夏休み!!

勤務を要さない日

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 夏休みに入っております。
昨年までは一旦雇用が切れましたが、今年からは雇用が継続したまま、夏休み期間は「勤務を要さない日」として処理されます。
健康保険も継続されます。

とにかく・・毎日が日曜日のような日々が8月半ばまで続くのです!!
やっほ~~!!!!
しかも夫は猛暑の中遺跡発掘アルバイトに出かけますのでね。
ほほほ・・おうちに一人!!!

居間のカーテンを取り外し洗って、ほこりまみれだったカーテンレールの汚れをぬぐって、脚立に乗って黄ばんだ壁も拭いて、
布を広げて・・・メルカリにばんばん出品して・・・あれもこれも・・と胸踊ります。
が、実際には半日もすれば気持ちも身体も減速し、午後には「のんびりモード」になってゆきます。

夏も涼しい北海道!!など過去のこととなり連日の猛暑!
エアコンなどありません。
日差しをさけるべくカーテンをしめて、保冷剤をタオルにくるんで首に巻き、しのぐ毎日。

半端仕事

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娘から頼まれていたベッドカバーも作りましたよ。

カバーと言っても、下敷きカバーですので我が家のボロ布で調達。

ぼろぼろに擦り切れた不織布が気になるのでこの上に一枚ラフなカバーが欲しいというのが娘の要望でした。






いかがかね??







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ところが・・・ああ・・やっぱり私・・半端仕事になってしまった。

これの上にしっかりしたカバーがかかりますので、そのまま使用。
西日が当たり風の抜けない娘の住宅の寝室で、ベッドカバーを外したりつけたり・・・もう汗みどろですよ。

こんなときは浴槽にぬる湯をはって水風呂!!
孫は大はしゃぎでした。

気ままなときを楽しんで

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 こんなものも作りました。
針金に糸を巻いて巻いて巻いて巻いて・・・。
中央部分が荒いのでビーズでも貼ろうかな??
いや・・いらんかな?




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 子どもの育て直しは不可能ですが、ミョウバンはいけます!!
前回いくつかを煮とかし、新しく生まれた赤ちゃんを育て直しております。
極 小さいうちから、形が偏らないように様々な面が底になるように手返しながら溶液の中に浸し、見守っております。





kyokoippoppo.hatenablog.com


庭だけが手つかずです。
蚊と暑さに尻込みしてしまって・・。
早起きは続けているのですがね!!

明日は気温が下がります。
21度だそうです。

家庭学校

『光の犬』の舞台が、我が町の隣に位置する遠軽町であることを知り、それにまつわる記事を書いております。

今回はその第3弾!
貼り付けの多いものになります。

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今回は遠軽家庭学校についてです。

私はそこを訪れたことはありません。
観光のための施設ではないからです。

様々な困難を抱えた子どもたちが、様々な事情により家庭を離れ、ここで暮らし学んでおります。(写真はWikipediaより、礼拝堂)

ぷらりと訪れ見て歩く場所ではないだろうと思うのです。



北海道家庭学校(ほっかいどうかていがっこう)は、北海道紋別郡遠軽町留岡にある男子児童自立支援施設(旧教護院)である。日本国内の児童自立支援施設としては珍しい民間運営の施設で、施設や敷地を鉄格子や塀、柵などで閉鎖隔離しない「開放処遇」形態をとっていることでも知られる。

Wikipediaより)

『光の犬』では、「農場学校」という名称でこの学校が登場します。

工藤牧師は、農場学校のなかにある礼拝堂の運営と、農場学校の柱であるキリスト教教育に協力者として携わっていた。

『光の犬』より



牧師の息子である一惟(いちい)。
※この名は北海道ではオンコと呼ばれる赤い実をつける樹、イチイから付けられました。
彼は、父を手伝うために農場学校に通います。
讃美歌の伴奏をパイプオルガンで弾くのです。

一惟はここでの礼拝に、教会とは違う特別な空気を感じるのでした。

工藤牧師が赴任している”物語中の「枝留教会」”(えだる教会)は、現存する「遠軽教会」であることを前回の記事で書きましたね。

今の話題にリンクした!

