片付かぬ!!!!!!

在庫が増える

 年度変わりの春休み期間はね、当然「あちらこちら片付けよう。」
と思ったのですよ。
何が入っているか分からないプラスチックケースを開けたらですね。
やりかけの編み物モチーフが出てきました。
「捨てれば5秒!!」
とつぶやきつつも、それを拾ってですね。
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座椅子カバーにいたしました。

そのまま「編み物」に気持ちが向かってしまい、整理のために、ざくざく切っていた布をほっぽり投げたまま、
「たくさんの半端毛糸を使い、それらを作品にしていこう!!」
などと思ってしまったのでした。

図書館にGO!しましてですね、雑誌を数冊かりてまいりました。
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とあるページの「これ」・・・バブーシュカというものらしい。
これがかわいい!と娘が言いましたのでそれを編むことにいたしました。

ところが・・そこで、
手作りあるある”の事態が起こるわけです。
毛糸の量が足りない。
指定通りの太さの糸が無い。


・・・・・・・・それでも編みたいとなると

糸を買うという行為に走らざるを得ません。

・・で100均のお店でお買い上げ。
一玉100円に気を良くして、途中で糸が不足しては困るなどの心配もしながらのお買い上げ!!
一玉 二玉・・・六玉。

結局在庫が増えているではありませんか????


さらには、隙間時間は編み物時間と化しせっせと針を動かすこととなり・・

いったいいつお片づけするのですかね???

結局散らかったまま。

手直し

 4月10日土曜日。
ようやく本体が出来上がりました。
雑誌には赤くて大きなお飾りがついております。
「これではあまりにガーリー過ぎる。」
と娘が言いますので、黒い綿毛糸でコサージュを作るも・・

「何か違う。」
と娘は首を振る。


f:id:kyokoippoppo:20210411183650j:plain:w200:leftそれでは・・いよいよ不用毛糸の出番だわ!!

大きなボタンをグレイの糸でくるんで・・
さあ!!どうだ!!

f:id:kyokoippoppo:20210411183705j:plain:w200:leftすると娘が
「この緑色??いる??これ、ちょっと安っぽくない??」
と・・。

なにい!!
ならばこれで!!!!

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ようやく出来上がり!!と思いきやちょっと緩いときたもんだ!!
さらに一部を解いて編み直し






ようやく完成いたしました。


 2日前の雪はあっという間にとけて本日は春の陽気です。
当分「バブーシュカ」の出番はありませんね。

それでも、作品をひとつ完成させて満足満足。
お部屋は乱れたまんまです。


  *  *  *
 
 市街地の西の端の住宅に越した娘。
訪ねた帰りはきれいな夕焼けに遭遇することが多いのです。

数日前に撮ったものですが・・

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実はこれを残したくて、書いた記事なのでした。

シンドラーのリスト

『囚われし者たちの国』

 今読んでいる本です。
開けば程なく睡魔に見舞われてしまうありさまで、少しずつしか読み進められません。

今回はこの著作物について書くものではありませんので、本の紹介はこちらの写真で済ましてしまいましょう。
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第1章で出会った次の一文。

1994年という理解不能な悪夢についての拷問のような詳細へと飛び込んでいく。スティーブン・スピルバーグ的な感動はどこにもない。

世界の刑務所を訪ねる旅の最初の地ルワンダにおいて、バズ(著者)が、「キガリ残虐記念館」を訪れたときの感想です。

この記念館では、ルワンダで起きたジュノサイド(集団虐殺)の忌まわしい出来事が展示されております。

私が、バズが引き合いに出した”スピルバーグ的な感動”が、スピルバーグの作品『シンドラーのリスト』であろうと想像できたのは、数日前にこの作品をプライムビデオで観賞したからに他なりません。

バズの祖父は、ホロコーストのサバイバーです。
バズの祖父は、ホロコーストの時代を生き残りましたが、深い恨みつらみに捕えられたまま生きており、その毒は家族にも大きな害となっていたのでした。

 私はホロコーストの話に飽き飽きしていた。
 いや、そんな生易しいものではすまない。ほとほと疲れはてていた。つきまとわれていた。がんじがらめにされていた。ホロコーストが不気味な雲のように私たち家族の上に垂れ込めて、じきに心の病という雨を降らせそうだった。

