Xデイ来たる。

次男がやって来る

 子どもたち三人の中では、登場率の低い次男です。
ネタは有り余るほどあるのですが、折々に綴る長男の連載記事が落ち着いてから書こうと思っております。
気合いを入れなければ書けるもんではありません。
そんなエピソードを持つ次男Y・・・その男がちょいと里帰り。
我が家に預けてある家具を、引き取るとるためにやって来るのです。
これに関連する記事2つを貼り付けました。

苦しい内容ではありますが、大事な記事。
私にとっての大切な通過点となった出来事でした。
(自分自身のために貼ったものです。スルーして下さっても大丈夫!!この記事を読むための妨げにはなりませんよ。)


kyokoippoppo.hatenablog.com


kyokoippoppo.hatenablog.com
この過去記事の中で、
「私は、確実に変化した。」
などと、いかしたことを書いておりますが、その後、元の馴染んだ私に戻ることしばしば。
自分の有り様を変えてゆくことは難しいですね。
さてさて、
 Yは東京より札幌への移動を終え、しばし滞在後、今晩JRで遠軽駅へやってきます。

プレ引越し作業

 彼が予め手配した引っ越し業者が入るのは、水曜日。
少しでも作業が手短かに済むように、業者の方が居間を行ったり来たりしなくて良いように、先週末”自宅内お引越し”をいたしました。
荷物のある西の部屋から、玄関に一番近い和室に荷物を移動したのです。
ビフォーア写真を撮り忘れてしまいましたので、この写真は荷物が減った状態です。

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大きな姿見もYのもの。
古着屋を営んでいたとき、お店に置いていたものものでしょうか?
Yの家具はスチール性の頑固なものばかり。
とても重い。
私はこんなに重量のある家具を、置こうとは思いませんね。
でも息子はこれがお気に入りなのですね。
大変高額なものばかりらしい。
埃を払ったり、尖った部分に衝緩材(取っておいたスポンジ)を巻いたりしながら、ゆっくり気ままに作業を進めました。
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ベッドマットは移動不可。
当日の搬出となります。

立派な姿見の裏から現れたのは、私のもの。
結婚したときに持ってきたのドレッサーの鏡の部分だけを残したものです。


一時借金に苦しめられていた次男Yは、苦境を脱し今はリッチマンらしい。
良かったね。
今まで20回はしたであろうお引っ越し。
次なる拠点で、いつまでどのように暮らすものか?
7日の朝の和室です。
鏡にkyokoがチラリ・・。(スマホなら全く分からんね?)

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大雨で家財も家も失った方がおられると思えば、呑気で幸せな記事ですね。
九州の大雨災害に胸が痛みます。

おむかえ

 21時過ぎにJR遠軽駅に着く息子を迎えにゆきます。
数日バタバタしますので、ブログのアップ、また皆様のブログ訪問が滞るかと思います。
ご理解下さいませ。

サガレン

流れは続いている

 『サガレン』について書こうと思います。

が、どこから手を付けてよいものやら、いったいそもそも何を伝えたいのか?

わからないままの発進です。
一つ言えることは、

kyokoippoppo.hatenablog.com
『熱源』が川の源流、すなわち山の頂きに見いだした地下からの湧き水なら、『サガレン』は、その水の流れの”現在の先端”であることです。
自分でも不思議です。
たまたま書棚て見つけた本が、このように私に作用することが。
『熱源』は、何度か放り出そうとしながらも、「いやいや」と思い直しようやく読み切った本でした。
その後
興味の流れのままに、いくつかの記事も残してきました。
全くもって個人的な興味のままに。
今や
アイヌ
「北方民族」
「サハリン」

の言葉は、目にすれば必ず立ち止まって思いを注ぐ対象となりました。


北海道新聞で紹介されていた『サガレン』ですが、それが「サハリン」の古い呼称であることを知った私は、さっそく図書館にリクエストいたしました。

まずは、著者梯久美子氏の手記を引用し、紹介に代えましょう。

歴史の上を走る鉄道


https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/3252
(引用元のアドレスです。許可を得て貼り付けしております。)
岩波書店wevマガジン「たねをまく」より、『天涯の声』梯久美子

あらゆる列車は歴史の上を走る。
 バラストが砕けて砂になり、枕木がコンクリートに替わり、レールが敷き直されても、それらを支える地面は変わらずそこにある。そして、自分の上を通っていった者たちの物語を記憶するのだ。
 生きかわり死にかわりしながら、軌道の上に見えない層をなす人々。そこをまた別の人生が駆けてゆく。

