四連休…②

完成

 本日は四連休の早三日目。
充実した時間を過ごしております。
まずはこちら!

在庫毛糸でのバッグ作り、昨日完成しました。

継ぎ足した糸やら、渡した糸やらで裏はこんな状態です。
ですので
内袋も作ることにしました。

着ることのないであろう、自分の黄色いシャツを解体して内側の生地にしました。

ポケットも利用しましよう。

最後は手縫いで取り付け。

ポケット取り付け位置が右にずれてしまいましたね。
私この手の作業苦手なのですよ。
大目にみて下さいませ。

在庫毛糸を利用して、作品が完成したことに満足満足!

次なる手作り

 
まだある在庫や半端に余った残り毛糸は、そうだわ!
こうしましょ!
何になると思います?


食卓テーブルの足に履かせるカバーにしました。







百均のお店には対応できる便利品もあるのですが、数が足りず。




以前こしらえたカバーは、ボロボロ。

だからリニューアル!!!
合間合間に作って履かせていきましょう。

こねこねタイム

 
 さて、日曜の朝ともなれば、いつもなら
「明日は勤務!」
というモードになりますが、この度はもう一日お休みがありますのでね。
気持ちにゆとりがあります。
フライを作ったとき余ったとき卵を残してあったので、朝食はフレンチトースト!!

さらには、パン種もこねました。
強力粉と全粒粉をミックスしております。
賞味期限切れの粉を、ズルズルといつまでもとっておくのはあかん!
という気分になったのであります。


卵もバターも使わない、ベーグルならば比較的お手軽なのです。
お手軽なれど、このような作業は
「えいや!」
と腰が持ち上がらなければやれません。

えいや!!!!

「えいや!」
のついでにやったことは、メルカリへの出品です。
次男が残した衣装。
バンド時代の代物でしょうか?

捨てるに捨てられずクローゼットにしまわれていました。

10月…ハロウィンのシーズンです。
コスプレ衣装を探す方の目に止まることを期待して出品しました。

が、今のところ反応無し!

てくてく、ほくほく

 そしてそして、お楽しみの図書館へ。
てくてく歩いて行きました。

帰りは重たかった。
仮面ライダーの本は、担当児童のために。

ジブリの立体構造物展』は眺めているだけで楽しいの!

 ここまでやってまだお昼前!
午後は本やら、編み物やらまったり時間を過ごしましょう。
ああ、パンの整形もね!

四連休

GOGO!遠軽!!

 前回の記事のタイトルが
「三連休」そしてこの度は
「四連休」!!!
小学校の秋休みなのです。
前期後期の二学期制となり、土日も含めた計4日が学期間休業になっております。
支援員は、勤務を要さない日となり、お休み。
コロナ感染による自宅療養後、まともに5日間働いてないやあ!
初日の30日は、隣町のスーパーに併設された千円カットのお店にゴーしました。
平日の朝一番をねらって車を走らせました。

さらに!

どうせ隣町まで繰り出すなら…と、我が家の不用品を買い取り店に持っていくことにしました。
何度か利用している店舗なのですが、我が家の不用品などはほとんど価値もなく、数点まとめて出したところでせいぜい百円くらいにしかならないことを体験済みであります。

ですから、これ単独の用件として車を走らせたら、ガソリンの消費の方が勝るような気分になりますのでね。
ついでを狙っていたのです。
持ち出したものはこれら。

平置きしてご披露しておりませんので、何があるやら伝わりませんが、着ない冬物衣類、子ども服、おもちゃなど。
服など数円にしかならないのではないかしら??

まずはカット!!
襟足も、耳周りもギリギリまで切ってもらいました。
すっきり!!
スーパーの寄り道は一切せずに、帰路途中にある買い取り店へ荷物を携え入店。
査定の間は店内をウロウロしながら時間待ち。
さあ結果は???
おっ!!900円になりました。
予想より高く買取ってもらい、気分よし!
カット代980円也。
買取金額900円也。

本日の出費は80円のみ。

編み編みタイム

 午後は編み物です。

前回アップした写真。
唐突に現れた薄いグリーンの糸…見えますでしょうか?

