記念日なので・・・

記念日ということで

 年が明け、義母の誕生日、義妹の誕生日、私の誕生日と続きました。
私の誕生日の一週間後31日が娘Aの誕生日です。

 娘の誕生日のちょい前28日、つまり本日が父の命日です。
亡くなったのは前日27日だと思われますが。


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そして、今日は私がブログを始めた日でもあります。

始めてから丸4年を迎え、5年目に突入です。
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とりたてて、書くべきこともないのですが、せっかくの記念日なので、過去記事を貼り付けて超あっさりながら記事を残すことにしました。

思わずふきだした

 『極夜行前』は、今晩のうちに読み終わることでしょう。

今日は、読んでいて吹き出す場面に出くわしました。
角幡氏が命の危機にさらされる場面でありまして、まあ、彼の命がここで潰えるわけではないことは解っているとはいえ、死神がもう紙一重の所で待ち受けているような過酷な事態の描写場面なのです。

もがき苦しむ極限なのです。
そこで、私は思わず吹き出した。
え!?

そういう場面で吹き出すかね?
と思われるかもしれませんが、
そういう場面だからこそ…なのですよ。
私が伝えるのはここまでにしておきましょう。

要約して伝えきれるものではないと感じますので・・。
興味を持たれた方は、本書を手に取って下さいませ。
  
次なる本が控えてます。

どうよ!


このチョイス!


maga9.jp



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極寒極夜

寒波襲来

 本日24日!
ホッホッホ!
私のバースデーであります。

朝起きてスマホを開きますと、日本列島を襲う寒波に対する注意喚起のお知らせが届いておりました。


それに伴う大雪の予報も。
が、しかし、当地の降雪は少ないことが見込まれています。
オホーツク海沿岸中程の、白い空白地帯。
何故か雪雲の通り道にはなっていないようです。
今年明けてからは雪が少なく、難儀するような除雪作業は、まだ一回もありません。
ありがたいことです。
 寒さのピークになるとされる明日水曜日は、最高気温でさえもマイナス10度となり寒さは厳しいようですが、これに風雪が伴わなければ、本州の降雪地域よりは、やり過ごしやすいのではないかしら?

『極夜行前』

 さてさて、寒さ厳しいこの季節、
私の手元にある本は『極夜行前』(角幡唯介 著)です。

 極夜とは、一日中全く日が昇らない現象を指します。
極地の冬に起こる現象です。
角幡氏は、数か月間に渡り極夜の世界を歩き、その記録を『極夜行』というノンフィクションの作品に仕上げました。
2018年に本屋大賞、Yahooノンフィクション本大賞、さらには大佛次郎賞に輝いた作品です。

 当時これを読んだ私は、一連の記事としてその感想を残しております。
私の心に様々な知識と、感慨と感動を残してくれた一冊でした。
で、今回の本は『極夜行前』
極夜の旅のが綴られているとな?
ふーむ。
極夜行』を読み、その世界をすでに味わった者が読んで面白いのか?
その本を図書館の書棚から引きだした私の気持ちは、さほど高揚しませんでした。
二番煎じ感の強いものなのではないか?という先入観が先に立ったのでした。


しかしね、開いてみれば面白い。
一つの探検、冒険の前におこなう膨大な事前準備や、入念な確認、そのために行う本番さながらの旅の実際。

 角幡氏のもどかしく苦しい前進に連動するかのように、スルスルサクサクとは読めません。
いや、むしろ読みたくないとさえ思うのですよ。
じっくり味わいながら読み進めたいのです。
栞のヒモは、まだ本書の半分のところ。

 角幡氏は、極夜が明けたシオラパルク以北の地を歩いています。

画像はこちらからいただきました。
第2回 極夜の探検に欠かせないパートナーとの再会 | 文春オンライン


本格的な旅に先立ち、デポの場所が確保できるのか見定める必要があるからです。
(デポとは、商業用語としては、小型の物流拠点のことを指しますが、探検や登山での用語としては、行動計画に合わせて必要な物資や荷物を行程の途中に置いておくこと、また、その場所を意味します。)