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 簡単に言ってしまえば、これは梯氏の旅行記です。
ユジノサハリンスク」発の鉄道に揺られながら、梯氏は、かつて同じ道を辿った林芙美子旅行記を開きます。
林芙美子の『下駄で歩いたパリ』のなかに収めれている「樺太への旅」のページを繰りながら、自身の進行形の旅の記録を重ねてゆくのです。
読者は地理の上の移動と共に、時空の旅も楽しむことができます。
また、”地図おたく”で”鉄道おたく”であると自称する梯氏の文章は、大変緻密です。
不明なことをとことん調べ、分かり、腑に落ち、見出した発見に胸ときめかせる梯氏です。

このような喜びや興奮は、かなり縮小版ではありますが、私も体験することができます。


(この地図を見ますと、稚内の近さが印象的ですね。
宗谷岬からの距離は43キロ。)





芙美子にみちびかれて、私は100年前に死んだひとりの男に出会うことになる。革命を夢見た流刑囚にして、アイヌを愛した人類学者。移動と越境の宿命を生きた、ブロニスワフ・ピウスツキという名のポーランド人である。

『サガレン』より抜粋

ほらね!
つながっている。
『熱源』の世界がここにちらりと顔をのぞかせるのです。

第二部では、宮沢賢治の”北への旅”と、二度目のサハリン紀行が重なります。

サハリンがニブフやウィルタアイヌといった先住民族の土地であることを賢治はよく知っていた。
宮沢賢治 北方への志向』を書いた秋枝美保氏をはじめ、賢治文学にアイヌの思想や文化の影響がみられることを指摘する研究者は多い。
(中略)
また、アイヌ語研究の先駆者で、1907(明治四十)年から樺太に赴いて樺太アイヌ語を採取した金田一京介ともつながりがあった。金田一の四番目の弟と盛岡中学で同級生だったのだ。1921年(大正十)年に上京した際には金田一の住まいを訪ねて会っている。金田一は当時すてに、樺太アイヌ山辺安之助の口述を筆記した『あいぬ物語』(大正二年)と『北蝦夷古謡遺篇』(大正三年)というアイヌ関連の二冊の著書を刊行しており、賢治はこれらを読んでいたと思われる。

(西暦はアラビア数字に変換して記述しました。)
『サガレン』より抜粋
ほら!ここにも『熱源』とつながる記述が。

 だから何?と思われるかもしれないけれど私にとってはときめきなのです。

逆らえない流れ

 今、五年生は総合で「湧別川」についてを学んでいます。
遠軽の奥地、白滝にある天狗岳を水源として生まれた流れは、山を下り、肥沃な土地を潤してゆきます。
多くの支流を抱き込んで、最後はオホーツク海へ放たれ川の役目を終えるのです。

私の興味は、なだらかなれど逆らえない川の流れのようです。
途中で出会う様々な「本たち」は、支流のようです。

それによって広がり、変わってゆく私の内面は、流域の土地のようです。


流れの先端の景色をまた、書くかもしれません。

kyokoの偶偶石 13・・・・羽二重

 はなぱんださんのお誘いに乗った形で始めた『kyokoの偶偶石(たまたま石)』です。
 

「猫 異種4匹同居」現代アート 石 Contemporary Art 偶偶石vol.12.3 - 滋味日日 ・・・いいこと ”お福わけ”

「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。
「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。


はなぱんださんが語る『偶偶石』の説明の一部です。

 オホーツクの浜で目に留まった石たちを、拾っては持ち帰ってしまう私。
それをどうするか?って・・瓶に入れたり、かごに入れたり、灰皿に並べてあったり・・。
乱れた部屋の中で、乱れ気味に置いてあります。

それらに光を当てようと始めたわけです。
現代アート』というほどには気負わず、気軽に・・・と。



偶偶石13・・・・はぶたえ

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うすくて

やわらかくて

白くて


おいしいものなんだ??

羽二重もち!


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あんこが透けてて

固くて

真っ白で

おいしくないけど

おいしそうなものなんだ??

kyokoの偶偶石!!

