo:20191221154920j:plain(画像はkitaraのホームページより)

私はそれを聞き、
とても誇らしく、うれしい気持ちになったものです。

冬の中島公園

 
 きらびやかなkitaraのホール。
私にとっては縁遠く、お高いところにある存在。

 私がそこに初めて足を運んだのは、2014年の冬のことでした。
演奏会を聴くために行ったのではありません。
息子の住宅の部屋の鍵を借りるため、コンサート終了後の、Hの身体があく時間に合わせて、このホールに向かったのです。

(珍しいことに、札幌に遊びに行くことにしたのです。Hは、付き合い始めた女性と同棲を始めておりまして、当時借りていた部屋は空き家状態。
娘とホテルに一泊後、残り二泊(だったと思う)はその部屋を利用しました。
遊びに行くときも節約を心がけた私でした。)


 ホールは中島公園の中にあります。
地下鉄の駅から地上へ出るとお正月用のしめ飾りを売る露店が立っており、明かりを灯したテントの中は華やかな色とりどりの飾りが並んでいました。

久々に非日常の時間の中に置かれた私の目には、どこもかしこもが新鮮に映りました。

大きなボタ雪が降りしきる公園の細道を、道々の灯りに導かれながら歩きました。

こんな美しい場所がHの通勤先なのね!
息子にとっては、「厳しい現実」のロードであっても、
私にとっては*夢のような幻想的なロード*
その道の先にkitaraが現れました。

玄関に着いた私は、オドオドしながら円筒状のアーチ内の扉から中に入り、そこで息子を待ちました。
f:id:kyokoippoppo:20210106094905j:plain(画像はkitaraのホームページより)


コンサートを満喫したお客さんたちが、会場から出て来ます。
自分の時間とお金を、演奏会に使う人たち。
皆おしゃれで裕福そうに見えるのです。
お召し物も、高級そうに見えるわ!!

それに引き替え、全く別の要件で入口付近に佇む私。
ホテル代をケチるためにそこに居る私。


Hから連絡が入り、


「どこに居るの?」
「寒いから、中に居るよ。丸い扉から入った。」
と答えたら、
「お客さんがはけたらすぐに閉まってしまうよ。外で待ってて。」
「はいよ!はいよ。」

田舎者丸出しの私でした。


このときの冬の中島公園の印象はとても強く私の心に残りました。

その時の印象に近い光景を、雲丹枕(toriburo)さんの「6時のおやつ」という写真ブログで見つけました。

快諾を得ましたので貼らせていただきます。


www.toriburo.jp

そうそう!!
私が見た「地下鉄中島公園駅前」
懐かしい!!



こちらは教職員向けの共済の冊子の表紙です。
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この出来事のあと、職場でこれが目に入りました。
懐かしさが刺激され、「おお!!」と心の声をあげた私。
回覧後これをいただきました。
今も、息子のアルバムに収まっております。

この札幌行きは2014年、年末の出来事でした。
Hは仕事にも慣れ、多くの仕事を任されるようになっていたようです。
事務的な知識も身に付き、英会話も上達したとのこと。

しかし、得たものはそればかりではなかったのでした。
「鬱」という症状が息子に・・・。

病を道連れにしての苦しい道が始まったのもこ時期でした。

2014年前後は、次男、長女にとっても激動の時。
メモを見ながら、しみじみと思い返した私でした。