下見とはいえ、橇に山程の荷物を乗せその総重量は150Kgはあろうかというもの。
橇引き、及び旅の体験がない若い犬ウヤミリックを伴って進む旅。

過酷な行程が繰り広げられます。
その上、角幡氏の身体は今までになく、寒さのために消耗しているのです。
どうも事前に体内に取りこんでおくべき脂肪の量が足りなかったようなのです。

すでに体験し、乗り越えてきたはずのマイナス30度が、何故が身にこたえるのでした。

 その日も朝から氷点下36度という寒い日だったようです。
とはいえ、寒さも風の強さもいつもと変わらない程度だったのです。
歩いても歩いても身体が冷えたままだった角幡氏でしたが、夕方を迎え、幕営することにしました。

テントを立てている最中に急速に右足が冷え始め、瞬く間に皮膚の感覚がなくなり、足の甲全体が自分の身体とは別の、何か無機質な陶器の塊のような感じになり始めた。

ぞくぞくとするような描写です。
角幡氏はあわててテントに入り、ストーブに火をつけ、靴下を脱いで火の上で足を擦りました。
血流が一気に回復したその時は、その流れの勢いで痛いほどだったと書かれています。

それでも、親指の先端だけは感覚が戻らず軽度の凍傷となってしまったのでした。

一瞬で、身体の先端が凍りついてしまった体験に底しれぬ恐ろしさを感じ、自身の身体の脂肪分の不足を改めて知る角幡氏なのでした。


昨日は、そこから数ページ読み進んだところで、本を閉じました。
目と気力が、それ以上ついていけなくなったのです。
グンナイ...zzzz

白夜の太陽

 明け方早く4時には目が覚めました。
そりゃそうです。
昨晩のグンナイ時間は、午後8時頃でしたからね。

 目が覚めるや、ふとんの中で、気になっていることを考え始めてしまいました。
角幡氏の下見の旅は極夜が明けてから始められています。
太陽は、顔を出しても高く昇らず、地平線を低く移動するだけだと書かれていました。

へえ〜、そうなんだ。
と思いながら読み進めましたが、
??
ところで極夜の反対の現象である白夜の時、太陽はどのように動くのだろう?


東から顔を出した太陽は、やはり地平線に添うように動くのかしら?
(そもそもここに私の勘違いがあるのですが、それは置いときまして…)

そうだとして、南の地平線近くを進んだ太陽は西へ至り・・・。

え?
その先はどうなるんだ?

どうやって東に戻るんだ?


私はこのような疑問を持ったのです。
西の太陽は、どうやって東に戻るのか?と。


まだ暗い、居間に起き出してから気づきました。

私は西まで行き着いた太陽は、そこで行き止まりと決めてかかっていたのです。
だって、毎日ここで見る太陽は、西にたどり着けばそこで姿を消すのですもの。

白夜の太陽も、そこで行き場を無くすように考えてしまった私。
完璧に固定観念に縛られていましたね。

白夜の太陽は、そのまま西の地平線を低く進み、北の地平線を低く進み、東へ戻ってくるのですね。
ですから、私が、先程書いた
「東から顔を出した」という表現そのものが間違えているのです。

白夜の太陽は東から顔を出すわけではありません。
そもそも顔を引っ込めないのですから、顔を出すという現象はみられないのであります。
はい!

いやぁ~。
こんなこと、皆さん御存知ですよねえ。


 ではこのような場所があることはご存知でしたか?
日の出が1年間に1回しかない所。
半年の極夜と、半年の白夜が繰り返される土地。

極夜が明けた日の日の出があり、その後は白夜が続くため日の出現象がなくなります。
その後極夜に転じれば、日の出はやはり見られない。
北緯90度の北極点はそのような場所なのだそうです。

そんなこんなで、
極夜行前』を、楽しんでいます。
日本列島が凍てつくこの時期に。
皆さんくれぐれもお気をつけて。
明日は夫がプレゼントしてくれた温ったか靴下履いて出勤します。

ひと目ひと目編んでみれば・・・

 昨年末、図書館も年末の閉館間際というというタイミングで駆け込んだ私。
とりあえずリクエストだけ済ませたくお願いした本が、『編み物ざむらい』(横山起也 著)でした。