ご覧あれ!!パート2

 気だるい夕方

 7月2日の夕方も、娘と孫がやってきました。
「行っても良い?」
と娘からラインがきたとき、私はソファに座ってぼおっとしていました。
仕事から戻ったものの、そのまま家事に向かう気持ちになれなかったのです。
まだ4時。
あわてることはあるまい。

そうひとりごちて、腰を下ろすと何もかも億劫になってしまいました。
そんな状況のところへラインが届いたのでした。
「どうぞ」
と返信しつつも、
ああ、おかずどうしましょ。
・・・
そういう連絡が来ると私は、
娘が何か持って来てくれるかもしれない期待を込めて、「おかずどうしましょ。」=(ばあさんの所には気の利いた物はございませんよ)」の返信を添えることが多いのですが、何故かこのときはそれを躊躇しました。
とりたてて理由はありませんが、何故か「どうぞ」にとどめた返信で済ませたのです。
さらに数分ソファに身を置いておりましたが、
・ 

「味噌汁くらいこさえるか!」
とようやく腰をあげたのでした。
夫にサンマ。
娘たちにはアキアジ(鮭)の切り身焼いて。
インスタントのかに玉のもとを見つけたのでそれも。
味噌汁は大根と・・・キャベツと豚肉も入れるか?
などと算段していたら、やって来ました二人組。
とたんに愛犬ブータロウが狂喜乱舞。

ワンワンキャンキャンきゃんきゃんがちゃがちゃ
その音声たげて、気持ちがかき乱されます。
疲れた体に響きます。

そして・・やって来た娘は開口一番
「何だか気持ちが悪いのだ。」
というではありませんか?

ややや、お腹の風邪ですかい?
「そして寒いのだ。」
と言ってストーブの火力を強めました。(寒い6月でしてね。ストーブはまだまだ活躍していたのです。)

ややや、熱の前触れですかい?
移されたらたまりませんわ。

でも帰すわけにもいかず、更には娘の持ち込みおかずも、手助けもあてにならないことを知るのです。
ソファに身を横たえてしまった娘に対し
いくらかのの苛立たしさも感じながらも、可哀想という思いが湧く私です。
心配な気持ちがつのります。
子育て期の母親が調子悪いというのは、なかなかしんどいものなのだというのは経験済みです。
ラインの返信に余計なことを添えなくて良かったな。
そんなことも思いました。

「とりあえず味噌汁作っているよ。」
と伝えたら、
とてもとてもとても味噌汁が飲みたい気分だったの。
と娘は喜びました。
おかず作る合間に
優しいばあさん(私)は、風呂まで洗ってお湯の支度までしてやりました。
ご飯の前にお入りよ。
お風呂上がりも寒がる娘。
いよいよ熱の前触れか?
それでもご飯はおいしくいただきました。
簡単メニューでしたが、疲れた身体にフィットする感じ。
味噌汁でようやく身体が温まり、娘もようやくひと心地ついた様子です。

お絵描き

 ご飯の後は、ひと遊びしてから帰りたい孫のために、お絵かき遊びの相手をしてやりました。

動物描いたり、人魚描いたりしているうちに、
娘が参戦してきました。
「これはかわいいKちゃんだよ。」
そして、
「ばあばも描いてあげるわ。」
と鉛筆片手に私の顔をのぞきこみ・・描いたものがこれ!!
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ちょちょ!ちょ!
マジこれはないでしょう!

と憤慨ながらも、おかしくておかしくて・・・。
笑いが止まりません。

ええ??そうかい??
娘は再び鉛筆を動かし始めました。
「やや!!だから・・・何でこんなに頬骨出っぱらすのさ。」
と私。
娘は笑いながら、
「ばあさんの輪郭はこんなんでしょ。」

・・・でお次はこれ!!
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「ええ??何か人相悪いわ。明るさがないわ。」

「そうだね。笑っているばあさん描くか。」



で、これ!!
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「おお!!これ似てるんじゃない??ばあさんのブログのアイコンにしたら?。」
「やだよ!!読者減るよ!!」
そう言いながらも、おかしくておかしくて。
娘も笑いっぱなし。

今度は携帯を開いて、前日のお出かけの時の私を見ながら描いたのが、こちら。
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ああ、愉快愉快。

娘も大いに笑って、
何だか味噌汁飲んで笑ったら元気になったと言って帰って行きました。
味噌汁と笑いが、お薬のように効いたのね。
具合が悪かった原因は低血糖だったのかねえ。

私が描いた娘と孫はこちら。f:id:kyokoippoppo:20200703071324j:plain:w300
似顔絵って難しい。
特徴だけをつかんで、大胆に描かなければだめね。