 今回話題にする家庭学校について・・・・頼るはまずはネット記事!ということで関連のページやYouTubeを当たりました。



そうしましたらなんと!
まさしく今、色んな意味で話題になっている東京オリンピックと関係するものを見つけたのです。
昨晩ニュース(ローカル放送だったかしら?)でも放映されましたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。
こちらです。
www.youtube.com

⚫よんばばさんのブログで本書を知る。
⚫本の舞台がとなり町であることに驚く。
⚫記事を書く過程で、家庭学校と、東京2020オリンピックとのつながりを知る。

しかも、このようなドンピシャリ!のタイミングで・・・


オリンピックに対しては様々な意見があり、皆様それぞれの姿勢で向き合っていることでしょう。

私は関連番組を追いかけてはおらず、目に入る切れ切れのニュースで関連のことを淡々と知るばかりです。
遠軽家庭学校で大きく育てた樹木は、その命を差し出して、丁寧な加工と、施工を経てオリンピック会場での役立ちとなりました。
それだけに、今回のオリンピックに付きまとうネガティブな影が残念です。

遭難

 さてさて、『光の犬』に戻りましよう。
 家庭学校には、卒業生の方から贈られたロジャースオルガンという荘厳な音色を奏でる大がかりな楽器があったそうです。

著者松家氏は、「農場学校」にロジャースオルガンならぬパイプオルガンを配し、牧師の息子一惟にそれを弾かせます。

礼拝の手伝いをつづけていても、農場学校の生徒との直接のやりとりはほとんとなかった。異なる環境で育ち、それぞれにどこか似たような罪を犯した少年たちが故郷を遠く離れ、ここでの共同生活をしていることへの十代なりのあやうい義侠心もはたらいていたかもしれない。

『光の犬』より

 そんな一惟は、ここでバターの製造に励む石井毅少年と徐々に打ち解けてゆくことになります。
農場学校の生徒が作る業務用のバターは、品質の高さで知られておりました。
一惟はこのバターを枝留に住む人にも日常的に使って欲しいと思うようになります。
教会で販売してはどうか?と考えました。
顔面を傷におおわれた、との対面。
これが二人出会いであり、その後の交流の始まりでした。

 しかし、ある晩、毅はバターの売上金を手にすると学校を抜け出してしまいます。
病床にあり、回復の見込みがないことを母からの手紙で知った彼は、幼い頃生き別れた母に己れの姿をひと目見せたい一心でこの行為に及んだのでした。
「お金は必ず返します」という置き手紙を残して・・・・。

しかし、決行の日はあいにくの悪天候
降り始めた雪は、やがて激しい吹雪となって行く手を阻みました。
枝留の駅にさえたどり着けば・・・少年は足を進めますが、もう方向も分からないほどの風雪となり、彼は翌日凍死体となって発見されるのです。



 Wikipediaからの抜粋からも分かる通り、家庭学校は、日本各地の非行少年と呼ばれる子どもたちを集める学校です。
当然脱走する子どもがいることは想定されます。
しかし、ここでは、閉鎖隔離という対策はあえてしておりません。
学校が掲げる理念の一つといえましょう。


毅のモデルともいえる少年が過去に存在しておりました。
an-accused.hatenadiary.org


高い理念を貫き、継続させてゆくのは並大抵のことではないでしょう。
この事件のような、痛ましい現実にも向き合わなければなりません。
それでも脈々と続く家庭学校!
このような学校がこの土地にあり、その理念が人々と少年たちの努力によって今も息づいている・・・・そのことを大事に思いたいです。

こちら、家庭学校の創設者「留岡幸助」についてを伝える映画予告版です。
地元の撮影とあって、見知った顔がエキストラとして登場しました。

www.youtube.com




さらにこちらも・・。
これも私にとってはタイムリーなものでした。

『光の犬』を読み終えた直後に目にした道新記事です。f:id:kyokoippoppo:20210727061436j:plain:w500

f:id:kyokoippoppo:20210727074655j:plain:w500


教会学校の一致だけで、枝留を遠軽と断定することに、疑問も持たれる方もいらっしゃるかもしれませんね。
実は、この3点の他に、まぎれもない証拠がございます。

唯一、変換無しで書かれたもの。
それは、湧別川です。
枝留にある智脚岩から見える川。
添島が釣りのために足を運ぶ川は、天狗岳の源流から湧別平野を渡りオホーツク海へと注ぐ湧別川なのです。
kyokoippoppo.hatenablog.com

皆様!!!!!