シンドラーのリスト

 年度切り替えの春休みの間に、娘が貸してくれたタブレットで『シンドラーのリスト』を観ました。
uwisizenさんが紹介して下さった一作で、スティーブン・スピルバーグの作品です。
重たいテーマであろうこのような作品は、敬遠しがちな私ですが、uwisizenさんのお声がけに応じる形で、観ることにいたしました。
実在の出来事が作品の題材となっていることも、知らずにおりました。
このようなことがあったのか・・・。

みもふたもない言い方をすれば、オスカー・シンドラーというドイツ人が「ユダヤ人」を買い上げた・・そういう話です。

映画は、戦争の特需を利用して一儲けしようと画策するオスカー・シンドラーの身支度の場面から始まります。
背後に流れる曲『暗い日曜日』は、以前聴いたことがあり、その記憶が呼び覚まされました。

www.youtube.com

身支度の最後でオスカーが背広の襟につけたのは、ナチ党のシンボル鉤十字のバッジです。

彼が自分の工場に、多くのユダヤ人を雇い入れたのは、安く働かせるため・・・それだけの理由でした。
服従させやすいというのも理由に含まれるかもしれませんね。

しかし、雇われたユダヤ人にしてみたらそれは、「役立たず」の烙印を免れることであり、命拾いすることにつながります。
彼らは、
「拾ってくれてありがとう。」
と思い、ある片腕の男は感激のあまりそれを伝えに来たのでした。
「ああいうことは、二度とさせるな。」
オスカーは経営を任せたユダヤ人の会計士イザック・シュターンに伝えます。

「慈善事業をしているつもりはない。」
その姿勢を保とうとするオスカーですが、次第に気持ちが変わってゆきます。
目の当たりにする惨状も彼に影響を与えたと思われますが、常に片腕となる会計士の存在・・その存在感が、じわじわとオスカーを変えていっているように感じました。


オスカーと対比する人物として登場するのが冷酷なSS将校アーモン・ゲート少尉です。
殺戮そのものが趣味という残忍さを持ち合わせています。

ユダヤ人は人間ではない。
人として扱わないそういう思想に凝り固まった少尉ですが、自分が雇入れたメイドに心を寄せてしまうのです。
「好きだ。」
という偽りの無い思いは、表出されるや直後に封印されます。
「思想」が「愛」の情に勝った瞬間、自分の思いを打ち砕く勢いそのままに、メイドを殴打するのです。

片やオスカーは、誕生日を祝福するために現れた従業員ユダヤ人の女性に感謝の口づけをします。
公然と行われた罪の行為。

ナチ党である二人の姿勢が、見事に両極に別れる場面だと感じました。


オスカー・シンドラーの目的は金儲けからきっぱりと決別します。
その財力をもってしてユダヤ人を買い上げるのです。
工場に必要な職人であるという名目で、名簿を作成します。
会計士シュターンが、オスカーが読み上げてゆく名前をカチャリカチャリとタイプで打ち込みます。
一人一人の名前。
そして打ち込まれる印字。
名前
印字
名前
印字
この映像が印象的でした。
一人ひとりが人間として立ち現れてくる。
一人ひとりの救われる命が立ち現れてくるのです。
一人ひとりが価値のある存在。
死ぬ理由のない存在なのです。

こうしてオスカーは、1100人ものユダヤ人を救ったのでした。

 しかし、これが暗い時代に差した光なら、その光の届かぬ場所であまりに多くの人が劣悪な環境に押しやられ、言葉に尽くせぬ苦しみを味わったあげくに殺されていったのです。

オスカーは買った命を知れば知るほど、買えなかった命、買わなかった命、見捨ててしまった命の尊さを知り涙します。
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感想になりきっておりませんが・・・

 非道な加害者ドイツ人と、気の毒なユダヤ人の構図の中にすっぽりと身を沈めて観てしまいましたが、
この加害性は、戦時アジアを侵略していった日本人の姿でもあり、先住民族の暮らしを根絶やしにした和人の姿でもあります。
私がこの時代、ドイツ人として生まれていたらどう生きただろうか?
そんなことを考えました。

 重たいテーマですので、すぐには記事にはできませんでした。
また、映画の紹介文止まりであり、感想文にはなっておりませんね。

 白黒の映像のなかに現れる「赤いオーバーを来て歩く少女」の存在は、大事なポイントとなるようで、多くの人が感想を残しておられます。
が、映画通ではない私は、そこに関して自分の言葉を持ち合わせておりません。
オスカーにとって、ターニングポイントとなった場面なのかな?
と思ったのがせいぜいでした。