茶色2本どりの太さが気になり、編み込み模様の変わるところは別糸で編もうかな?
と考えまして。
薄緑の毛糸を持ち出しました。

しかしながらこの糸を編み込むことに迷いはあったのです。
すでに3色使っているところにこの色を差し挟むのは
ありか?
無しか?
後から解く可能性を想定しながら編むこと数段!
それを前回記事にアップしたのでした。

それを見た娘からラインコメントが・・・。
「いっきにばあさん臭くなった」

「だよなあ。」
「やっぱりなあ。」

想定内とはいえ、自分の冴えないセンスに少々がっかり!

解いて白、黄、茶にて編み直し。
茶色は太めながら、全体の色の統一感は編み直して正解!
と感じさせるものになりました。

雑誌は上部にスリットを入れ、持ち手とするデザインですが、娘はしっかりした持ち手を付けて欲しいとのこと。
現在本体を編み上げ、持ち手を編む行程に入っております。
中袋も作って、乱れた糸が見えないようにして仕上げたいと思っています。
出来上がったら写真アップしますね!!

三連休

産業祭

 コロナ禍の影響を受けて中止が続いていた町のお祭りが、3年ぶりに開催されました。
9月23日秋分の日に例年開催されており、なんでもその日は「晴れの特異日」とも言われているらしく、産業祭りといえば澄みきった青空のもの華々しく開催される…そんな印象が強い祭りです。

ところが3年前、前回の祭は雨!


kyokoippoppo.hatenablog.com



そして、今年も開催直後に降り出した雨のため、イベントは屋内ゲートボール場で行われることとなりました。

町の中高生の吹奏楽の演奏があったため足を運びました。

私が今の小学校での勤務を開始したとき、小4だった子どもたちが中3になっており、みな知った子たち。
特に中1の子どもたちは、小2から卒業時まで添った子どもたちです。

次の高校生の演奏…。

そこには、前任校であったK小学校で、小1から5年間添った子どもたちが、すっかりお姉さんとなって演奏していました。
ユニホームとしてのTシャツのネームを見てようやく、
「あっやっぱりYちゃんだ!」
「おお!Tちゃんではないか!」
と確認できた次第。
さらには、役場職員として働いている3名の男性も職場で関わった子どもたち。

皆の成長した姿を見ることができて嬉しかった!
ひとつの地域で長く仕事をしているからこそ味わえる楽しみです。

おたのしみ抽選会は、山のような景品が用意されていたにも関わらず外れ!
ティッシュを一箱いただいて戻ってきましたよ。

本からもらう幸せ

 連休2日目は図書館へ。
入ってすぐの棚に陳列されていた敬老の日特集の数冊から引き抜いてきたこちら。


自宅にもどり数時間で読み終わりました。
気持ちが明るくなる内容で、とても良かった!

ミシンでバッグや小物を作って販売しているおじいさん!

著者はG3seuwingとなっておりますが、三女さんの語りとなっております。

ミシンでバッグや小物を作って販売しているおじいさん!

ミシンを始めたのが、82歳の時だというのですから驚きです。

もともとチャレンジ精神やバイタリティが溢れる元気じいさんだったのか?
と思われるでしょうが、さにあらず。

年金は、ご夫婦合わせて8万円弱という貧しい暮らしに加え、68歳頃からは、たて続けに病気に見舞われたとのこと。

大腸憩室症
大動脈解離
通風
糖尿病
これらの病を原因とする鬱病にもなり、家出や自殺未遂すらしたというのです。
淡々と書かれておりましたが、深刻な状況だと察せられます。


精神的に不安定で短気、家族を煩わす人、
早く死んでもらいたいと思わせるような存在の人だったと書かれていました。


そんなおじいさんとご家族が、一台の調子の悪いミシンをきっかけに人生の流れを変えてゆきます。

ミシンを扱い、作品を生み出すのは、G3と呼ばれるこのおじいさんなのですが、作品作りのアイデアを共に考えたり、販路を広げるためにSNSを駆使することを進めたり、作業を手助けしたり、検品発送業務を行うのは家族たち。

もちろん、どこの家庭でも真似できることではないし、たまたまこのご家族がつかんだドリームロードでしょと言ってしまえばそれまでです。

でも、人は生き甲斐や、やり甲斐を持つことに“遅い”ということはないのだなあと思わせてもらえたこと。
家族の形や思いも、常に変わる可能性を秘めていること
を知り、読後感は爽やかでした。

g3sewing.com

編み編みタイム

 本日連休3日目。
天候回復!
つくつく編み物をしています。
こちらB3(ばーさん)knitting
お金にはなりませんが・・・。
出来上がったら孫が使ってくれるそうです。

やる気スイッチ!

