日々の営みとスピリチュアル

ホッケ!ホッケ!ホッケ!

 週の始まり月曜日にドドーンと届いたホッケホッケホッケ!

仕事から戻ってそれを見たとき、やはりまずは
「ええー?!」
と溜息混じりの声がでました。
ひと息つく間も無く、これらを捌かねばならぬのか?

家にいる夫が、多少なりとも手をかけておいてくれたら良いのに…。
とも思いました。

しかしどうあれこれを放置するわけにはいかんのです。

ならば、
気持ち良く
取り掛かろうではないか!

私はそのように気もちを切り替えました。

ブログの記事にもできるではないか!
と。

写真をパチリ!
さあ!始めよう!


手始めの写真よ!!
魚は、まだまだまだまだあるのです。
途中から夫も参戦してくれましたよ。


終わったああ!!!


火曜日の朝には何とか魚干しの網の中へ収めました。

記事にするの?しないの??

 が、直ぐに記事にする意欲が湧かず一晩放置!
魚を捌いて干したというだけの記事なら、似たような内容のものを過去に投稿していますしね。やあめた!!

kyokoippoppo.hatenablog.com



翌水曜日の朝…
 あらあら・・私の気持ちは投稿する方へ傾き始めましたの。
スピリチュアルに関する記事をここにちょいと添えた上で投稿しようと思い始めたのです。

前日までは、これとは真反対なことを感じていました。

生臭い魚の画像の続きに、スピリチュアルは相応しくない!
と思ったわけね!!
そうなると、魚を捌いて干しただけの内容となる。
それでも十分なのでしょうが、伴う私の意欲が追いつきませんでした。



スピリチュアルな世界が醸し出す雰囲気!
美しい天使
整った部屋
爽やかな自然
大いなる安心

私はそれらを眩しく眺めます。
スピリチュアルの世界のイメージをこのように受け取る私です。


でも、待て!
このように受け取るばかりでは、この世界は永遠に自分の実生活と切り離された憧れであり続けるのではないか?
肉体を持って産まれ、自我というものに縛られ、金銭と不安を結びつけがちな私の現実とスピリチュアルの世界は、隔たってはおりますが、だからといってその世界と自分の現実の間に、自ら境界線を引くことはないのではないか?
魚を捌きその内臓を掻き出す私と、スピリチュアルを、別世界のものとして近づけない姿勢は不用なのではないか!
と感じたのです。
それが、水曜日朝のこと。

朝から雨降り。
魚は玄関フードに引っ越して扇風機の風をあててもう少し干すことにしました。
一日働いて、家に戻ったものの、朝の気持ちは萎れておりました。
記事を仕上げる気力もなく、むしろざわついた胸騒ぎを感じたまま床につきました。

木曜日の朝となりました。
気温15度にも届かぬ天気です。

何とか干しあがった魚をお裾分けと自宅用に仕分けしました。

私は信じるのか?

そうそう、スピリチュアルについて…。

 結局ね。
自分がこういう生活をしながらも、「神なる源」を信じるのかどうなのか?
スピリチュアルというのはこのことに尽きるのだなと思ったのです。
あまりに、当たり前の、大前提といえる気づきなのですが、
今やっとそう気づいた私です。

目の前でとびっきりの奇跡が展開しなくても、引き寄せとやらで願望通りの富が転がりこまなくても、自分が、「大いなる源」と繫がる存在であることを受け取ることができるのか?

スピリチュアルを知るとは、それに尽きるのだろうな!
そう気づいた次第。

更に、実は私は既にその恩寵を受けており、様々な奇跡を体験済みなのだろう。
そのようにも気づいたのですよ。

まだまだ、揺れて、不安につかまることもありそうですが、今の私をとりあえずここに記録しておきましょう。
6月最終日の夕方
これを投稿いたします。