3話に渡るこの記事をお読み下さり、誠にありがとうございました!

遠軽散歩

「枝留」は「遠軽


間にひとつ記事を入れてしまい、勢いが削がれてしまった感がありますが、第2弾を書きましょう。
こちらの続きになります。

kyokoippoppo.hatenablog.com

いくらか、前回の記事を重複して書きますね。
hikikomoriobaba.hatenadiary.com

『光る犬』・・・松家仁之著に寄せるよんばばさんの感想が発端です。

これほど引き付けられ、心を揺さぶられるのはなぜなのだろう。取り立てて感情移入する人物がいるわけではない。
しかし、どの人物も自分である、とも思う。そうして読み終えると自分の生き方について、考えないではいられない。

これを読み、迷わず図書館に向かいました。
司書のTさんは、本を手渡しながら驚くことをおっしゃった。

「これ・・・遠軽が舞台だとしか思えないですよ!」
「えええ???!!!!!」
そうなのですか??
読み始めるや、作中の「とある町」「枝留」は隣り町の「遠軽」であることがはっきりと分かりました。


 この記事は、本書の感想ではありません。
『光の犬』に登場した場所やものを紹介するものです。

 物語の冒頭に登場する智脚岩は、瞰望岩(がんぼういわ)。
第1弾では、瞰望岩やふもとの駅についてを綴りました。
落下防止柵が一切付いておらず、初めてここを訪れたときには、まずそのことに驚きました。
遠軽で他の記事を当たったところ、

free-json.hatenablog.com
このような記事もございました。
かつてここから飛び降りて自死された方がおられたことは事実です。
瞰望岩の写真がクローズアップされた信金のカレンダーに、多くの亡霊が写っていた話も聞いたことがあります。
自殺の名所になりそうな様相は確かにありますが、私が嫁いできてからそのような事例に接したことはございません。
それにしても危険な場所であることは確か。
柵が無いのは何故なのかしら??
この岩の大きさ、高さが強く迫ってくる動画をどうそ!!
www.youtube.com


遠軽教会

最初に枝留教会に行ったのは、三年生のときのクリスマス礼拝だった。二日間ふりつづいた雪がやみ、分厚い雲がすっかり東に流れ去って、嘘のように晴れわたった日だった。

木は本物のエゾマツで、つんと青い匂いが漂っていた。いちばんてっぺんにある金色の星、あちこちにぶらさがっている赤い球、白いドレスに銀色の粉をちらした天使、電気の炎が灯されたロウソク、ツリーをらせん状にまわる色とりどりの電球・・・・・すべてここではないどこか別の世界からやってきたもののようだった。

『光の犬』より
この教会もございます。
まちがいなくこちらがモデルでしょう。


www.ok21.or.jp

焼失により昭和6年に再建された大通南2丁目にある現在の教会堂。
北の王鉱山や家庭学校など遠軽にもゆかりのある建築家 田上義也の設計した札幌北1条教会を模して設計された。

遠軽歴史物語より)太字はkyokoによる)



市街地に今も、美しくたたずむ教会です。
ここのお掃除のお仕事しませんか??
と知り合いから声をかけられたことがあります。
忘れていた記憶・・たった今蘇ってきました。

引用部分に
家庭学校など遠軽にもゆかりのある建築家 田上義也

とあります。この家庭学校は本のなかでは「農場学校」という名称で登場します。

kateigakko.org

私はまだ訪れたことがございません。

素晴らしい理念のもと創設されたこの学校の今についても、よくは知りません。
ですから家庭学校について何か書こうにも、これから先は貼り付けばかりになるのです。

続きにベタベタ貼って、この記事を強引に仕上げてしまうこともできるのですが、あえてここで区切りをつけることにいたします。
続きは第3弾で・・。

質量として残る思い出・・・3  & 聴いて下され!!