読書状況

 昨晩から読んでいる

『徳次郎とボク』

徳治郎とボク

徳治郎とボク

本の表紙に呼ばれて手に取った一冊です。
似顔絵って、こんな感じで描くと良いのね。
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久々、アイヌ民族や北方から離れた本を読み始めました。

ノンフィクションと思い込んで読み始めましたが、どうやらフィクションですね。


作者は花形みつるという方。




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巨人の星』の花形満が即座に頭に浮かんだ私です。


へえ~「はながたみつる」さん・・・・初めて読む作家さんです。




良い本です。

理想からは距離がある家族の姿。
とはいえ、よくある家族の現実かもしれない・・・・
そんな風に感じる家族間のやり取りに好感を覚えました。

お母さんが里帰りしたときに可能となる、おじいちゃんと少年みつる君との交流。この辺りを読んでいます。

今晩もほくほくとした気持ちでこの本を開くことでしょう。

読み終わった『サガレン』の記事は、いずれ是非とも書きたいです。
気持ちを落ち着けてじっくり書きたいです。

では、また。

追記1

私、自分の顔もう少しまともだと思っております。

追記2

娘、結局胃腸炎のようですね。

ご覧あれ!!!!

これは!!!!

 我が家の床下には「室」(むろ)があります。
雑多なものや保存野菜などを収納できる場所ですが、床に設置してあるふたを外し、その下にある床下ユニットをスライドさせて、できた空間からもぐっていかなければなりませんので、好んで利用しようとは思わない場所であります。
スライド式床下ユニットは、二つのボックスがあり、それぞれスライドすることで片方が使える仕組みです。
これは、ふたを取って床に這いつくばれば物が取れますので、室に比べれば手軽に使えます。

が・・・しかし・・・
面倒くさがりの私は、そのボックスを使うのさえ億劫です。

しばしば必要とするものを、そこに収納しようとは思いません。


ここまでが今記事の序章です。

ここで、「のんちさん」のブログをちょいと紹介!
nonchi1010.hatenablog.com

6月26日の記事です。


ややややや!!!!なんと!!

実は私、これを読んだ前日に、同様の出来事に遭遇していたのです。

そうです。床下ユニットの一方に・・。

スライドされることもなく長らく放置されていた一方に・・

「よく寝たじゃがいも」が・・。

tenki.jp

いやいや、こちらのものは、↑正しく寝かせたイモでありますが、我が家のイモは・・・・・・。

もうイモではなくなっておりました。

そのピンク色の林を見て、
「ああ、もったいないことを・・」
と絶句しつつも、ちらっと
「ブログネタになるだろうな。」
という思いもよぎりました。
しかしね。あまりのあまりのあまりの惨状に・・・それをカミングアウトする気持ちにブレーキがかかったのも事実。

そして翌日、そんな私の目に飛び込んできたのが、のんちさんの記事だったわけです。
勝手に激しく親近感を抱いた私は、コメントを残しました。

のんちさん!!
正体を見せて下さったのね。
私は・・・恥ずかしや・・隠しておりましたの。
こちらジャガイモ。
床下ユニットなんぞに夫が仕舞い込んだから
・・と夫のせいにしつつも白状しますと。

たまたまスライドした、収納庫を見てびっくりしたのですよ。
40センチも伸びた芽がうっそうと。
ピンク色の林になっていたのでした。
あまりに悲惨で、いたましく、
ブログには・・書けないなあ。
と思ってしまいましたが、この記事を見てのんちさんの潔さに脱帽。
あはは、私もアップしちゃうかな??
いやいや・・やめとこう・・
などとまだ迷っております。

見たい!!

 そしたら、のんちさんからのお返事がアップされ、「見たい」「見たい」「見たい」と・・・・。

うーむならば・・と腹を決めましたが、ピンクの林のいくらかは、ゴミ袋に詰めて処分してしまった後でした。

ゴミ袋いっぱいに、家庭でダメにしてしまったイモを詰めて出すことに抵抗があり、一般ゴミに紛れ込ませるようにして数回に分けて処分していたのです。
ここにも、自分の罪を小分けにして隠してしまおうという姑息な意識が働いたわけ。
ですから、今ここにお見せする写真は残りのもの。

ああ、このようなフードロス、恥ずかしいことであると十分反省しておりますので、ジャガイモの生命力に拍手を送りつつ笑って見て下さいませ。
ジャジャーン!!
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イモの根が、金網にまで絡まって引き剥がすのにも力がいるほどでした。

こちらもご覧あれ!!