シンドラーのリスト』観て良かったです。
sizenさん!映画を紹介して下さってありがとうございました。


 本日週末の金曜日、ようやくこの記事に向かおうとしたその日の朝のこと。
ちょくちょくおじゃまするdebtonnさんの記事にこのような動画が貼られておりました。
私が今から取りかかろうとしていたタイミングで目にしたものですから、勝手に共時性シンクロニシティー)を感じてしまいましたよ。


da64.hatenablog.com

www.youtube.com
(この動画を観たあとの追記。
驚く内容でした。復讐のためにという一念で恥辱にまみれた仕事をして生き延びたあるユダヤ人のその後とは・・・・?始めに紹介した本のテーマと重なると感じられました。)

暗い日曜日』こちらも美しいので貼り付けて保存いたします。
www.youtube.com

  *  *  *


居座る寒気ではないものの、今日はこんな景色の当地です。
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(小学校の2Fから北をながめる。)

おうちが好きなのよ~!!

隣の市までレッツ・ゴー・・・

 
 タイトルは「おうちが好きなのよ~」ですが、これはおでかけブログです。
前回のおでかけ記事は11月7日のものでした。
もちろんその間、買い物やら近所の温泉やらに出かけることはありました。
しかし、記事となるような「おでかけ」は147日ぶりだったのですね!!
kyokoippoppo.hatenablog.com

娘がね・・「Kちゃん(孫)がどんどん大きくなって、着せる服やら、くつやらが無いのでいっしょにおでかけしよう。」
と誘ってきたのです。

私・・・おうちが好きなのですが・・・娘と孫のために、お付き合することにいたしました。
本来なら二人はこの日は札幌に出て、「パパ」(孫にとってのパパ、娘にとっては「元夫」という存在となりました。はい・・)
と会うことになっておりました。
楽しみにしておりました。
が・・またもやコロナが・・知事のお達しが・・・
ということでやむなく先送りとなりました。
どれだけ先送りしたら心置きなく行き来できるようになるのでしょうか?
わかりませんが。

そんなこんなで少々気落ちしていた娘たちのために、隣の市までのおでかけくらい付き合ってやるか!
となったのです。
行き先は「◯マムラ」と「◯オン
そしてオホーツクタワー!!!!
夫が車を出してくれて・・いざ出発!!!

オホーツクタワー


 私がここを訪れるのは20数年ぶりではないでしょうか??
我が子たちの小学生時代に、子ども会の行事で訪ねたのが最後となっております。

当時、海面下から海上にまで及ぶタワー、海底階からはガラス越しに海の中をのぞくことができるというふれ込みに・・・
おおおお!!
それはすごい!!
わくわくしながら行ったそこの、ガラスから見えたものは・・・・・
ただただ濁った海水ばかりでした。


ひどくがっかりして、その後そこは「お金を払ってまで見に行くところでない」と決めてかかってしまい、それっきりとなっておりました。
娘は孫と訪れており、「そこそこ楽しめるよ!!」
と言います。
そうですか??!!
ではレッツ・ゴー!!
皆さんもよろしかったらご一緒に・・。

 天気は曇り。
雪はあらかた解けました。
道端の木々はまだはだかんぼうですが、ネコヤナギだけが枝の先に白いものをちらちら頂き、うっすらと本当にうっすらと緑色に色づいておりました。
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www.youtube.com

youtu.be


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まずは、1階、キッズコーナーでしばし遊び、
3階、喫茶スペースから紋別市街をながめる。
(写真)
2階、4Dシアターで6分ほどの映画を観る。
海底探索4種類の中から海底探索もの『水の無い水族館』を選び鑑賞しました。
360度スクリーンで体験する、リアルなアニメーションによる海の旅。
沈没船、イルカや鯨、巨大タコと出会い・・・楽しかった!












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そして・・ミニ水族館がある海底階へ。
海中を望めるガラスは、もう色々なものが付着してすっかり黒ずんでおりました。
しかし、20数年前にはなかったミニ水族館は大いに楽しめました。
変わったお魚を娘が写真に収めてくれましたが、名前のメモも記憶も残さず・・あしからず・・。
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円筒形の水槽の中で泳ぐチョウザメたち。餌やり体験ができますよ。


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これはオオカミウオ。↓(スマホでは↑)
以前漁師さんから食用にいただきましたが、これ・・・この顔・・この体表・・煮付けにした味は悪くはなかったものの、
気持ち悪さが印象として残ってしまい・・・やっとこさ食べたのでした。

青白い世界へ・・

円筒形の館内の半分は流氷コーナーになっております。

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クリオネたちも水槽に泳いでおりましたが、写真には上手く収められず・・。
画像をお借りしましょう。
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(画像は『紋別流氷センターGIGA』のウェブページより)


最後のコイツ!!!何ともいえない風情!!
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~・~・~・~・~

お昼はラーメンでしたのよ!!
娘はパスタを食べたかったそうですが、
お付き合いしてくれたの運転手「じいさん」の好みに合わせて「ラーメン」と相成りました。
孫はミニ醤油
娘は辛味噌
夫はネギ醤油
私は広東麺!!!