『First Love』

 長男の作品アップが順調です!!
あれやらこれやらの記事を・・・と思っていたところ思いがけない早い仕上がりでして・・・その情報をキャッチした私は、こちらを割り込ませることにしました。
長男の作品云々・・についてはカテゴリ「長男のこと」で詳しく綴っております。


連載としての記事は一旦閉じていますので、
ならばよしよし・・・
今回は、息子の幼なかったころのお絵描きの一部を、ここに披露させてもらうことにいたします。
その作業の流れに乗り、選別も行い・・いくらかを処分します。
私の微々たるお片づけ作業となっている物品処分のために、このブログを利用させてもらっているのです。
それを同時に・・ということ。
あしからず。

今回の作品はこちら。
お時間許しましたらポチッとしてお聴き下さいませ!!

www.youtube.com

大きすぎるう~~!!!!

f:id:kyokoippoppo:20210722104937j:plain:w240:left 最初の子ということもあり、この子を育てるにあたって私は、だいぶ気負いこんでいました。
その気負いの方向性は、慎重で神経質なものでありました。
たくましい男児に育てたい!!
という願いと裏腹に、私の姿勢は真逆であり、それだからなのでしょうかね。
彼は繊細で臆病な子どもなのでした。

外に出れば風のざわざわした音に反応し、周りをきょろきょろ見回しては不安そうな表情を浮かべる・・そんな子どもでした。
おもちゃのペンギンが威勢のよい音で太鼓をてけてけ叩くと泣き出す・・そんな子どもでした。
テレビの幼児番組で放映されていた人形劇・・・真っ黒の背景を恐ろしいと感じる子どもでした。
公園に人気の着ぐるみ、「ピッコロ」「ジャジャ丸」「ポロリ」がやってきたときは、大はしゃぎでまとわりつく子どもたちの中にあって
「おっきすぎるーーーーー!!!!!!」(大きすぎる)と言って大泣きしました。





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 それでも、3歳ころになり流行りの戦隊もののテレビ番組を見るようになったHは、そのヒーローたちに憧れ、関連のおもちゃを欲しがり、さかんに絵に描くようになりました。


ヒーローがおり、敵はぐちゃぐちゃの線で表されています。
勢いよく描かれたぐちゃぐちゃの線は、戦闘の激しさそのものを表しているのです。
カレンダーの裏にマジックで描いた大きな絵です。



 春の連休のこと。
大好きなレンジャーショーが北見の公園であるという。
それを見せてやったらどんなに喜ぶことでしょう。
一家で出かけて行きました。
シートを敷いて、カッコいいヒーローの登場を待ちます。
おおお!!!出てきた!!!
しかし程なく敵の奴等が姿を現す。
いかにも悪党、という風情で・・。

なんとその途端Hは目を見開き立ち上がるや、脱兎のごとく逃げ出してしまったのです。
親もおいてただ一人、ひたすらに走り去ってしまいました。
「ちょ、ちょ!!!!」
現れた敵を前にパニックに陥ったH。
Hにとってはヒーローも、恐ろしい敵どもも、現実の世界のものと認識されていたのでした。
わけの分からない幼い次男を夫に預け、Hの後を必死に追った私でした。

その後、このエピソードは笑えるネタとなりましたがね。
Hはそんな少年だったのです。

描き尽くすやり尽くす

 f:id:kyokoippoppo:20210722092908j:plain:w400:left

 ブームになるとやり尽くすということは、多くの子どもに見られることだろうと思います。
大好きになって
集めまくったり、
調べまくったり、
見まくったり・・。

だから、Hがことさらにそういう少年であったことを強調したいわけではありません。
ただ、ここに貼った絵は、私が息子のそういう性分を面白いなと思って取っておいたものたちです。
大きなカレンダーの裏に描かれた乗り物たち。
戦隊ヒーローみたいなものも混ざっています。



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ケーキです。


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これは小さいお絵描き帳に描いたものですが、この埋め尽くす感じ・・・なんかビックリしますね。




 



 

数年後、自転車に乗れるようになったばかりのHは、うれしくてうれしくて・・・・わざわざ早起きしては駐車場で乗り回すのでした。
長時間ぐるぐると、朝もやの立ち込める中を。

