何を伝えるのか?

「ペーパーボーイ」

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

『ペーパーボーイ』の感想を残しておこうと思います。

この本は、はてなブロガーの「Pocket Garden」さんの記事で知りました。

Pocket Garden ~今日の一冊~
大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

未知なる魅力的な本が、たくさん紹介されております。

jidobungaku.hatenablog.com



「メンフィス」を舞台にしたお話です。
メンフィスは、アメリカ南部ミシシッピ河畔にある町。

時は1959年。
あらら・・私が一歳の赤ちゃんだった頃ですねえ。
著者であるヴィンス・ヴォーター氏の体験に基づく物語です。

 少年は、野球仲間のラットが夏の休暇で農場へ行っている間、彼の新聞配達を代わってやることにしました。

家々のポーチに向かって新聞を投げ込むという、アメリカ流のとでもいうのでしょうか?そんな新聞配達のやり方。
家族の衣類を洗い家族の食事を用意し、少年の心身のお世話までするのが、家で雇われている黒人のメイドさんであること。
人種差別が当たり前だった頃の社会の様子。
ポーチに置かれたブランコの存在など・・・・
土地と時代を隔てた物語には馴染みのない設定が随所にみられました。
しかし、物語の大切な部分は、十分今に通じるものだと思えます。

 少年は迄音症という困難を抱えております。
特に「B」や、「P」で始まる音が出しにくい。
さらには、BやPで始まるわけではない自分の名前さえ発音しにくいのです。
Nも苦しい。
だから大好きなメイドの名前も
ミス・ネリーと呼べないのです。
代わりに
「マーム」って呼ぶのです。
友達「ラット」の名前も本当は「アート」・・
でも少年は、自分がいくらかでも安心して発音できる「ラット」というあだ名を彼に付けました。

コントロールに優れた豪速球を投げることができる少年ですが、
唇から発せられる言葉は、つかえ、とぎれるばかり。

ですから、配達はできても、週一回課せられる集金はできるだろうか?
少年はそれを怖れるのです。
「ぼくは新聞配達員です」と・・・・
つまり「Paperboy」であると名乗って集金できるだろうか?と。
そんな、怖れを抱きながらも少年はこの仕事に挑みました。

いかに言いにくい発音を避けて通るかを常に考えている少年。
ssssと‘’やさしい息‘’で調整しながら、次の音の準備をしなければならない少年。
伝えたい言葉を届けたくても、自分の苦手なBや、Pや、Nを認めるやその言葉は発されず、内部に溜め込んでゆく少年。

 彼は言葉をタイプに打ち込むことで、積もる言葉を吐き出すのでした。

配達担当となる住宅街・・・そこが少年にとって初めて接する”外の世界”となります。

美しいものの決して幸せそうなはみえないマダム。
居間でテレビにかじりついてばかりいる少年。
そして、不思議な語り口で少年に向き合う男性。
町をうろつく廃品回収の男、R・T。

少年を揺ぎない敬意と共に迎え交流を始めたのが、独特の語り口で会話をするスピロさんです。
たくさんの本と暮らす旅好きなスピロさん。
不安を抱えながらも外の世界へ踏み出したこの少年に対して、糧となるものを差し出すことのできる稀有な存在として登場します。

発音に困難を抱えていない人々がする話の多くが、なんと無意味で無駄なものばかりであることか!
少年の中にあったこんな疑問が、スピロさんに投げられました。
「人間に言葉が与えられたのは考えをごまかすためだ。」
スピロさんはこんな風に答えます。
少年は、大切なことはどう話すか?ではなく、何を話すかであると気付くのでした。

発音の怖れを前に、怯むことの多かった少年は変わってゆきます。
「B」や「P」や「N」が含まれるか?
と、まず先に考えを巡らせていた少年は、
何を伝えようか?と思うようになります。

「集金業務」という彼にとっての冒険に合わせて、大切なじぶんの宝物をメイドの「マーム」とともにR・Tから取り戻すという冒険も重なります。
ここでは詳しく触れませんでしたが、メイドの「マーム」の人柄と勇気も、大変魅力的です。
”テレビかじり付き少年”の真実も物語の終盤で明かされ、「そうだったのか・・」と思わせます。

  *    *    *

  この少年・・・著者であるヴィンス・ヴォーター氏の迄音症は、消えてなくなることはありませんでした。
ヴィンス氏は、覚え書きの中で次のように書いています。

 この物語はわたし自身の物語なので、フィクションというより回想に近いと言えます。
主人公はとてもつらい言語障害とつきあっていく過程で、人生は迄音以外に大事なことがいくらでもあることを学んでいきます。

迄音であることを遠ざけず、怖れることをやめたヴィンス少年の物語だったのですね。

以下、本書巻末の著者紹介の一部を記載して、記事を閉めましょう。

ヴィンス・ヴォーター氏はメンフィス生まれ。
地元の新聞記者として四十年余にわたってジャーナリズムの世界で活躍しました。
子どもの迄音者の心理に踏み込んだ作品がなかったことから本書の執筆を思い立ったということです。
この作品は2014年度のニューベリー賞オーナーブックに選ばれました。

 言葉を発することに、何の抵抗も感じない私ですが、
大事なことは、「何を伝えるのか?」なのだということを、しっかり胸にとどめておきましょう。


Pocket Gardenさん、素敵な本を紹介下さり、ありがとうごさいますました。