犬ものがたり③・・・そりをひく

芋づる式に思い浮かんだ本

 『その犬の名を誰も知らない』・・・・・この本のことを知ったとき、同時に頭に浮かんだのか、『極夜行』です。
何ヵ月も太陽が顔を出さない極夜の世界を、犬と共に探検した角幡唯介氏によるノンフィクションです。
こちらは北極圏の探検。
心に深く残る作品でした。
行動を共にしたウヤミリックという名の犬は、この探検 この作品になくてはならない存在です。

その犬の名を誰も知らない

その犬の名を誰も知らない

極夜行

極夜行

厳寒の極地
そりをひく犬
人との絆

二冊に共通する世界が感じられ、興味を持った私は、『その犬の名を誰も知らない』をすぐに図書館にリクエストしました。
手に届き読んだ作品は、期待を裏切りませんでした。

 この本は、第一次南極越冬隊の犬係りであった、北村泰一氏監修のもと、嘉悦洋氏によって書かれました。
タイトルだけをみれば、1968年に遺体で発見された‘’第三の犬‘’の真相を探ることが主題のように感じられますが、南極に渡った全ての犬にスポットを当てた物語となっております。

連れて行かれた犬

 そもそも、北極や南極やへ行きたい!!などと思うのは人間たちでありまして、その人間の欲望や達成感、使命感のために連れていかれたのが、ウヤミリックであり、北海道中から集められたカラフト犬たちです。
カラフト犬たちは、個別に飼われておりました。
彼らを集団として動けるように訓練するのもひと苦労だったのです。
首輪につなげは、自然にそり曳くというわけではないのですね。

 第一次南極越冬隊の犬係りであった北村氏ですが、犬に関して専門知識があるわけではありませんでした。

超高層物理学の領域であるオーロラ研究が、北村氏の本来の仕事なのです。
だからといって、犬の訓練や世話がサブ的な役割というわけではありません。
犬たちの統率、健康の管理は、この事業成功のための要でした。

 1956年、北村氏は稚内樺太犬訓練所にやってきます。
「こいつらは、いったいなんだ。犬じゃないだろう。」
北村氏の第一印象はこのようなものでした。
大きな体を持ち、猛獣のように吠えたてるどう猛な犬たち。
「俺にはコントロールてきそうもない。」
北村氏は早くも自信を失います。

 犬たちに餌をやる順番も決まっていました。
先導犬のリキはには真っ先に与えなければなりません。
彼の誇りを尊重するためです。
そのことを教わった北村氏は
「犬が誇りを持つ?犬にそんな意識はないだろう。」
と思うのでした。

そりを曳く

 箱に入れられ陸路を運ばれ、さらに海路を揺られ、犬たちは南極へやってきました。
訓練の成果を徐々に発揮し、彼らは、なくてはならない立派な戦力になってゆきます。

 円丘氷山を進む場面です。

ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。
カッ、カッ、カッ、カッ。
グッ、グッ、グッ、グッ。
犬たちの荒い息、せき込むような音、首が首輪で絞めつけられるような音が、犬たちが漸進する雪の下から聞こえてくる。
10メートルも進むと、犬たちは動けなくなる。雪の塹壕の中で次々に倒れ込む。それでも何とか立ち上がろうとする。前足を突っ張り、後ろ足をがに股のように開いて体を支え、1センチでも前に行こうとする。首に食い込むロープ。苦痛のあまりアンコが悲鳴を上げる。それでも進むもうとする。
 炎のような犬たちの闘争心。北村は圧倒された。そして叫んだ。
「トゥ!トゥ!(進め、進め)」
それは命令ではなかった。励ましでもなかった。祈りに近い不思議な感情だった。
 北村の絶叫に、真っ先に反応したのは風連のクマだ。
 太くたくましい前足に反動をつけて起き上がろうとする。ようやく前足は立ったが、痙攣しているように、ぶるぶる震えている。風連のクマは、鋭い歯をむき出しにし、後ろ足に力を込めた。立ち上がったと思った直後、滑る雪床に後ろ足を取られた。ドウッと横倒しになる。口は大きさ開き、両端から白く泡立ったよだれが噴きこぼれた。