 そして15歳のころ。
初めてピアノに触れたH・・。
当時ドレミの音符も読めなかったHでした。

弾く喜びを知った彼はもう・・・・
弾きまくったのでした。

何時間も何時間も何時間も・・・。
幸せなときでした。
幸せしかない頃でした。

1999年・・ピアノに初めて触れた年が8曲(ジャミロ・クワイエアロスミスのみ)
2000年・・クラッシック音楽にめざめたころ6曲
2001年・・クラシック音楽に映画音楽も加わって35曲
2002年・・ここに貼り付けようと写真をとりつつ、ノートのページをめくったところノートの最後まで・・・272曲

過去記事からの抜粋です。
kyokoippoppo.hatenablog.com

「とある町」はとなり町

これ!!読む!!!

 まずは、よんばばさんのブログ記事を貼り付けましょう!!
hikikomoriobaba.hatenadiary.com
『光る犬』・・・松家仁之著の感想と紹介です。

これほど引き付けられ、心を揺さぶられるのはなぜなのだろう。取り立てて感情移入する人物がいるわけではない。
しかし、どの人物も自分である、とも思う。そうして読み終えると自分の生き方について、考えないではいられない。

この感想に触れ、
「これ!!!読む!!!」
と即決した私。

さっそく図書館へと向かいました。
「在庫でありますよ~。」
と言いながら書庫へと向かった司書のTさんは、2冊の本を手に戻ってきました。
同じ松家氏の作品である『沈むフランシス』も加えて、私に手渡して下さいました。

そして驚くことをおっしゃった!!
「これ・・・遠軽が舞台だとしか思えないですよ!」
「えええ???!!!!!」
そうなのですか??
では、謎解きする気持ちで読んでみましょう。

「えだる」は「えんがる」

 もう・・・謎解きするまでもない・・「枝留」は「遠軽」なのでした。
これは、「道東のとある町」を越え、遠軽っぽい町」であることも越え、遠軽でした。
私の住む町の隣町です。
ただし、お話の舞台となっている時代は町村合併以前ですので、その時は、「隣のそのまた隣の町」ですがね・・。

 はてなブロガーさんの記事で知り、心惹かれ手に取った作品の舞台が極身近な町であった驚きを、記事にしたくなりました。

その前に、よんばばさんにちょいと問い合わせました。
著者である松家氏があくまで「とある町」とし、あえて「枝留」と名を変えた舞台。
よんばばさんも「とある町」として受け止め、読み終え心に残ったこのお話の舞台。

私が知っている場所だったからって、よんばばさんの記事を貼り付けまでして関連付け、自分の記事を書き進めてしまって良いものか???
とある町の実像を書き立てることで、損なわれてしまうことがありはしないか??と思ったのです。

うふふ、快諾いただきましたの・・。
ですから書くことにいたしました。

これは、感想文ではなく枝留紀行文よ!!

自分の趣味と満足のためだけの記事です。

私の記事は毎度そんな風ですが・・・
連載になる可能性も・・。

智脚岩

 添島始添島家3代に渡る物語において、プロローグとエピローグを飾る男性。
その中学生時代・・彼女とのデートで智脚岩(ちきゃく岩)に登る場面。

頂上に着くと枝留の町をしばらく見渡して、とりとめのない話をした。
玩具のように小さいディーゼル車が駅に入って止まり、また出ていくのを見た。
湧別川の光る水面は流れているようには見えなかった。
音も聞こえなかった。


この智脚岩は瞰望岩(がんぼういわ)です。
以下過去記事より抜粋

インカルシの象徴となった瞰望岩は、駅の裏手に堂々と姿を見せております。
いつも目にする景色なので、当たり前のように受け止めておりますが、なんとも不思議な場所にある奇石といえましょう。

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(画像は地質情報ポータルサイト内の日本の奇石百景十より)


よんばばさん!!
天文台も見えますでしょ!!