 新聞で本の存在を知るや、「読みたい!」と思い、先の行動となりました。

 その本が届きましたので、読みかけの『極夜行前』をしばし横に置き、読み始め、翌日読み終わりました。
 そのようにスルスルと読むことのできるエンターテインメント性の強い作品でありました。
「正しくあること」について考えさせられ、また、「影との統合」というテーマもありました。

 本に関する記述は、これにとどめておくことにいたします。

 今記事に残したいのは、本作そのものよりも、読後すぐに調べた著者である横山起也氏のプロフィールや、彼の主張についてです。

編み物作家でありながら、文筆家でもあるという横山氏。
どんな方だろう?
ネット検索にかけて得た情報が、興味深いものでした。
gendai.media

ここから先の記述は、こちらの情報をもとに、お伝えするものです。

女の子に生まれなかった

 横山氏が生まれ育った家庭は、祖母も、母も編み物の先生という環境でした。
この家業を、次の世代に引き継ぎたい思いを持っていたお母様は、男の子として生まれた起也君に、
「どうして女の子に生まれなかったの?」
という言葉をもらしたそうです。
当時3才だった起也氏は、その言葉を受け、涙を流したのでした。
編み物と男子は、接点を持たない!
当たり前に、そう思われていた時代だったのですね。

 実際起也さんは、青年期まで編み物とは無縁で暮らしました。

その頃の私にとって、編み物は「女の人がするもの」であり、その考えをうちやぶってまでやろうとはしなかったのである。

 母親から、新しい編み方を試してほしいと頼まれたことをきっかけに、これを手がけた起也青年は、編むことに興味を覚え始めました。
大学生時代の頃のこと。
起也青年は、学食の隅で編み針を動かすようになります。
「男なのに・・・」という意識は存分に残っており、片隅で密やかに、声をかけられれば赤面しつつ針を動かしたそうです。

 そんな横山氏は、現在「編み物」で社会に関わっておられます。
NPO「LIFE KNIT」の代表となり、編み物を教えることはもとより、福島県南相馬をはじめとする被災地で編み物による支援活動や、トークショーやワークショップを行ったりしていらっしゃいます。

ジャエンダーバイアス

 時代は変わり「編み物男子」の存在は珍しくはなくなったこの頃ですが、

「編み物は女性の趣味であり仕事である」
という、いわゆる「ジェンダーバイアス」は根強く残っていると横山氏は指摘します。
ジェンダーバイアスとは、「男らしさ」「女らしさ」などの 男女の役割に関する固定的な観念や、それに基づく差別・偏見・行動などのこと)

 実際に実験もしてみたそうです。
色々な場所に出かけていき、編み物を始め、周りの反応を確かめてみるというものです。
茶店、カフェ、公園、駅、バー、ホテルのロビーなどで・・・・・とてもユニークな試みですね。

どこでも、私が編み物をはじめると、まず空気感がかわる。
駅で編んでいたときは、他のベンチはすべて埋まっているのに、私のならびから誰もいなくなってしまったこともあった。

公園で編みはじめたら、子供連れの母親たちがみんな帰ってしまったこともある。
もちろん、誰かに喋りかけられることなどほとんどない。


 この実験により、氏は、周りの反応を知るばかりでなく、自身の内面をも知ることになります。
何故か生じてくる「気おくれ」のような気持ち。
払拭しきれないジェンダーバイアスが、自身にも根付いていたのです。

実験を続けるうちに、その居心地の悪さの度合いが場の影響を受けることにも気づくのでした。

さまざまな場で編んだ結果、私はあることに気づいていた。
編む場所によって感じる「編みにくさ」の度合いが違うのである。
簡単に言えば、駅やホテルのロビーなど、公共性の高いところではその度合いがとても高かった。
一方、大学の学食や最近できたカフェなどはその程度が軽いような気がした。
どことなしに編みやすいのだ。

編み心地の良い場所がある!!
このような感覚を大切にし、そこに焦点を当て、探ることを積み重ねていったのでしょう。そうするうちに、氏につきまとった「気おくれ感」(ジェンダーバイアス)は霧散していったということです。
それは

私のどこかに通っていなかった血が流れはじめた。

このような感覚だったと書かれています。

以来、私はどこで編んでも引け目に感ずることはない。
この体験は私にとって大きく、この後「社会におしつけられた思い込みは、条件がそろえば簡単に解体できるのではないか」と考えるにいたり、その後、ジェンダーバイアスを解体するイベントを開催するようになった。

