『極夜行』・・・・月の光

さらなる闇を求めて

この本・・・・極夜行

極夜行

極夜行

 おもしろい‼️
常に本を手元に置き読書を楽しむ私ですが、「おお!これはおもしろい」と思えるものにはなかなか出会えません。
読むジャンルが限られていることも原因の一つでしょう。私が手に取ろうとしないエリアにも、まだまだいくらでもおもしろい本が埋もれているのかもしれません。
 手軽に楽しめるタイプの本を読むときは、それによって時間をやり過ごすという感じですが、
おもしろい本に向き合うときは、その時間の価値がぐんと高くなり、物語や言葉を味わおうとする思いも強くなります。

 この本のことは、「朝の来ない村」というタイトルで数日前に紹介しております。
読み始めてすぐの頃です。
kyokoippoppo.hatenablog.com
 緯度の高いシオラパルクという村では、冬至を挟んだ数か月ほどの期間太陽が昇らなくなってしまうことを書きました。
このようなところに村があり、生活が営まれていることにも驚きますが、著者である角幡唯介氏はこの村を拠点としてさらに北を目指すのです。
彼と行動を共にするのは「ウヤミリック」という名の村の犬のみ。
二つの重い橇を交互に少しずつ動かしながら氷河を登り、凄まじいブリザードの脅威にさらされ、真っ暗な平原ではベアリングコンパスと星とを頼りに方向を定め、歩を進めるのです。
何のためにって、極夜を味わい尽くすためにです。

 この人が生きて戻ってくることはわかっています。
この本を読んでいるということはそういうことですから。
でも、ブリザードがテントを容赦なく潰して飲み込もうとするとき、
一方の橇の行方が分からなくなって3時間も氷河の坂をいったり来たりしたとき、
全方位360度の暗闇の中で行くべき方向を定めるとき、(大切な六分儀はブリザードによってあとかたもなく吹き飛ばされてしまいました。)
ja.wikipedia.org
定めた方角には歩いているのに、現れるはずの地形の変化が一向に現れず、もう一日もう一日と日を重ねるとき、

・・・・・私は暖かい部屋の中にいながら、死の隣でうろたえ、あがく角幡氏の様子に胸を痛めるのです。
文字を通して知ったり想像することは、実体験には及びもしないことはわかります。別物です。
でも、とうてい行くことのできない冒険をこのように伝えてくれる言葉によって、読者は胸を踊らせます。
先の見えない不安や恐怖のひとかけらを感じ取るのです。

宇宙の旅

ヘッデン(ヘッドライト)のライトを除けば、頼れる明かりは月あかりのみとなります。
極夜にとっての月は特別で重要な存在です。

 月が昇ると極夜世界は色のない沈鬱な世界から、壮絶なまでに美しい空間にかわる。それまでの影すら存在しないモノトニアスな空間が、黄色い光が届いた瞬間、突然、本当に劇的に明るくなって、氷河上の細かい雪の襞にいたるまで一気に照らしだされ、そこに影ができて、足元のルート状況が明瞭になるのだ。雪や氷が青っぽく色づき、単なる沈黙につつまれた死の空間だったのが、どこか別の惑星にいるかのような幻想的空間にかわる。極夜の旅は宇宙の旅にほかならないと、そう思える瞬間だった。

 幻想的な世界を見せてくれた月ですが、あくまでも現実的な月の影響も及びます。
満月の時期には沈むことなく天空を巡る月ですが、
その月も太陽とランデブーとなる新月の頃には顔を出さなくなるのです。

時間は予想以上に早く過ぎ去っていた。時間が経つということは月が欠けて光が弱まるということである。

お日さまが出なければ朝も夜もないわけで、そうなると月の出が朝のようになり、月の入りが夜のようなります。
一日が月の運行に従うようになるのです。月の南中時刻は日々一時間ずつ後ろにずれていくことから、いつの間にか一日25時間の設定になっていたのです。気づくと

いつのまにか二十四時間制にもとづいた通常の日付を追い越してしまった

のでした。

 月の死が近づいてきた。早くしないと月が沈んでしまう。私は急に焦りを覚え始めた。

12月22日、冬至をむかえます。
私が住む北海道でも、寒さはここからピークを迎えるものの日は少しずつ長くなり、季節はこの日を境に春に向かうのです。
極夜の地の地平線にも太陽は近づき始めます。しかし実際に姿を出すのはまだまだ先なのです。

暗黒の氷床を行進中の私の意識には、いつ復活するか想像もできない太陽のことなど存在しないも同然だった。実際極夜世界にやってきて二ヶ月近く経っており、もはや太陽の昇る通常の明るい世界がどのような世界であったのかさえ、記憶は朧気になっていた。それより私の関心は月だった。さらにいえば月亡き後に到来する真の暗闇、極夜だった。

月亡きという表現が印象的です。

満月時の正中高度は三十度で、二十四時間フル回転で天空をまわっていたことを思えば、わずか一週間で急速に衰えた。あと二日で月は姿を見せなくなるわけで、もはや死滅寸前、その光には消えかかった炭の熾みたいな力しか残されていなかった。


角幡氏の行程は続きます。
今晩も、本を開き楽しく贅沢な時間にひたりましょう。