こちらも過去記事から。

ワタシはすっかり「ここの人」になりました。
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 ですから、町の図書館に所蔵してある『王道の狗』にこれらのページを認めるや、私は先に述べたような反応をし、さっそく借りて読み始めたのでした。

『王道の狗』の作者は安彦良和
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年12月9日 - )は、日本の漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督、イラストレーター、小説家。 北海道紋別郡遠軽町出身。埼玉県所沢市在住。

結婚してすぐのころ、訪ねてきた弟を連れてここを訪れ、岩の突先に張り付いて撮った写真がありました。
それも紹介しようと思い探したのですが残念・・見つかりませんでした。



そうだわ!ならば・・以前写真に収めておいた遠軽駅の新聞記事を貼り付けましょう


えいや!!!!冬の遠軽駅です。
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こちらはどなたかの水性ペンによるもの。
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遠軽駅に寄せる私の思いを綴った過去記事の文章を添えて・・。

 
 この遠軽駅の絵は、ある方が水性ボールペンで描いたものです。
北海道新聞に掲載されたものをコピーし、これも子どもたちのアルバムに使いました。
今は高速バスという交通手段もありますが、JR遠軽駅は長らくここと札幌をつなぐ玄関口でした。
故郷を離れるとき・・・我が子たちはこの階段を上がって旅立っていったのです。
駅までの送迎をする私は、この階段を昇って姿を消す子どもの後ろ姿を様々な思いで見送ったものです。

子どもたちがここに戻るとき・・私はここの階段を昇って改札口に立ち、我が子の姿が現れるのを待つのです。

大きな岩・・そしてその下にたたずむ駅。
私にとっても、しみじみとした思いとともに有る存在なのです。




遠軽紀行・・続けるか?どうするか??
ちょいと考え中です!!

質量として残る思い出・・・2

 ごめんなさいね!
第2弾!
行かせてもらいます!

喘息持ちの中耳炎病み、甘えん坊の次男が残した絵やノート!
これら思い出の作品を整理するための記事です。

自分の役立ちのためだけに綴るもの!
ご容赦願います❗

小柄で病院通いばかりだった次男ですが、性格ははっきりくっきりしており、主張の強い男!
自分を存分に押し出してくる性格の持ち主でした。
占星術的にいえば、「火」の要素が際立つ性質です。
kyokoippoppo.hatenablog.com

ぼく!!!そしてアンパンマン

f:id:kyokoippoppo:20210717071033j:plain:w400:left 保育所からプレゼントされたアルバムの表紙です。
中身は全てポケットファイルに移し替えたのですが、この表紙を捨てることができませんでした。
約30センチ四方の表紙いっぱいに描かれた自分の顔!
次男Yそのものです。
「ぼく!」「ぼく!」「ぼく!」
「ぼく」が実に伸びやかに描かれています。



 





f:id:kyokoippoppo:20210717062727j:plain:w350:left裏にはアンパンマンの仲間たち、&カービー?
勢いが感じられる輪郭です。


写真に収めて、縮小カラーコピーに残した上でようやく処分しました。










f:id:kyokoippoppo:20210717070225j:plain:w400f:id:kyokoippoppo:20210717070238j:plain:w400
同じ頃の作品でしょうか?
こちらもアンパンマン
勢いよく、ためらいのないクレヨンの動きがとても好ましく、これも捨てられない作品です。

「生きてる!!」

 通院、入院を繰り返しながらの保育所生活を終え、いよいよ御入学!!
その間の春休みに定番の発熱・・やせて青白い顔で入学式に出席しました。


 次男の誕生日は学年での中では最後尾。
じきに7歳になってゆく児童もいれば、ようやく5歳を脱した次男のような児童もいる1年生!!
低学年のうちは、生まれた時期の影響を少なからず残しての学校生活になると感じます。
担任はベテランの女性先生でした。
初めての家庭訪問の際、

「学級で起こるけんかやもめごとの際、必ずと言っていいほどY君はそこに居る。」
「そこに居て裁判官のように振る舞っている。」

と可笑しそうに話して下さいました。
騒ぎとあれば、必ずやメンバーの一員としてそこに居るというY・・。
さもありなん・・という思いで受け止めたワタクシでした。
この子のわがままがところ、自分を強く押し出しがちなことは親として十分分かっておりましたので、そこをわびつつも、先生のあたたかい指導を願った母親でした。
子どもたちが小学生にもなれば、私の思い出ストックに「ノート」までが加わります。