通常モードから離れてしまって・・・ 

 先週木曜日にコロナ療養期間を終え職場に戻ったものの、担当学年は閉鎖期間中。
担当児童も登校しておりませんでした。
宿題プリント作ったり、雑草に埋め尽くされた畑の草刈りをしたりして過ごしました。
そしてすぐに三連休。
出かける予定はナッシング!
通常モードから離れた期間が続き、リズムが乱れ、緩んだゴム状態の私でしたがこのままで良いものか???
せっかくの3連休を、本とスマホに明け暮れて良いものか?
これなら療養期間とさして変わらんではないか!!!!

さりとて何をする?

編み編みモードに突入

 そんな私がしたことは、押し入れにしまわれていた、毛糸の山を引っ張り出すことでした。



娘から発注が入ったのです。
これのトートバッグ版が欲しい!!
と。
いまだ気に入って使ってもらえていることは大変に喜ばしい!!
リクエストだって嬉しいこと!!
ただし・・・・
問題は注文を満たすための毛糸が残っていないことでした。


百均で手に入れたものとはいえ、わざわざ車を出して買いに行くのは何としても億劫。
また同じものが店に残っている保証も無い。
何より、これ以上毛糸増やしてどうする?
それ程の在庫の山なのです。


結局手持ちの毛糸で違うデザインのものを編むことにしました。
図書館で再びこれを借りまして・・・・

45リットル級の袋にいっぱいの毛糸の中から数玉まとまって存在するものを選び出しました。

色は?太さは?量は?

 うーむ。
考えどころです。

手をかけて編む以上、納得のいくものに仕上げたい。
(娘のリクエスト通りのものでないにしろ)
配色は大事です。
更に大事なことは糸の太さ、数種混ぜて使う場合、太さを揃える必要があります。
更に更に、量!
編んでいる途中で無くなってしまったら全ての作業が無駄になってしまいます。
とはいえ、これは編み始めてみなければ分からない。


とにかく始めてみました。

やる気スイッチが入りました。 

底になる部分の色が違うことにお気づきでしょうか??
最もおおく使うカーキ色が途中で足りなくなる心配があるため、底部分のみ、似た色で代用したのです。

そして数ヶ所編み込んだ茶色について・・・、
カーキ色も茶色も2本取りで編むのですが、茶色が微妙に太いのです。
太い上に、麻が混ざったような材質なもので、引き抜く際に軋む。

うーんどうしたものか!!??


そして苦肉の策となりました。

こちらは、とっとと捨てれば良いのに取っておいた布。
ここから茶系の糸を引き出し使うことにしたのです。
もともと使う予定だった茶色とミックスにして使います。
色が違うのでこんな感じ。

糸のつなぎ目が定期的に出現しまいますが、これは仕方無し!!
表に出ないように調整しながら編み込んでゆきます。



木の模様・・下部の白色のチョイスが適切だったものか??
気になるものの、もう解き編み直す気力はナッシングです。

2日間でここまで出来ました。
右腕に筋肉痛が発生しております。

療養期間終えました!!!