買い物もして帰ってきました。
おでかけ楽しかった!!
でも疲れた!!
 春休み最終日の本日は、このブログを投稿してあとは「お・う・ち」

おうちが好きなのよ~

ま・み・む・め・もーにんぐ

いあさ
ょうばん
りして
いそう ま・み・む・め・
ーニング


 この、ま・み・む・め・も
を瞑想中に考えている・・・もう・・雑念だらけ。
「これではダメだ!!」「何でこうなる??!!」
とひとり反省会をしてしまうと、毎朝の瞑想が苦痛になるので、今はまず、”目をつぶる10分間だけ”を続けております。

 ミョウバンの結晶のお世話は、一度は「隔日モード」になりましたが、再び「毎日モード」にしております。
少しずつ大きくなりました。
この段階になりますと、大きな変化は無し!!
透明度が高く美しかったものも、今や白濁し、溶液の中に沈んでおります。
それでも、一月に一度の写真を残しておきましょう。

3月末の結晶たち

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一番大きなものがこちらです。
最長部分は3センチ程。
大きくはなりましたが、厚みが薄く立たせることができません。









f:id:kyokoippoppo:20210328064053j:plain:w400:left 全体の様子を知るための一枚がこちら。
上部の台形の部分がさらに育つと三角形となり、結晶の完成形に近づくのでしょうね。







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2ヶ月前、こんなに透明で美しかった結晶(写真左)は、大きくなるにつれ白っぽくなってきてしまいました。
1カ月後は、他のものと見分けがつかなくなっているでしょうね。

事件!!!!!

手間いらず、放置状態だった食塩の結晶ものぞいてみましょう。

スケールの置き方、無造作ですねえ!!
ごめんあそばせ。
大きな方・・一辺7ミリです。

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・・・と下書きでここまで書きまして写真を貼りました。
前日写真に収めておいた一枚目のものが不鮮明。
スケールの置き方もぞんざいなので、改めて撮り直そうと思い、瓶の中をのぞいたら・・・・・

な・な・なんと!!!!!

溶けていますだ!!!!!

なんで?????

濃度を変えるような行動はとっておりませんが・・・もしかしたら温度変化??
温度変化の影響は小さいはずですが・・・・
仕方なし!
塩を少々足して、小さな粒から再チャレンジしましょう。

春休み3本立て

「春休み、プイライムビデオで映画見せね!」
と娘に頼んでおりました。
そうしたら、
娘がタブレットを貸してくれまして、使い方も教えてくれて・・・・。

見ましたよ!!

『誰も知らない』

www.youtube.com


シンドラーのリスト(これはuwisizenさんのお薦め作品)

www.youtube.com



『東京タワー』

www.youtube.com



ああ!!
春休み満喫!!

「長男のこと」連載を終えるにあたって

 
 我が子のことを、ブログに書くってどうなんだろう??
そんな思いを抱きながらも、せっせと連載を続けてきました。
親バカさらさないように・・と心がけようとしたって「私」という存在=「この子たちの親」=「親バカ」・・・そんな磁場がいとも容易く発生します。
仕方なし!
と自分を許しながら一記事一記事。


3人の子どもたちは皆「自由に書いてくれ!」
と言ってくれます。


 「ブログ」である以上、他者へ向けての発信となりますが、
私は自分自身を励ますために、そして楽しむために記事を綴って参りました。

『長男のこと』の連載をそろそろ締めくくろうと思います。
それに際して、この記事を添えることにしました。
これももちろん自分のために・・。
自分の必要のために書き残すものです。

不安のさなかに・・・

 私がブログを書き始めたのは3年前の冬のこと。
当時、長男の鬱の症状は長引いており、次男は借金を抱えておりました。
結婚し落ち着き先を得たはずの娘でしたが、その生活において早くも不調和が現れ始めておりました。
「お金で解決」と思ったわけではないものの、ざわざわとした不安のなか、自分にできることはないか?と手繰り寄せたものがブログでした。
「小遣い稼ぎ」のワードにひかれたのです。