漁師と編み物の関係

 また、視野を広げ文化や歴史を俯瞰すれば、おやおや?!
編み物と男性を繋ぐ接点は、しっかりとあるではありませんか。
船乗りたちの「結び」の技術という表題で横山氏は次の記述を進めています。 

たしかに・・・。
私の住む町は農業と共に漁業が盛んです。
家業を継ぐ男児は高校を卒業すると魚業者を育成する専門学校に入学して様々な技術を学びます。
縄や網を結ぶ技術もその一つ。
彼らの卒業製作(のようなもの)を見せてもらったことがありますが、様々な「結び」をきちんと並べて貼り付けて、額に入れたものでした。

漁網の修理(繕い)などもできなければなりませんよね。


さらにページを進めると・・・・

ええ??!!お侍さんも???

さらに、そのジェンダーバイアスをひっくり返す存在が、江戸時代の末期、いわゆる幕末に存在した「編み物ざむらい」たちである。
驚くべきことに、あの日本の男性像の代表のような「侍」たちが編み物をしていたと記す資料は確かに存在する(藤本昌義『日本メリヤス史 上巻』東京莫大小同業組合 第8章に詳しい)。
「編み物ざむらい」たちは、襦袢や股引きなどさまざまなものを編んでいたと資料にはあるが、その中で特筆すべきは軍用の手袋、つまり軍手である。

 この編み物ざむらいの存在が、私が手元に寄せた本『編み物ざむらい』の誕生につながったのですね。

それにしても・・・編むばかりでなく書き手としても、活動家としても素晴らしい志と才能をお持ちの横山起也という方・・・。

笑顔の素敵な方ですね。




 *   *   *

「なんで女の子に生まれてこなかったのよ!」と叱られ泣いた私の現在(横山 起也) @gendai_biz
の横のキノコたちの存在が気になった方は
「編みキノコ」で検索して下さいませ。


私自身の興味と関連記事として最後にこちらも・・。

www.npo-homepage.go.jp
gendai.media

www.knitting.co.jp

ameblo.jp

お尻から根っこが生えそうな…

まだ冬休み

 本日は15日(日)、どんど焼きが行われる日でもあります。
 そして私は、いまだ長いお休み期間の中におります。(かろうじて・・という地点ではありますが)
児童の冬休みは16日まで。
イコール私の“勤務を要さない日”も、この日までなのです。

これがあるのが、この仕事の魅力!…ではありますが、同時に難点ともいえます。
何故なら確実に給与が減るからです。(日給月給制)
さらには、非常にダラけた日常になってしまうからです。(これは自己責任)
長い休み、しかも冬ともなりますと、私の動かなさたるや、お尻から根っこが生えてきそうな程ソファに座りっぱなしです。
 今こそと、スキーを満喫している同僚を思いながら、私はソファに座りっぱなし。

その間何してる?って
編み物、スマホ、読書、時々まどろみであります。

読書記録

 読書記録として読んだ本をご紹介。
大風呂敷広げてしまい、とっ散らかった内容となってしまいました。
(先に言い訳しておこう!!)

『締め殺しの樹』
これは強く印象に残った一冊。根室を舞台にした大河小説です。既に図書館に返却してしまいましたのでアマゾンの写真にて・・。



『光のとこにいて』(一穂ミチ





表紙裏に貼られたこれを見て、借りてきました。
一気に読みました。
が、



うーん、何だろう。
いかにも作り物の物語という感じで、キャッチフレーズほどの好印象は残しませんでした。

同じフィクションでも先に読んだ
『締め殺しの樹』の方が、断然良かった。
こちらの登場人物も、やたらいじわるであったり、性悪であったり、片や限界を越えて我慢強くありで、輪郭が強烈ではありました。
しかしそこに展開される人間模様は、実ににリアルだと感じられました。
物語だと分かりながら、
私は主人公の代わりに、
「おい!今何言った!このヤロー!」
と胸ぐらつかみに行きたい気持ちになったりしてね。
時代も状況も違うものの、何だか自分の生き様と重ねて考えることができました。