 コロナに感染して、自宅療養期間を過ごした私。
療養期間中は、部屋にこもって本を読んだり、ウトウトしたり…。
三食の心配することなく、お部屋にお籠りした一週間でした。
熱も長引かず、鼻水ばかりはびゃーびゃーでましたが、軽症で経過したといえましょう。

乱れ気味の部屋をながめては、
自室くらい片付けようか?
とか、縫い物くらいできるのではないか?
とか思ったものの、
全く「やる気スイッチ」入りませんでした。
読んだ本の感想だって、暇なのだから続けて書けば良いものを、文を組み立てる作業が億劫で気持ちが乗らず。

 
 療養期間を終えて、職場にも復帰しました。
コロナ感染が広がったことによる学年閉鎖期間が続いており、担当児童もお休み。
通常の勤務とは違う2日間を過ごし、三連休突入。

リズムが定まらない日々が続いています。
「やる気スイッチ」も入らぬまま。
ブログの話題も絞り込めず、本の感想はこのまま書かずしまいになりそうです。

ただ、コロナ感染したことを前回書き、それっきりにしておくことが気になっておりました。
せめて無事療養を終えた報告ぐらいするか!
とパソコンに向かった次第です。はい。

改めて・・・・
kyoko、後遺症を引きずることなく無事療養期間を終えました。


図書館にリクエストしていた本『家族』が手に入り、先程読み終えました。

何度も手痛く裏切られたけれど、それでも愛していた。
舞台は昭和40年代、港町にある、小さな古いアパート。
幸せに暮らせるはずの四人家族だったが、父は長男を、そして母を遠ざけるようになる。
一体何が起きたのか。
家族は、どうして壊れてしまったのか。
ただ独り残された「私」による、秘められらた過去への旅が始まる。
謎を解き明かし、失われた家族をもう一度取り戻すために。


うーん。
切ない気持ちになりました。
とてもとても切ない気持ちなりました。

著者である村井理子氏が営む家庭が、穏やかであること、争い事がないこと。
それが救いでした。

最後に、親ばかさせていただきますね。
長男の編曲作品です。
もし、お時間の余裕ありましたらポチッとして下さいませ。

ピアノ&絃のアレンジ。
www.youtube.com

こちらはピアノ連弾です。
www.youtube.com


 台風心配ですね。
大きな被害にならないことを祈りましょう。

人生の学校

 娘雪乃が登校できなくなってしまった。
物語はそんな状況下で始まります。

 
父親も母親も、真剣にそれと向き合うわけですが、二人の性格や人生の捉え方がそもそも違うのです。
「ねえ、航ちゃん。ものごとって、あなたが考えるほど簡単じゃないんだよ」
妻の英理子はそのような言葉で、娘の転校を考えてみては?という夫の言葉を断ち切ろうとします。
「思いつきでそんなこと言わないで!」
母親英理子の視線は、雪乃の今よりも、その先の中学受験に向けられているようにもみえます。
「転校などしたら受験勉強に集中できなくなるじゃない!」
夫航介は、
勉強ガリガリやってイイ学校へ進むのってそんなに大事なのか?
と問います。
「何言ってるの大事に決まっているでしょ!」
と間髪入れずに返す妻。

島谷家は三人家族たが、厳然としたヒエラルキーがあって、そのトップに君臨するのは英理子だ。航介の主張は、たいてい右から左へ聞き流され、まともに取り合ってもらえないことが多い。

父親の航介は、深く考えるより先に直情と感情で(つまり思いつきと気分で)ものを言ってしまう

そんなタイプなのです。


そのような違いを持つ夫婦ではありますが、普段は相手の個性を尊重し、魅力にも感じ、仲良く暮らしでいるのでした。
その平和を乱し、二人を混乱させ苦しめているのが自分の不登校という現実であることをひしひしと感じる雪乃は、そのことまでも背負って苦しめられるのでした。

私は大丈夫!
クラスの仲間の無視疎外なんかに影響されない!
始めのうちはそんな思いで登校を続けていた雪乃でしたが、身体がそれに耐えきれなくなってしまったのです。
とうとう倒れてしまい、その後はもう学校へ足を向けることができなくなりました。

 転校という手段を航介が口にしたのは、もちろん娘の苦しみを取り除いてやりたいからではありますが、航介自身も生活の拠点を変えたいというかねてからの望みがありました。
人は土と離れて暮らすことはできない。
ここではない場所で農的な暮らしを始めたい
という望みです。