kyokoippoppo.hatenablog.com

こちらはそれを利用しつつ書いた過去記事です。
(見て!見て!!見て!!!という気持ちで貼りましたの)
Yが作った算数の文章問題。




「あわせていくつ??」
「のこりはいくつ?」
「ちがいはいくつ?」
のパターンで足し算、引き算の問題を作る課題なのですが・・・

もう・・・笑うしかない問題たちの陳列です。

2年間の持ち上がりで指導して下さった先生は2年生終了間際の連絡ノートに次のようなメッセージを下さいました。

いつも、「生きてる!」という感じのY君と勉強できて、私も楽しませてもらった気がします。(中略)・・・・・・よい面を伸ばしてあげて下さい。

ありがたいメッセージでした。




その後Yの「よい面」は順調に伸びて行ったのか???


その後彼はみるみる増長し、
「どんな親の子か?」
と思われるような事態が表出してきます。
それはまたそのうちにボチボチとね!


最後に、これも捨てがたい一枚。
1年生のときの作品です。

「そらにのぼって」
という課題で描いたもの。
「陽」の気が満ち溢れているように感じます!!

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捨てがたいこれらは、再び保存。
一部は縮小コピー。
スクラップブックに残された他の作品たちは・・・
「えいや!!!!」
と処分しました。

それでも、まだまだたくさんブツが残っております。

グーグルアースで迷子になる

グーグルアース

 勤務する小学校の児童に各一台ずつ、タブレットか配布されました。
先生方にも。
支援員の私には当たりません。
児童たちはすぐに扱いに慣れて、様々な活動に利用しています。
学習に関係のないゲームなどは禁止されておりますが、知的好奇心を促進させる範囲のものは容認されています。
一時、多くの子どもたちが「グーグル・アース」で、まずは近隣の様子を眺めて楽しんでおりました。

 グーグル・アースを利用したことがなかった私も、リアルに旅をするようなこの機能に興味を持ちました。
懐かしいあの場所この場所は今はどうなっているのか??と・・。

児童に頼んで検索をかけてもらったりしましたが、短い休み時間に思う存分閲覧するチャンスはありません。

 さて、先週末・・そう遠足のあった金曜日。
自宅のパソコンにて、件のグーグル・アースなるものを体験してみました。
地球儀ぐるぐる、回して日本を探し・・・・。

何故か??検索情報を入れるもエラーになってしまい、とにかく手動で動かすしかありません。
神奈川県に・・
横浜あたりに・・・

保土ヶ谷区・・・に

迷子

 近くに寄れば寄るほど、位置感覚が分からなくなります。
ぎっちり並ぶ建物の屋根ばかり・・。
クリックして地名や学校名を表示しては目的地に迫ってゆく。

「梅の木」、「西谷」、「苅部◯◯」あっ!この名字の同級生確かにいましたわ!!!

いよいよ人間マークをクリックして地上に降り立つ!

するとまたまた迷子。
私が知る景色の50年後の映像の中で、見知らぬ町の中で、キョロキョロウロウロ。
解除し、再び上空から俯瞰する。

通った小学校を探しましょう。

「新井小」「羽沢幼稚園」・・・・・・「笹山~」

「新井小」・・・ああ!この学校は児童があまりにふくれあがり、途中で分校として切り離された学校だわ!
この地区に通う児童とは4年生のときお別れしたのでした。

上菅田中」・・おお!わが母校。お別れした友達と再会して過ごした3年間。
私たちはこの学校の第3期生だったはず!
しかし、示される写真から懐かしい気持ちが喚起されることはありませんでした。

懐かしいのは、どちらかといえば、通学路!!
そう!!「寺下橋」という停留所から、富士見ヶ丘という住宅を結んでいた林の中の道。

この道はどうなっているのでしょうか?

が、それを判明することはできませんでした。
拡大、縮小、クリックをする度に位置感覚がずれていまいます。

母校はいずこ

 何とか中学校は見つかったのに、小学校が見つからず!!
これか?これか??