『それは秘密の』乃南アサ
こちらは短編集。
面白かった!あっさりした感想ですが、それしか無し。
以前読んだ同じ乃南アサ
『チーム・オベリベリ』
が、素晴しい大書でしてね。
同じ作家さんなので借りてみました。
『チーム・オベリベリ』は厚さ6センチはあろうか??(おおげさな印象でしたらごめんなさい)という本。
史実を元にした創作です。
北海道の帯広(オベリベリ)の開拓物語です。
これは胸を張っておすすめしたい一冊です。

約140年前、その女性は、北海道十勝の原野へ渡った
オベリベリ――和人たちによって「帯広」とされた新天地
明治の先進教育を受けた彼女は、いかに生き抜こうとしたのか

hokkaidolikers.com

『丁寧に暮している暇はないけれど』(一田憲子)

表紙に惹かれてたまにこのような本を持ち帰りますが、あはは、結局パラパラとめくり、実際に役立てることはないのであります。





現在読んでいるのが
ブラックボックス(砂川文次)
次に控えるのが
『極夜行前』角幡唯介


 数年前に『極夜行』を読んでおります。
これはノンフィクション!
ノンフィクションなのです。
物語を越える物語。
作為の無い記録の書物が、私をどれほどドキドキとさせ、ハラハラとさせ、涙を流させたことか!!

たくさんの貼り付けごめんなさい。
自分の懐古趣味です。
スルーしてね!!!
kyokoippoppo.hatenablog.com
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kyokoippoppo.hatenablog.com
kyokoippoppo.hatenablog.com

ぐるぐる編み編み

 最後の最後に。
お尻から根っこを生やさんばかりに励んだ作業の結果です。
洗面台の前に敷きました。
使い古した年代物は、玄関にしばし置き、その後捨てることにします。

陽射しが注ぎ、温かく部屋にいたら暑さを感じる程の数日が続きました。
昨日は曇天でしたが風もなく気温も下がりませんでしたので、あまりに運動不足だと案じ、徒歩にて用足し。

 本日は一転の寒い日となりました。
最高気温マイナス 7度。
最低気温マイナス 14度だそうです。
 


 今日は、葬儀場まで出向く用事があります。
香典置いて随時お引取りの形です。
若い方の葬儀(お通夜)です。
気もちが重たい。

ただただたのしめた一冊

ロドリゴ・ラウバインと従者クニルプス』

 お正月期間に読み終えた本です。
これは子ども向けの本なのかもしれませんがね、とても楽しく読み終えました。

前回のパチンコネタの次に公開するは、本の話題。
先日の自分を払拭しようという狙いが無いとは言い切れませんがね・・・でもでも、この本を読み終えたとき、
「これはきっと記事にするだろうな」
と思ったことは確かですよ。
パチンコに吸い寄せられたのも私なら、常に本を手元に置き読書を楽しむのも私なの。

ということで、この本の魅力を伝えようと意気込む私なれど、先に貼ったアマゾンの作品紹介の言葉を目にしてしまった私は、つたない自分の言葉を重ねるよりは、この紹介文をここに引用する方がよほどオシャレに伝わるわ!と早々に旗を降ろしてしまいました。

よみがえる〈ミヒャエル・エンデ〉の世界!

暗黒の中世のとある真夜中。嵐の中を進むあやつり人形劇団の馬車から少年クニルプスが姿を消す。彼が向かった先は、誰もがおそれる大悪党、盗賊騎士ロドリゴ・ラウバインの城だった――。晩年のミヒャエル・エンデがのこしたふたりの物語が、美しい加筆とともにふたたび動き出す。「悪」と「おそれ」、その真の意味を探しもとめる、めくるめくメルヘンの世界。小学高学年から。

作者は、ミヒャエル・エンデヴィーラント・フロイント
ということ。
共著というわけではありません。
エンデはこの物語の3章まで書き終えたところで亡くなってしまいました。

 エンデが晩年に手がけたというこの物語は、手書きの草稿をもとにきちんとタイプして清書がなされており、作者の念入りな推敲も伺えるものだったそうです。(訳者のあとがきによる。)
終いまで綴られることのなかったこの作品を引き寄せて、登場人物たちを蘇らせたのがヴィーラント・フロイントです。