結局
父娘は、航介の祖父母が暮らす田舎に拠点を変えて暮らしを始めることになります。

母親は出版業界での仕事を続けたく東京に残ります。

新しい場所での生活が始まりはするものの、雪乃の学校という場所への恐怖感は根強く、登校することができません。
秋が過ぎ、冬が過ぎ、新年度を迎え、6年生として進級するタイミングをも逃してゆきます。
しかしながら、雪乃は曽祖父曾祖母との暮らしを気に入っており、畑の仕事に力を貸すようになります。
興味も持つようになってゆきます。


 航介は、念願だった田舎(航介の故郷)で農業を営む暮らしをスタートさせ、はりきります。

新しい野菜を開拓してみよう!
働く人が野良着で立ち寄れるようなカフェを作ろう!
そんな構想も膨らむのです。


しかし、それに手厳しい意見をぶつけたのが、普段は滅多に苦言を呈することのない祖父。
茂三でした。
土作りというものを甘くみるな!
人の好意に甘えすぎるなということなのですが。
その言葉がね、ズン!
と胸に響くのですよ。

「なんも、挑戦が悪いとは言ってねえだよ。ただ、おめえの考えのもとになってるもんが、なんちゅうかこう、うわっかのことばーっかしに聞こえるだわ」

「ネットがどうの、芸能人の公開日記がどうのって、そんな連中のご機嫌伺いながら畑やって楽しいか。」

父親に対してそう諌める茂三の言葉、姿、その言葉を受け、本気で反省する父親の姿。
雪乃はそれを見て<人生の学校>のようだと感じるのでした。



さて、離れて暮らす雪乃の母親は?
雪乃の学校問題は?
カフェは軌道に乗るのかな?


それは皆さん本を手に取って楽しんで下さいませ。

家族、学校、農業、友情、心の病…様々なメッセージに富んだ作品です。
茂三、ヨシ江の方言(長野県)による語りがまた良いのですよ!

人それぞれに、経験や体験に即した考え方や感じ方があり、それがぶつかれば「違う」「受け入れられない」という衝突にもなるわけですが、それらと一つ一つ向き合いながら進んでゆく物語でした。


ご報告


 コロナの波がひたひたと近づいておりましたが、ついにその波をかぶりました。
勤務する小学校でちらほら感染が確認されていたのです。
低学年が立て続けに学年閉鎖になって程なく、現在学校閉鎖と相成りました。

私は現在自宅療養中であります。
部屋から出ずに、夫が運んでくれる食事(簡単インスタントメニューですが)をいただき、ゴロンとしています。
部屋の中でできること、縫い物片付けなどあるのですが、気力が足りない!
鼻水、咳、主な症状。体温は36度台〜37度台を行ったり来たりしています。
まっ、軽症の部類でしょう。

読む本も尽きてしまい。
困った…。



と思っていたら、お向かいのT.Yさんが、様々な食材に加え、図書館で数冊の本を調達して届けて下さいました!
ありがたや〜!

家族を書く人

 図書館に出向いては書棚から、スピリチュアル系のものや、人生指南ものばかり引き抜いていた一時の私。

 そこから離れて「物語」を手元に寄せたことは、小さくとも私の中に何らかの変化が生じたということだろうと感じています。
ある状況を脱したように感じるのです。

そんな私を、更に「こっちこっち!」
と誘ったのが、Mosgreenさんの記事でした。


【読書の秋 前倒し】 - 農家の嫁が働きながらこっそりつぶやく独り言


村井理子氏の作品を数点紹介したもの。

 私はその中の一冊、
『兄の終い』を過去に読んでおりました。

兄の終い

兄の終い

Amazon
村井氏の体験を生々しく語ったノンフィクションです。

記事にも残しておりました。

kyokoippoppo.hatenablog.com


ここに貼った道新書評がこちら。


社会の奈落から浮き上がることができなかったというお兄さん。
村井氏は憎んでもいたという。
憎みやっかいな存在でも、実の兄が、その息子と汚部屋を残して世を去ったとなれば、知らぬふりもできません。

家族の物語…しかもその暗部を書き残す。
これはいったいどのような、心境でなされるのでしょうか?