でも結局は、小遣いのためではなく、「書き残す効用」のために書き始めました。
そして、「書き残す魅力」にとりつかれ今も続けている次第です。

書き始めた当時、私の不安の道連れになったのが
『探さないでください』そして『震災ニート』という漫画作品でした。

探さないでください

探さないでください

『探さないでください』は、中川学氏の失踪体験を作品にしたものです。
彼は勤めていた中学校での仕事が苦痛で、ある日突発的に失踪してしまいます。
その職場は網走の学校!・・身近に感じられました。

しんさいニート

しんさいニート

  • 作者:カトーコーキ
  • 発売日: 2016/09/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


『震災ニート』は、カトーコーキ氏が、震災をきっかけに鬱を発症し苦しんだ体験を作品にしたものです。
彼の持つ、幸せになることへの罪悪感が、幼少期の育ちの中で形成されたことなども語られており興味深いものてした。

以下過去のブログからの転記です。

『探さないでください』

 息子の失踪の知らせを受けた両親の当時の行動(父親はまだ存命)は、母親からの聞き取りを元にして再現されました。
このあたりを読むと、当然私の視点は、主人公からご両親へと移ってゆくのです。

学校から連絡を受け、勤務先に出向き、空っぽの住宅を確認し、車を走らせたもののいったいどこへ?
 雨がフロントガラスに叩きつけ、ワイパーは激しく動き、道路は黒々と濡れて光り、飛沫をあげています。

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「前が見えん。」この言葉にやられました。

この「前」は道を指しているとともに、息子の行方を指しており、息子の心のありかを指しており、我が子の「この先」・・・行く末を指しています。ざわざわとするような不安や焦燥感は私にも馴染みがあり、この絵は脳裏に焼き付きました。



『震災ニート

しかし、震災に関わる就労不能損害の助成金が打ち切られたという事情をかかえる母親の切迫感は一年前とは違いました。
「働いてもらわなければ‼️」
彼女はきっぱりと告げるのです。

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お母さんにとって、「いずれ漫画」でなどという息子の言いぐさにいつまでも、乗っかっていられないという焦燥感があったことでしょう。


34歳にもなって親の金をあてにしなければ生きていけない、情けなさ申し訳なさを切々と感じるコーキ氏でしたが、
生きるよすがを見つけ、その道の途上であった彼にも、一年前とはまた違った切迫感があったのです。
彼の生々しい感情が溢れ出します。

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私がこの作品を手にした時には、すでに彼らは表現者として世に出ていたことになりますね。
ご自分の負の体験に目を据えて、そこからみごとな花を咲かせたのでした。

逃げごまかしにまみれて暮らしていた『探さないでください』の作者である学さんが、「何かに本腰を入れよう!!」
と決意をしたきっかけが、吉本隆明氏の下記の言葉だったそうです。

「あるひとつのことに関してこうやれば食えるようになる」ということの平均値がおそらく
10年なんです。
10年間ずうっとやってもしそれでものにならなかったら 俺の首やるよ」

(思想家 吉本隆明氏の言葉・・・「ほぼ日刊イトイ新聞 吉本隆明・まかないめし二膳目」より)

学氏は吉本さんのこの言葉に背中を押され、その時から漫画の勉強を始めました。

私の、我が子Hに当てはめてこの言葉を受け取った、そのすがるような思いは、分かっていただけると思います。
 
 そして私は、「長男のこと」の連載を始め、書き進みながら、最後はトンネルを抜けて、納得できるような「ある地点」にたどり着く・・・
そんなシナリオを漠然と想定しておりました。

 特に昨年は、自作曲に関して色々と事が動き、期待のできそうな基盤ができつつあるように感じていたのです。

体調も安定していましたし、「進んでゆく」「たどり着く」というイメージを勝手に抱いていたのです。

ところが、昨年末。
あれよという間に、Hは、体調を崩してしまいました。

積み上げてきた階段は、幻だったのか?
階段ですらなかったのか?

ここまでやってきて、結局自分には何も残っていない。
人が当たり前にやれることがやれない。
全く進んでない!