(漢数字部分はアラビア数字で表記しました。)

 素晴らしい描写です。
人間と犬たちが一体になって進んで行く様子が伝わります。
隊員はソリの上からただ「トゥー!」
と命令を下しているわけではありません。
この場面、この犬たちが行く道はあまりに深く、ラッセルによっていくらかでもならされた道なのです。
北村氏を始めとする隊員が、ハッ、ハッ、ハッと息を切らし、犬の行く道を踏み固めてやったのです。
そりの進行速度を高めるために必要な仕事・・・汗をかけば重度の凍傷のおそれもある、厳しい行進です。

このような苦闘の末に隊員たちは、人類未踏のボツンヌーテンの麓までやって来ました。
犬たちをここに、残し隊員たちは登高にかかります。
そして・・・・頂上制覇。
真下には自分たちの黄色いテントが見え、犬たちは整然と一列に並んで待っているのでした。

犬たちは人間の気持ちをしっかり受け止める存在てある。
自らも確固たる意思を持つ存在である。

震えるような感動と共に、北村氏はそれを知るのです。

ウヤミリック


 『極夜行』で探検の共をするウヤミリック。
こちらは群れではなく一匹でのお供です。
北緯77度47分にある猟師村、シオラパルクで育った犬。

まだ一歳だった頃、ろくすっぽそりも曳けない頃からの旅の相棒でした。
この犬なしで極地を歩く気はしないと思うほど、角幡氏のウヤミリックに寄せる愛着は強いものでした。

可愛い顔をした愛嬌のある相棒なのです。

犬は一日の前半こそ息を荒げて頑張っているが、後半になると頑張りの証拠であるゼーハーゼーハーという呼吸音が聞こえなくなり、さぼっているのが、明白になった。冬に入ったばかりで訓練不足なのはわかるが、極寒の極地の旅で橇を引かない犬ほど腹立たしい存在はない。
橇には犬の餌を積んでいるだけに、疲れと寒さが重なると犬にたいする怒りを抑えるのは難しくなった。
犬の呼吸音が聞こえなくなると、私は後ろをふりむいて、「てめぇ!橇引けって言ってんだろ!」と怒鳴り気合いを入れなおした。顔も心の底からムカついていたので、自然と鬼の形相になっていたのだろう。私が怒ると犬は恐れをなして橇を引き始めるが、しかしやはり途中で疲れてしまい一日の後半になるとどうしても橇引きの力が落ちて、行動を終了した途端にうずくまってしまう。

(適宜改行をしてあります。)
(後ろを振り向き犬に怒鳴るとあり、角幡氏とウヤミリックは共にそりを引いているのでしょう。)

風で抉(えぐ)れた氷床・・・・巨大なサスツルギが広がる氷の上を、重たい二台の橇を進めてゆく場面です。

サスツルギは、雪の表面が、風で削られてできた模様です。 風の吹いてくる方が鋭くとがり、風の向きにそって、なだらかに伸びているので、その形から風の向きがわかります。 大きなサスツルギは高さ2メートルにもなります。

極度に冷えた氷は水気を含みません。
橇のランナーは、まるで砂の上を行くような抵抗を受けるのです。
ましてや
唯一の光である月が欠けてゆく頃。
角幡氏は元気のないウヤミリックを見て、
極夜病にかかってしまったのか?
と心配するのでした。

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極地


そり

・・・それらが織りなす風景を感じていただけたでしょうか?








※(「そりをひく」に関して・・嘉悦氏は「曳く」を使い、角幡氏は「引く」で表記しております。この記事では、できる範囲で著書に合わせて記述しました。)