 せっかくですので、こちらもご覧あれ!!
遠軽のカフェで見た、洗濯バサミ猫ちゃんを真似して作ったものです。
娘から、部屋のカーテンをくくるのに使いたいので作ってと頼まれたので、はい!!
がんばって作ってみました。
家にある端切れで作りました。

まずは試作品として「ネコたん」を一匹。
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孫のリクエストに応えて「うさたん」を一匹
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そして最後に、「ぶーたん」一対
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このぶーたん、体にしっぽまで付けて、最後に顔を取り付けたのですが、一つの方を腹と背をまちがえて付けてしまったのです。
よって、先に付けていたしっぽの位置が、お尻ではなくちんちんの方に寄ってしまいましたの。
「終わったああああああ!!!!」
と思った後に気づいたこの失敗。

たかだかしっぽを外してつけ直せば済むのですが、
その時はもう、一ミリたりとも作業をしたくない心境だったのです。
あああああ・・・と声をあげた私に娘は言いました。

「たいして気にならない。」
「このままでいい。」

「だね。」

と私。


その夜送られてきた写真です。
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kyokoの偶偶石 12・・・・お菓子

 はなぱんださんのお誘いに乗った形で始めた『kyokoの偶偶石(たまたま石)』です。
 
「ジュゴンは不思議でしかたない」現代アート 石 Contemporary Art 偶偶絵石vol.10 - 滋味日日 ・・・いいこと ”お福わけ”


「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。
「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。


はなぱんださんが語る『偶偶石』の説明の一部です。

 オホーツクの浜で目に留まった石たちを、拾っては持ち帰ってしまう私。
それをどうするか?って・・瓶に入れたり、かごに入れたり、灰皿に並べてあったり・・。
乱れた部屋の中で、乱れ気味に置いてあります。

それらに光を当てようと始めたわけです。
現代アート』というほどには気負わず、気軽に・・・と。

偶偶石12・・・お菓子

f:id:kyokoippoppo:20200628155246j:plain:w300    f:id:kyokoippoppo:20200628155301j:plain:w350   



美味しそうなお菓子だね

職人さんの手によるミルフィーユ?

甘さおさえめやわらかクリーム?

職人さんが作るようなものを自然もまた作る。

いや

違うな

人が作るものはそもそもが

自然の象(かたち)や美しい色合いからのいただきもの


お出かけしたの

久しぶりの北見

 前々回の記事で、
「当分おでかけブログは書かないでしょう。」
と綴った2日後に、「おでかけ」記事を書こうとは!
とはいえ、行き先は北見の病院です。

孫のアレルギー症状が、少しずつひどくなってきており、心配していたのですが、金曜日の朝、
鼻水、くしゃみが止まらず、昨夜も呼吸がしにくく大変辛そうだったと、娘から連絡が入りました。
そこで急遽北見の病院にかかることにしたのです。
もともとアレルギー体質でしたが、ここにきての悪化。
いったい何が原因か?
季節性のものなのか?
部屋の環境か?
アレルギーマーチと呼ばれる現象で仕方のないことなのか?
悩む娘でしたが、薬剤師の友達から、アレルゲンの検査をきちんとした方が良いのではという助言をもらったこともあり、北見にある、名の知れた耳鼻科を受診することにしたのです。

鼻水くしゃみがひっきりなしの孫の状態。
北見までの運転に慣れていない娘。
娘も同じ病院の口腔外科の受診と、自身のアレルギー相談もしたいということで私も同行することににました。
(甘い親だと思われてしまいますかね。)
私も娘も、それぞれの仕事を11時までとして職場を早退。
私の車で出発しました。

期待外れの結果

 娘の口腔外科を兼ねようという都合もあり選択した病院でしたが、そもそも名のある病院です。
それなりの期待を胸に、遠路1時間強の道のりを向かっていったわけです。
孫の体が楽になることと、今後の生活上での指針を得たくて、血液検査は覚悟の上で向かったわけです。
患者さんの苦痛に休みは無い!だから当院は無休である!!
そのように謳う、その病院の志に胸熱くして向かったわけです。

院内は気持ちのよい装飾が施されておりました。
「院内アート」というのかな??

ところが、肝心の肝心の肝心のドクターが大変横暴な方だったというのです。

診察室から聞こえてくる、孫の抵抗する泣き声はもちろん想定内でした。
汗と涙で私が待っていた廊下に戻ってきた孫。
私は「よしよし!!おりこうだったね。チクしたのかい?どこ痛かったの?」
と聞くと孫は自分の鼻を指差し、またひとしきり泣きました。
鼻?????