薬の影響か?遠ざかってしまったような自分の感情の中に、そんな思いだけが押し寄せていたようです。

瞑想タイム

 朝瞑想の時間を取るようになった私。
最初の数回使ってみたYouTubeの誘導動画。
誘導する音声が示すような「至福」の体験はできませんでしたが、その音声が伝えるところによれば、

あなたにとって唯一大切なのは、この酔いしれるような深い安らぎの感覚

であり、絶対的な安全の場所
愛に包まれた場所であるという。
さらにそこは、私たちが

慣れ親しんだ本来の環境

でもあるという。

音声ははっきりそう伝えてはおりませんが、私はこの「唯一大切な場所」は「生前いた場所」、「死後行く場所」なのだろうと思いました。
そして、人生のゴールが等しくそのような地点ならば、私たちは何も煩うことはないではないか??
と思ったのです。

現世において私たちは、目的=ゴールのようなものを設定して、たどり着くことに固執するけれど、生きているうちには、「ゴール」などというものは無いのかもしれないとも思いました。

現世において設定する『とある地点』・・・そこにだけ価値があると思うのは間違いだなと。

そこにだけ価値があるのではなく、そこに至る全てに価値があるのではなかろうか?と。



そう、全てに・・・。
ネガティブなもの、苦労にも、苦痛にも。
みっともないものや、焦りにも。
人が生きたその全ての時間に価値があるのだろうと思ったのです。

つまり、息子でいえば、
Hは何も無くしておらず、ここまで生きてきたこと、やってきたこと、味わったこと全てが今の息子の現れであり、それが世間でいうところの「成功した姿」ではなくても、「できあがったようにみえる姿」ではなくても、価値の優劣は無いように思ったのでした。
そして、それは、長男だけでなく、次男も、長女にも!夫にも言えること。もちろん私もね!


もちろん不安は遠ざけたい。

それは本音。
できれば「安心」を手に入れたい。
それは当然!
でも、どういう状態であっても一生懸命「生きている」のならそこにすでに価値は存在するのだなあ!と思うようになったのです。

長男は「鬱」と付き合いながらこれからも生きていくでしょう。
今、仕事が充実し、生活の安定を得た次男もこれで完結!というわけではありません。
先日離婚が成立した長女は、元の夫くんとのこれからや、娘とのこれからを考えながら生きていきます。

3年という月日は、「私」に変化をもたらしました。
心配事を抱えながらも、日々を越える。
それしかないし、それで良いのだと思うようになりました。

「長男のこと」の連載を書くのは楽しかったし、記事の一つ一つが宝もののような存在です。
読んで下さった皆様には、心より感謝申し上げます。
ただ・・私はここに、嘘は書いておりませんが、かといって全てを書いてはおりません。
彼が実際今どのように暮らしているのか?
経済的にはどのような状況なのか?
などについては、書いておりません。
全てに価値が・・・と言いながら全てを晒さないのは矛盾があるとは思いますが・・お許し願います。


これからも、Hが新作を出した時には、作品を紹介していくつもりです。
連載形式ではなく単発記事で、書くこともあるでしょう。


話題満載の次男のことや、私とは違う生き方を選択し進みつつある長女のことも、話題にしてゆきたいです。

長男のこと・・・⑱ キタラ時代の終わり

 『長男のこと』・・・・久しぶりのタイトルです。
長男が編曲昨品をアップしたタイミングで、こちらも連載ものの記事『長男のこと』を挙げることにしています。

前回の編曲アップは、1月中旬のこと。
昨年末には公開したかったようですが、スランプに見舞われてしまい、1月中旬までずれ込みました。
その後も、身体のコントロールがままなららない時間が続いたようです。
ようやくできた今年の2作目。
それがこちらです。
www.youtube.com


皆様!
ポチっとして聴いてくださいませ!

さて、前回の記事は『冬のKitara』を題材に書き上げました。
当時働いていた長男Hの職場、札幌のKitaraコンサートホールを訪れた時の思い出を綴ったのです。
コンサートを聴きに行ったわけではないのですがね。
これに関してはこちらで。
kyokoippoppo.hatenablog.com

『冬のキタラ』の出来事の直前に、Hは鬱の診断を受けています。
それに先立ちパニック障害を発症しておりましたので、寝耳に水という出来事ではありませんでしたが、
やはりこれは衝撃的な報告でした。

年越し、正月・・と親族が集まってもHの姿は無し!
年末のクリスマスコンサート、年明けのニューイヤーコンサートとコンサートホールは書き入れ時です。
帰省も叶わぬ忙しさだったのでしょう。

2015年・夏のKitara

 そして2015年
7月には、例年『キタラのバースデーコンサート』が催されます。
「これを逃せば、うちの親たちは、ホールの中を見ることはないだろう。」
そう思った息子は、チケットをプレゼントしてくれました。