それがもはや本人の手ではかなわないかわりに、二十年余後に完成させたのがヴィーラント・フロイントである。彼は十歳のときに、『はてしない物語』を夢中になって読んで以来、その読書体験が人生の指針となり、やがて自らも児童文学への道を進んだ。

訳者あとがきにはこのように書かれておりました。


エンデの物語は、全く違和感を感じされることなく、それ以降のフロイントによる物語へと引き継がれてゆきます。

「おそれ」を知らない少年クニルプスが、誰もが怖れる盗賊ロドリゴ・ラウバインに会いにゆくことで物語が小気味よく展開し始めます。

自分をがんじからめにしていた「おそれ」から少しずつ開放されてゆくラウバイン。
一方、少年クニルプスは「おそれ」を知ることで成長してゆきます。

ラウバインは、囚われの身となった牢獄の中で悟るのです。
牢獄には身の自由を奪うものと、心の自由を奪うものがあることを。
心の自由を奪う牢獄は、自分のおそれが作り出していたことを・・。
同じ牢獄に身を置くクニルプスは、次のように語るのです。

「・・・・ぼくは思ったんだ。ちゃんとおそれを知っている騎士こそ、ほんものの、一人前の騎士なんだって。善と悪を区別することを教えてくれるから。・・・・・・・・・・・・・・悪のために勇気はいらない。勇気は善のためだけに必要なんだ、って」

ロバが曳く人形遣いの荷馬車。
そこにぶら下がる操り人形たち。
賢く活発なお姫様に、メランコリーを患う王様。
悪しき魔法使い。
そして龍。
物語を編んでゆくようなオウムの存在。

ファンタジー物語(それともメルヘンのジャンルなのかしら?)定番の舞台であり、登場人物といえましょう。
ワクワクを味わい、ユーモアに頬緩む。
エンデ作品の魅力であり、フロイントの熱意と力であり、さらには訳の素晴らしさ!
もう一つのおまけに、挿絵がとても素敵なのです。

久々に、心の深部がほぐされたような気分になりました。

いっぽっぽ!

 余談となりますが、
kyokoippoppoの
いっぽっぽは、ミヒャエル・エンデの作品『モモ』に登場する掃除夫ベッポの言葉から取り入れたものです。


「モモ」・「掃除夫」で検索するとたくさんヒットします。
多くの方の心に残るエピソードといえましょう。

ベッポの言葉はこちらをご覧下さい。
Misae バヨリン弾きさんのんNote記事を使わせていただきました。
note.com
https://note.com/misae/n/n270c51ff7d46

ホロスコープ

 ippoとの関わりまで披露しておいてこれを明かすのは少々気が引けますが、私、
ミヒャエル・エンデの作品をそう多くは読んでおりません。
『モモ』と『魔法の学校』くらいです。
はてしない物語』も未読です。

伝記は読みました。
本の表紙裏の見開きにあったのがエンデのホロスコープホロスコープ( horoscope)とは占星術における各個人を占うための天体の配置図。)でした。





 その時はホロスコープなんて知りませんでしたからね。
いったいこの図は何だ?
と思いましてね。
これを見たのが、占星術への興味と繋がりました。

あいにく、この本は手放してしまいましたので、ホロスコープをお見せできませんが。


今日は本の話題でした。
それでは皆さん、ごきげんよう

 

書かねばなるまい!

 ご覧の通りのタイトルです!
書く、書かないは私の自由!
書かなくても良いだろうとも思うのです。
そもそも、書かずに秘めていることは他にもあるわけだし、と思いつつ、「書く!」と決めたのが昨日朝のこと。
が、同日夕方には「書かない!」に翻りました。
あまりに自分が情けなく恥ずかしくなったからです。
なのに、私はスマホを手に綴り始めております。

初◯◯

 義妹と甥っ子が当地を去り、お正月が完全に終わった7日。
洗濯やら何やら雑用も残すものの、この期間大奮闘で頑張った義母を誘い、午後から二人して娯楽の殿堂へと向かいました。
「初打ちだあ!」
と息巻いて!
パチンコ…これは面白いようにできていますよ!
そこに行き玉を弾いておりますと時間も忘れるというものですよ。
人の気持ちを持ち上げて、惹きつけるリーチの演出。
台にしがみつき、お金と時間を使った結果、良い思いをすることもありながら、歯噛みするような思いを味わうことも分かっておりますよ。
だから、私は極力近づかない。
その我慢が、解けてしまうことが年に数回ありまして、

まっ!・・・・・
そういうことです。

撃沈!!