後から出てきた娘が言うには、「検査できなかったわ。」

こんなに泣く子に注射はできないということなのです。
「注射に失敗して、何回も差し直して、おまけに注射針が抜けなくなってもいいならしますけど、どうします??」
医者はそのように言ったというのです。
「それでもいいです。」
という親などいませんよ!!

そりゃ、その病院は小児科ではありません。
幼い子どもへの対応は万全ではないのかもしれません。
しかし、診察室へ入りママにしがみつく子どもが腹立たしかったものか、冷たい声で「こっち向かせて下さい。」
と言い放ったというドクター。
母親がオタオタしている間にも、ムカつくメーターが上がるドクターに気を遣ってか、看護師さんが手伝ってくれたそうです。
孫は無防備になった自分の前面をガードするように、腕を縮め、握り拳を作りました。
それをですねえ、
ドクターは大人の大きな手で、力任せに下に押しやり、鼻に検査器具?を突っ込んだというのです。
そうやって注射以前に泣かしてしまってから、
「こんなに泣く子の検査はできぬ。」
と言ったのですと。


で、見立ては
「完璧にアレルギーによるものです。」
と・・・。(そんなの素人でもわかっとったわい!!)
「ですから、何に反応しているか検査で突き止めたところで、アレルギーを抑える処方をすることに変わりはない。」
「薬を処方するから、様子を見てください。」

「それでも改善しないなら、小児科か呼吸器科へ行きなさい。」
「呼吸しづらくても、呼吸は口でもできるから。」



いやね・・。理屈としては分からなくもないのよ。
同じ結果でも、
医者が優しくてさ、
「お母さん。子ども泣かして注射しても処方は同じ結果となりますから、今はこんなに泣いているから、検査は先送りにしましょう。
苦痛を和らげるお薬出しますから、様子みてみませんか?また心配なら来てくださいね。」

みたいな、言葉なら、
「あああ!!そうですね。ご配慮ありがとうございます。」
ってなると思うのよ。

でもね!!

こんな医者なら、もう!!!

腹立たしいことこの上ないのですよ。

「はああ??なら最初から幼児お断りにしといてや!!」
「せめて、幼児に関してはお注射に納得できる場合のみ検査するとか・・問診のとき教えてよ!!。」
「受診項目に『いびき』とか書くなや!!」
「どんな思いで遠くから車走らせて来たかなんて想像しないんだね。」
「子どもの苦痛や、怯えなんか眼中にないんだね!!」
「なにが患者さんの苦痛は年中無休だ!!!!!!!!」
だいたい、耳鼻科の先生が「口で呼吸しているから大丈夫」みたいなこと言うかね!!!!
帰路ではこんな風に、鬱憤を放出させました。
この病院に勤務するドクターが全てこんな人ではないのかもしれませんし、看護師さんはお優しい対応でしたよ。
でも、
「2度と行くもんか!!!」
という気持ちを、迷わず固めましたね。

 スーパーで買い物をした後、せっかく北見まで来たのだからカフェでも寄ってみようということになりました。

カフェ

娘が検索し、ちょっと面白そうと選んだカフェに寄ることにしました。
f:id:kyokoippoppo:20200627094419j:plain:w320   f:id:kyokoippoppo:20200627094430j:plain:w320


市街から走りに走って隣町。
ようやく見つけたそれは、麦畑の前の一軒屋でした。

まるでカフェには見えないので通り過ぎてしまい、あわててUターン。
「カシコ」というお店です。
しかし、一歩中で入れば、外観からは想像できないような空間でしたよ。f:id:kyokoippoppo:20200627094406j:plain:w500f:id:kyokoippoppo:20200627094247j:plain:w500f:id:kyokoippoppo:20200627094345j:plain:w500

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真ん中のお菓子は、「ヌガーグラッセ
孫は「白玉と黒蜜のパフェ」







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孫が大事そうに持っているのは、柔らかティッシュの箱です。

市街地から離れてしまったので、帰りは別ルートで帰りました。


娘は再びウニゲット!!
漁師の後輩君が我が家まで届けてくれました。
先日町から配布されたホタテと、本日スーパーで購入のお刺身で、夜は海鮮丼をいただきました。
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 孫はお薬がいくらか効いた様子。
遠路はるばる出かけた甲斐は、いくらかはあった模様。