その日のプログラムには、パイプオルガン、バイオリン(大平まゆみ)、市内中学生の合唱による
『主よ人の望みの喜びよ』が含まれており、Hはその編曲を手掛けたとのこと。

職員の仕事として行ったので、名前が残されるようなものではありませんでしたが、Hにしてみれば、自分の技術を生かして仕事をした貴重な機会だったのです。
そんなこともあり・・・・
チケットが500円というバースデー特別価格だったこともあり・・・・
プレゼントしてくれたのでした。

結婚し滝川で暮らしていた娘も、「行きたい!」と希望し、チケットを手に入れました。
音楽を聴きたいのではなく、滝川の空気から離れ、親や兄に会いたいというのが本音だったのですがね。
彼女とは中島公園前で待ち合わせることにしました。
北海道の爽やかな初夏の陽気の中。

さあ!おのぼりさん!
丸瀬布の道の駅で、夫は、お土産にfuーsoraのパンを買いました。
農家のパン屋 パン酵房fu-sora

札幌着、娘と合流!
チケットが手に入らなかった次男も、公園までやってきて久しぶりに顔を合わせることができました。


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写真はHoliday [ホリデー] | 休日のおでかけならHolidayこちらから・・。

緑溢れる気持ち良い公園内を進み、ホールへ。
足を踏み入れたところに思いがけず、Hの姿がありました。
チェーンを通したコーンを並べていたのです。




「おおお!H‼️パン買ってきたよ!」
と私。
張り詰めたような顔をしてそれを制し、
「今、仕事中ですから。」
とH。
背後からは娘の声。
「お母、やめとき。」


  * * *

ラクラするほどの高さの階上席!!!!
そこに身体を落ち着ける。

プログラムの最後が『主よ、人の望みの喜びよ』でした。

バッハの数多いカンタータの中で全10曲からなる第147番。第6曲と第10曲は同一曲だが歌詞を変えて歌われる。第10曲の歌詞の冒頭部分を取って呼ばれる作品。ピアノ曲管弦楽曲としても親しまれている名曲。今回はヴァイオリン&合唱&オルガンの形式で美しい旋律が荘厳な曲となって聴衆の心に響いた。コンサートの最後を飾る感動的な演奏! ワン・コインで楽しめた素晴らしいコンサート。

当日このコンサートを楽しんだ方のブログより転記いたしました。
teruoblog687.blog.fc2.com

我々3人衆は、生でクラシックを味わうという素養がそもそも乏しく、娘などは「退屈の極み」だったようで・・。
最後まで”立派なホール初体験のおのぼりさん”状態でありました。

こちら、↓

Hのアルバムに貼り付けた挿し絵です。
f:id:kyokoippoppo:20210319173653j:plain:w500

夏のキタラの思い出でした。

   * * *
 
 11月には娘の出産があり、Hの誕生日(31歳に・・)がありました。

2016年

 年末にはベビーを連れて娘が里帰り。
親族が賑やかに集まり、ベビーのお披露目に皆の顔もほころぶひととき。
そこにもHの姿は無し。

病状はじわじわと悪く、仕事に出られない日が出始めていました。
忙しい職場にあって任務は抱えきれない程あった中、身体が思うようにならないという息子・・・・大変だあ!!

そんな年度末。
春を越えて働こうか?辞めようかと息子は大いに迷ったようでした。
しかし、あと数ヶ月勤めれば、期間満了となる。
結局、その日までがんばろうと決めたのでした。

「仕事を世話して下さった恩師のことを考え、何とか期間満了まて働くことにした。」
そう言っておりました。


 2016年7月・・・・任期満了となり、Hは、キタラの勤務を終えました。
コンビニバイトとレストランのボーイの経験しかない中卒の息子でしたが、高嶺の花ともいえる職場「キタラホール」で、5年間を勤めあげました。


契約の交わし方などの様々な実務。
外国の奏者とのやり取り。
海外への出張。

鬱という大きな荷物も背負いましたが、ここでの経験は貴重な財産といえましょう。


さて、その後。


仕事という重荷をおろしたとたん、鬱は、悪化したのでした。
これはいくらか予想できたことでした。

私にとって幸いだったのは、その息子の様子を直接見なかったこと。
当時の息子を支えてくれたのは、この病に理解のある、一緒に暮らすパートナーさんでした。



仕事を辞めたあとの息子は、社会から切り離され、自分の所在を失ったような気持ちにさいなまされたそうです。

そして、収入も・・・。途絶えました。

編曲作品をネットに公開し始めたのは、その所在のなさを埋めようとしたからでした。
誰かとのつながりを求めたからでした。
また、そこから収入を得ることも考えていたようてす。