とクリックするも
再び
「新井小」「羽沢~」・・・・・と同じ学校名や教育施設を表示してしまいます。
これらの名称は何度も表示されるのに、わが母校「上菅田小学校」はでてきません。

富士見ヶ丘は私の家があった住宅地です。

f:id:kyokoippoppo:20210713181239j:plain:w380:left名前が示す通り、富士山の美しい姿がはるか西の方角に見えました。
山を切り開いてつくった造成地。
階段を降りて、さらに坂道を下り下り、下り切ったところで、道路を渡る。
次は一転登りとなる。
祠の横の、幅1メートルにも満たない階段をあがってしばらくすると、Jちゃんち。
次の階段を昇りきると対面する富士見ヶ丘全体が一望できる高さとなります。
このあたりにNちゃんち。
仲良し二人はこの丘「源氏ヶ丘」の住人です。
私は二人と分かれたあと、丘を下りきり、そのあと富士見ヶ丘の急な坂道を一人でえんやら登ってようやく帰宅できるのでした。

小学校へたどりつくには、あと一つ階段を登ります。

ああ・・その小学校が見つからない。
珍しく遅くまで起きていた私ですが、あきらめてパソコンの電源落とし、休みました。


次の日
 携帯を使い「上菅田小学校」を検索したところ・・・・あらあら我が小学校は、他校と統合したために閉校しておりました。
どうりで見つからないはずだわ!!


こんな記事を長々とごめんなさいね!!
懐かしいという感情が、個人のものだということは重々承知です。
相手が、
「うわあ!!懐かしい!!」
と叫んだとしても
「ああ、そうですか」
という反応しかできないことは分かっているのですよ。
分かっていながら書き綴ってしましました。

さらに記事は続きまして、さらに個人的領域の夢の話になっていきます。
付き合いきれない方々は、さよならバイバイして下さいね。

夢の中で迷子

 この夢を見たのはいつのことか??
今年の冬だったように思います。
鮮明に覚えている夢で、ブログ記事にしようかとさえ思ったもの。

私は母校である小学校を探している。
この道か?
この道か?
進んでゆくも見知った場所へ辿りつきません。
そのうち現れたとある校舎。
そこにいた児童に「ここの学校の名前は何ていうの?」
と尋ねるも、見知らぬ名前が返ってきます。
すると次なる学校が目の前に・・
裏から回り込む・・。
「ここも違うわ。」
次も違う・・・
数校めぐり歩いたところで、私はいつの間にか一回りしていて元居た場所に立っていました。

こんな夢でね。
この夢を見た頃、我が母校はすでに姿を消していたのだわ!!
追記
※記事にしていました。
kyokoippoppo.hatenablog.com

スマホ情報によると、統合は2020年3月末のこと。

そうだったか・・。

なんだかこの夢の記憶と、先日のグーグルアースでの堂々巡りがいやに重なって感じられたのでした。


懐かしい感情とか夢の話って、自分にしか分からないもの。
はっきり言えば他人の「それ」なんてどうでもよく、それを聞かせるなんてナンセンスといわれます。

しかし、才能のある方の手によればそれは素晴らしい作品になるのです。

先日読んだ井上靖氏の『夏草冬濤』がそうでした。


靖氏自身ともいえる「洪作」が、幼少期を過ごした土蔵を久しぶりに訪れる場面を読むと、私にもしみじみと懐かしい気持ちがわき上がりました。
しろばんば』を読んでおり、氏の幼少期のことが私の記憶にも貯えられていたからかもしれません。
そうだとしても、個人のすぐれたお話によって、万人が持つ「懐かしい」という感情が引き出されたことはまちがいなく、この作品の素晴らしさを感じました。

つげ義治氏の夢を扱った作品もすぐれており、引きこまれます。
kyokoippoppo.hatenablog.com


懐かしさの内容は個別のものでも、「懐かしい!」と思う感情は多くの人が知るものです。
夢は個人的な体験ですが、その世界は自分のどこか深いところにも通じているように思われます。



 さてさて、母校の小学校が現在残っていようと、いなかろうと私の生活は全く影響を受けません。
それでも、母校がもう残っていないことを知った私の心には、小さなさざ波が立ちました。

そのことを記事として残すことにしたのです。
お付き合い下さった方には感謝申しあげます。
ついでに、私にとってこの記事と同じ匂いのする過去記事を貼り付けます。
私が、今の自分の心に添うために行う行為です。

ごめんなさいね!!

kyokoippoppo.hatenablog.com
kyokoippoppo.hatenablog.com