 で・・・・撃沈!
リーチを告げては敢なく去ってゆく、タコ、フグ、エビにアンコウそしてサメたち

途中、義母からも義母の友人たちからも、
「頑張れ!」
と玉のおすそ分けをいただいたものの(まさしくお年玉だ!)
その応援は活かされることなく一回も絵柄が揃うことなく、夕方と相成りました。
義母は、
「あんたの突っ込んだ台で頑張る!」
と言い、残りました。
久々の独り身となりご飯時間を気にしなくてもいいもんね!!
「何時でも迎えに行くからね。電話ちょうだい。」
と言い残し私は帰宅。
晩ご飯を済ませました。

激熱モード

 その後義母から連絡が!
「さっきの台で負けた分取り返したよ!」
と、
「まだ続きそうだ。ちょっと見においで!」
私は心を引き締め、義母の帰りの足役に撤する覚悟で財布は持たず、再び喧騒の館へと向かいました。

義母は、いくらか玉をチャージしたカードを私にくれると、
「やってご覧。あんた今日は良い思いしなかったからさ!」
台を明け渡してくれるではありませんか。
「悪いわあ・・そんなあ!」
もごもごと言いながらも、ありがたく好意に甘えた私。
そうしたところ、その台は、母さんの損失分を埋め合わせたその後も、まだまだ溜め込んだものを吐き戻すかのように、派手な画面を繰り広げ、当たりやらボーナスやらを存分に与えてくれたのでした。

義母はそのカードを、そっくり私にくれました。
なんて優しいお母さん!

母さんが自分のプラス分を私にくれたことで、私は、その日の損失の埋め合わせができたのでした。

ここで済めばめでたしめでたし!
なのですが、魔物はすでに私の心に巣食ってしまったようです。
この日のパチンコでの劇的な巻き返しが、義母と嫁二人の気持を大きくさせていたのです。

紋別

 このようなタイミングで、私は紋別まで出掛ける用事が控えていました。
マイナポイントのチャージのためにwaonステーションをおとずれたかったのです。
マイナポイントを使うカードとしてwaonを選択した私ですが、waonは最後に機械に読み取らせて「受け取る」という作業をしなければならないことを知りました。
来年度採用に向けて提出する履歴書に貼るための写真も、スピード写真コーナーで用意しなければなりません。
冬靴も一足買いたいな!
そんなわけで、隣の市である紋別まで走る予定でいたのです。
そして、道沿いにはわが町にあるパチンコ屋さんより大きくて立派なパチンコ店『ひまわり』があるのです。

負けるかもしれないという恐れより、勝って所持金増やせるかもしれないという根拠の無い自信と欲望が勝りました。
義母に声をかけると、迷いもなく「行く!」
と…。

レッツゴー!!!
♪♪♪

💀💀💀


といわけですの。
二人共ね!

平静を装い、
「アハハ!仕方ないね!」
などと笑いながら帰ってきましたが、私の心は乱れました。
後悔しました。

とても恥ずかしく、ブログ記事になどできない!と思いました。
私の記事は我が子たちも読むからね、なおのこと。

平常モードに切り替えろ!!!

 一夜明け、本日。
私は、昨日の自分を打ち消すかのように動きました。
裏玄関を片付けました。
新聞紙、雑紙、ダンボールを括りました。
道新日曜版の賞金付きクロスワードを解き、答えをハガキに書きました。(当たるといいな!損失をいくらか取り返したいものだわ!)
手つかずのまま転がしてあった布ひもを引っ張り出して、マットを作ることにしました。