もちろん、誰でもが体験する出来事ではないので、とても嫌な言い方をすれば、題材は「ネタ」にもなりましょう。
でもそれだけの理由で、この作品が生み出されたとは考えられません。

人は誰でも、味わった時間を、スルスルとなんの抵抗も無く通過して、先へ先へと滑るように進むわけではないのですね。


ある人は文学作品にして、
ある人はブログ記事にして、
書くことをしない人なら人に語る行為によって、
自分の体験を振り返り、なぞりなおし、再度取り込んで、苦しかった体験をも、自身の血肉(人生の蓄えのようなもの)にしていこうとするのでしょう。
別の言い方をすれば、そんな体験こそが人の血肉となっていくのかもしれません。


さて、
Mosgreenさんの、記事に出会ったのが8月27日のこと。
その2日後、私はのんちさんによるこの記事に出会いました。
nonchi1010.hatenablog.com

のんちさんが、本屋をはしごしてそれでも手に入らず、ネット注文で手に入れた本が、
まさしく
『兄の終い』なのでした。

さらに彼女は、ご自身が向き合い身体を動かしやり終えた、叔父さんに当たる方の、「終い」について綴っています。

のんちさんも、このようにしてご自分の体験を書き残したのです。
残さずにはいられないというような、衝き上げるような思いだったのではないでしょうか?

それが、このようなタイミングで私の目の前に現れたことに、偶然を越えた不思議なものを感じたのでした。

社会の底辺に生きることを、わざわざ求める人はいませんし、そんな人や出来事は自分自身からできるだけ遠ざけておきたい。
それは私の、おそらく私たちの本音です。
それでいながら、そうなるしかない人の生き様や、それを見つめる家族の現実というものに、思いが向き引き寄せられ、しみじみとさせられるのは何故なのでしょう。


こちらのノンフィクションにも・・・

 村井理子氏の他の作品に触れたくて、私は早速図書館に向かいました。
そして、気の向くままに書棚から何冊か引き抜いて持ち帰ってきました。
「む」で始まる著者である、
村上由佳の作品も2冊。

『命とられるわけじゃない』(ノンフィクション)
『雪の名前』(フィクション)

村上氏は大のネコ好きで、『命とられる〜』は、愛猫との死別1年後に、運命的に出会った猫との交流が綴られています。
その語りの底流に、見え隠れするように語られているのが、彼女の家族の関係です。


 猫と運命的に出会うのが、お母様の病状悪化から臨終、その後の通夜葬儀のタイミングですのでね。
それに伴う家族親族のバタバタ、ワタワタのやりくりが当然発生し、それも語られるわけです。
で…
そこに登場する、「兄」がですね・・・・・
次兄だけなのですよ。

長兄である方が実の親の通夜葬儀に顔も出さない、といより知らされてもいない、いや、知らせようがない関係となっているのでした。
お兄さんは、二十代前半の頃、両親との仲がこじれて家を出てしまっていました。
その後しばらく保たれていた兄弟間の交流も無くなってしまい音信不通になってしまっているというのです。

我が家が特別変わっていたわけではないと思う。家族が、途中でひとりの欠員も出さずにずっと同じ家族をやっていられるというのは、じつはちっとも当たり前のことではなくて、奇跡に等しいことなのだ。

彼女はこのように書いています。


ああ、ここにも、得体の知れない家族の暗部がありました。
あくまで、猫との出会いがこの作品の主題なので、長兄と家族については、これ以上のことは書かれていませんが、私の心に強く残りました。


また、村上由佳氏とお母様との母子関係についても、感情の行き違いがあったこと、
母親の臨終が迫ってきても、一向に感情が動かないご自分の有り様に戸惑う様子なども書かれていました。


 深く関わり合い、様々な感情を刻印し合う家族。
村井氏や村上氏が、それと向き合い、作品として残してくれました。

一つとして同じ形はない家族の姿。
しかしながら、これらの作品の中に、わずかながらも重なるものや、相似する欠片を見ることができるのでした。
そして、それがこれらの作品の魅力にもなっていると感じた私でした。




次回は、村上由佳氏のフィクション作品の方、
『雪の名前』を紹介しますね。

見つけたこちらも、貼っておきましょう。
kangaeruhito.jp