樹上の亡骸

 刺激的なタイトルを付けてしまいましたが、まずは、我が庭の花々をご覧いただきましょう。

2年前に庭の花を紹介する記事を多く書きましたので、記事にしなくても良いかな?と思ったのですが、春がきて庭が彩られるとついつい写真に収めたくなるのです。
するとやはり、収めたものをお見せしたくなるのです。
おどろおどろしいタイトルは、吉村昭氏の『大黒屋光太夫の感想の一部となります。
花々の写真の後に書きますよ。

咲き始めた花たち

 春になっても晴れやかで気持ち良い天候が少ない当地ですが、次々と花が咲き目を楽しませてくれます。
それらは早くも盛りを終え、今は次なる花に代変わりするところです。

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花の写真を貼り付けて満足!!

実をいえばもうちょっと綺麗に撮りたいのですがね。
そろそろ表題の記事に取りかかりましょう。

それぞれの冒険譚

 冒険譚と名付けたものの、大黒屋光太夫の体験を「冒険」と呼んで良いものか?

江戸時代、航海中に破船し漂流。ロシアに渡り、大陸の西端に至り、再び東端の港から、日本へ帰国した大黒屋光太夫の行程のスケールの大きさは間違いないものですが、これは彼が積極的に選び、歩んだものではないからです。

ロシアは流れ着いた地であり、その後訪れた土地も連れて行かれた土地であり、そこで選ぶしかなかった道だっだのです。その結果が最終的にこの行程となりました。
彼は冒険を目指したわけではなく、ただひたすらに帰郷を望みその思いを捨てなかった志の結果が、これだったのです。

井上靖おろしや国酔夢譚に続き、
吉村昭氏の『大黒屋光太夫を読みました。
事実を元にした作品ですので、ストーリーの流れは同じものの、作風そのもの、更には作品に組み込まれた場面や、主人公光太夫や仲間たちのキャラクターにも違いがありました。

その違いを楽しく味わうことができました。

わたし、どちらかといえば井上氏の作品の方が好きかな。

樹上の亡骸

 
 今回話題にするのは吉村氏の『大黒屋光太夫』なのですが、主人公の光太夫ではなく、脇役も脇役の馬についてです。

ロシアという広大な土地、厳寒の土地の旅において、無くてはならなかった乗り物であり、動力であった馬のエピソードが、印象に残ったのです。

 光太夫たちは、オホーツクからヤクーツクへの旅の途中で、樹木の上にひっかかった馬の死骸を目にしました。

太夫にとっても、それは思い出すのも恐しい情景であった。樹木の高い梢の近くに、骨と体皮だけの馬の死骸がひっかかり、脚と体皮があたかも干された干瓢のように垂れさがっていた。

旅の途中で、動けなくなった馬はそのまま打ち捨てられます。

いたしかたないことではあります。

冬であれば積もった雪の上に倒れるわけです。
春になり、雪が解けて樹木が伸びてゆきますと
その死骸は、枝にひっかかったまま持ち上げられてゆきます。
樹木は育ち、死骸は干からび、数年後には樹木の上の無残な姿となるというのです。

仲間の一人新蔵は、ロシアでの生活が長くなる過程で悩むようになりました。

帰国の望みは薄く、かなったとしても先のことである。
病に侵されるや、みるみる命の灯火を弱らせ亡くなった仲間の姿を見てきた事実。
信仰を持たぬまま亡くなれば、まともな弔いさえしてもらえない。
厳冬期に亡くなれば、凍土を掘り返すこともできず、遺体は野ざらしとなる。
その姿が樹上の馬たちのものと重なって感じられ新蔵は悶々と悩むのでした。

身体を壊し、苦しい日々を送るうち、死んでも弔いを受けられないであろう今の自分の有り様に苦しんだのでした。
故郷へ帰る希望はほとんど無いに等しいことに比べ、いずれ身体を壊して死ぬであろう恐怖は目の前にあり、新蔵はロシアの信仰を受け入れます。

それは、日本へ帰る道を自ら断つことを意味します。

干瓢のようになって晒される馬の亡骸と、新蔵の信仰を結びつけたストーリーとなっておりました。
”樹上の亡骸”のイメージは、私の心にも刻みこまれました。

新蔵のその決意の後程なくして、帰国実現の道が開ける・・・吉村昭氏の著作では、このような展開が続きます。
もうひとつ。

氷化する馬

 これも強く残る描写でした。
厳冬期、馬にそりを付けて道を行く。
馬を交代するための駅が要所要所にあり、乗り継ぎ乗り継ぎしながらロシアの、広大な土地を進みます。

 積雪は一層増していて、橇一台に馬二十六頭つけて、翌朝、出立した。二列になった馬は、雪道を力強く橇を曳き、御者は絶えず掛け声をかけ鞭をふるう。馬の体からは汗が噴き出して湯気が立ちのぼり、駅について走るのをやめると、汗がたちまち凍り、体毛は氷で白くおおわれていた。

 宿屋について汗に濡れた体毛が氷化する馬は、すぐに暖かい建物の中に引き入れられたが、それが間に合わず倒れる馬もいた。鼻の先まで白くなってかたく硬直し、宿屋の者がその足に綱をかけて道からはずれた場所に曳いてゆき、放棄した。

おお哀れな馬たちよ!



このエピソードを、ご紹介したかったのです。

こちら、井上靖の『おろしや国酔夢譚』と、吉村昭氏の『大黒屋光太夫』を読んだ方のブログです。

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