そして、それが今に続いているわけです。
キタラ時代に続く、編曲アップ時代の始まりです。

読んで下さってありがとうございました。


「編曲アップ時代の始まりです。」
と、いかにもこの先を書くかのような文章で締めくくりましたが、続けて1~2記事を書き上げ、この連載を一旦締めようかな?思っております。

はるやすみ

春休み

 はあい!!
f:id:kyokoippoppo:20210326062539j:plain:w600:left  それぞれの学年を終了した子どもたちは春休みに・・。
そして私の勤務も一旦雇用を解かれます。
ルンルン春休み!!

写真の花、雪柳は、 卒業式で使われたものです。
式後、職員数人で分け合いました。

さあ!!!!!
何をしよう!!


片付けを進めたい気持ちはあるものの、「捨てられない性分」の私・・・。
収まっている物に手を付けると、余計に散らばってしまいそうで・・・・・・


それでも、在庫の巣窟なる収納ケースをえいや!!!!と引っ張り出してみました。
おおおおお・・・・・・
以前編みため、それっきり飽きられ忘れられたモチーフが出てまいりました。
捨てれば5秒!!
捨てれば5秒!!
しかし・・これを捨てるということは、過去のせっせと編みためた時間を捨てることになる。

捨てるか???
拾うか???

で・・・拾う私・・そして案の丈散らばるわけです。

しかもこの毛糸。
芯の部分は、母がはいていた靴下カバーをほどいたものを多く利用しています。
2006年、母が亡くなったときに、部屋に無造作に脱ぎ捨てられていたこのカバーを持ち帰りました。
母の生活のたたずまいが残されていて、その時はどうしても捨てられなかったのです。
貧乏性の母が履き古したものですので、その時点で糸は劣化しており、どころどころほつれているようなカバーでした。

私は何を思ったか??
その糸を解き、これまた不用品となったセーターの糸と合わせてモチーフを作り始め・・・

そう、飽きて、仕舞われ、忘れられていたのでした。

これをつなぐ春休みのスタートとなりました。

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 しかし同じタイミングで、孫が発熱!!
保育所を欠席しましたので、娘の仕事時間に合わせ訪問。ゲームの相手をしてやりました。
孫は熱にもかかわらず元気!!

義母宅へも顔を出しました。
こんな風に、時間は細切れに分断されます。

春告魚・・・ニシン

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 湧別の浜ではニシン漁が始まっております。
義母は知り合いから分けてもらい、数の子を取ったり、みがきにしんにするために開いたり、糠づけにしたりと奮闘しておりました。
私の訪問中にも、追加の大量のニシンが届けられました。




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「手伝うよ!!母さん!!」
消極的な気持ちを隠しつつ、声をかけましたら、
「大丈夫!大丈夫!!自分でやれるから。」
と・・。
内心ホッとし、(ごめんよ!!数の子いただいて戻ってきちゃった!!




えらいな!
お義母さん!
私80才過ぎに同じことしないだろうな。
できないだろうな。

瞑想のお共

 朝の瞑想‥続けていますが、
が、
が、
お供をまたまた変えました。
前回紹介したものを一週間試してみましたが、”深いところに導くための音声”が、どうも、未熟な私にはまだフィットしないのです。
声にいちいち反応したり、深い地点にたどり着いていない自分を常に意識してしまいます。


YouTubeを開くとたくさんの関連のものが出てきますでしょ。
別なものを試してみたくなりました。

●音声無し、
●起伏のある音楽ではなく単調な音によるもの。
で絞りこみ、こちらを試してみました。
www.youtube.com

一時間以上もあります。
残り15分のところまで早送りで進めて、そこから先を聴けば、15分の瞑想が可能です。
慣れてきたら少しずつ時間を伸ばすことも可能です。
逆に時間の確保が難しいときは15分より短い設定にすることも可能です。

グッドなアイデアでしょう???
ところがです!!

こちら終了と同時にけたたましい音量でCMが入ってきました。

これ・・
やだな・・
防ぐことはできないかしら?
追記!
(毎朝、この記事を開いて、貼り付けたこの動画を再生させれば、広告を避けることができることが判明!)

ということで、「瞑想のお供」
ただ今検索中であります。

こちらも・・有力候補。
10分間。
www.youtube.com

いかがかしら??

とにかく今は、続けることが最優先課題です。

本日春休み2日目、湿った雪が降っています。