布ひもは糸よりも編みにくく、細編みを引き抜くときに、力がいります。

右手がくたびれてきます。




ああ、昨日もこの右手を酷使したなあ。
台のハンドル握りしめ…
と思っていたら、やはりこの話題記事に残そうかな?
と言う気持がかすかに湧いてきましたの。


そこへね、その気持ちを後押しするような記事に出会いました。
riber-daishiroさんの記事。

書かれたのは2005年とかなり前のものですが、このような形で私の目に止まりました。
river-daishiro.hatenablog.com





内容は鳥肌が立つほどに激烈なものでしたが、(読んでみなされ・・・)その後半部分に語られていたパチンコネタ!
私とは真逆の姿勢とその結果。
このタイミングでパチンコネタに出会うとは!!
こりゃあ書けよ!ってことだな、と勝手に解釈してしまって・・。

はい!書き上げました。


あはは、パチンコには当分いきません。
「絶対!」とは言いきれないので、当分!
と宣言しておきましょう。

過去記事もついでに。

kyokoippoppo.hatenablog.com

いちにちおうち

お正月の後始末

 
(スキー場はオープン前、3人ぽっちのゲレンデ)
 年末からお正月にかけて、買い物に行ったり、子どもを迎えに行ったり、実家に顔を出したり、神社まで歩いたり、孫のスキー練習に付き合ったり町の温泉に行ったり・・・・動き回って過ごしました。
そして昨日、娘と孫を遠軽まで送り、バスに乗り込むのを見届けて戻ってきました。
 
実家には、まだ義妹、弟、甥っ子が滞在しております。
過去の記事にさらりと書いただけで詳しい説明は省いておりますが、義妹の夫は、私の弟。
兄弟どうしで結婚しているのです。
今日は、彼らのいる実家にも顔を出さず、家にこもって過しました。

シーツや布団カバーや、毛布やらの洗濯仕事が残っております。
乾いたものから片付けたり、とっちらかった品々を片付けたり、やることはたくさんあれど、のんびり気ままに片付けました。

お腹のなかに片付ける

 片付けるといえば、お正月の残り物もお腹の中に片付けなくては!
根菜満載の雑煮のつゆにお餅を投入して食べたのが昨日の昼。
孫のために作った甘口カレーの残りは昨晩食べました。
まだ残っています。
これまた孫が残していったコンビニサンドイッチは、トースターであぶって、今朝食べました。
インスタントコーヒーには、ホイップクリームを入れてウインナーコーヒーにしましたよ。
このホイップは、元旦に行った義母の誕生日クレープパーティの残り物。
クレープ生地は娘Aが奮闘して大量に焼き上げました。




今日の昼はモツ鍋を!
これは夫が昨年末の30日に、これまた大量に作ったものです。
娘と私で食べに食べましたが、それでも残っていたのです。
傷んでしまいそうで、寒い玄関に置いておきましたが、最後は一回り小さい鍋に移し、発泡スチロールの容器に入れて外へ出しました。


朝はマイナス15度あたりまで気温が下がります。
冷凍状態になりました。
それを、部屋に戻しガスで温め食べました。



一旦冷凍状態となった野菜は、いくらか弾力を失いましたが、モツはまだまだいけました!



美味!
でもね、来年は作る量減らしても良いかもね。
あと一食分残っています。
毎年これを作る夫は、自分では食べないのですよ。


栗きんとんを手作りしてみたのですが、栗に比べてサツマイモが多すぎた。
多かったサツマイモだけをタッパーに移し、保存したこいつは、手つかずのまま。
義母が作ったうま煮も冷蔵庫にありますわ!!
これらは明日つまむことにしましょう!!

今日のお片づけ

 お片付けの報告もいたしましょう。
メルカリに2点出しました。反応無し!



そして、ご覧あれ。
あまり毛糸の処分。
太い黒い毛糸が少し残っていたのです。継ぎ足し状態のこの毛糸、あまりに太いので引き抜き編みにて竹輪状に編みまして・・・・




こいつに被せまして…



ストーブの裏側のホコリを取りまして。
(本来年末のうちにやっておくべきお掃除ですね。)

捨て!!




 午後は本を読み、

来年度無事お仕事が続けられるように、町へ提出する履歴書を書き上げました。


 明日は弟が、一足先に川崎へ帰ります。
次の日に義妹と甥っ子が帰ります。
こうしてお正月が終わるのです。
その頃にはお正月の名残りの食べ物もなくなっているはずです。