『あしたの幸福』

 図書館で本を借りてくる。
自宅にて開く。
読み続ける意欲が湧くか?湧かぬか?
先日は、せっかく借りたのに翌日返却なんてことになりまして、そこでまた数冊を見つくろい自宅に持ち帰りました。

そして出会えました!
素適な本に。
『あしたの幸福』(いとうみく著)
いとう氏は児童文学作家ということで、作品は青少年向けのものでしたが、味わい深く、おもしろく読み終えました。
読後感も爽やかでしたよ。

 
ページをめくって早々にショッキングな出来事が起こります。

主人公は雨音、中学生。
父子家庭で育った女の子です。
ところが、ある日突然に父親を失ってしまうのです。
交通事故でした。

さあて、どうなる!
この先の思いがけないストーリー展開も“味”ですので、これは伏せておきましょう。

言葉

 主人公の雨音さんは、人の感情に深く思いを向けてしまう、そんな性分を持っています。
自分の言葉は相手にどんな影響を与えるだろうか?
音声にしろ、ラインのメッセージにしろ、自分の発信に細心の注意を払う、そんな人物です。

しかし、世間にはそんなデリカシーを持ち合わせない人物も存在します。
父を失った彼女に、
「大丈夫?!」
「大変だったわねえ。」
などと話しかけてわざわざ、保護者を失った現実を彼女に追体験させてしまう近隣の女性。
彼女は「親切な大人」という面を被って彼女に言葉をかけるのです。
しかし、彼女の隠れた本心は、他人の暮らしへの興味関心でしかないのです。

 雨音の担任の先生も、配慮に欠ける言葉を放り投げてしまう人。
「お!元気そうで良かった!」
「何でも相談しろ!」
などと言う。
もちろん悪い人ではない。
悪意などはこれっぽっちもないのです。
でも、彼の言葉は、不幸な出来事に見舞われた生徒にはこんな感じかな?位の浅い思いから発せられています。
マニュアル本の中から引っ張り出してきたような言葉。
学級では、他生徒に向けて
「頑張っている彼女の力になってもらいたい。」
などと発信してしまう。
「いりません!」
とっさ反応した雨音の声。

記号のような…

 さて・・・事故から程なく、事態は動いてゆきます。
雨音の新しい暮らしが始まるのですが、そこに現れる人物が、「言葉」に関して大いに困難を抱える人なのです。
本書の中で、この人の病名は明かされていません。
物語ですので、彼女の抱え持つ欠落が、実際の何らかの病名や障害ときれいにマッチしているのかの判断はできません。
おそらく自閉症スペクトラムの範疇に入るのでしょう。
それに加え、自身の感情もストレートに受け取り表現することが苦手、そんな人物として描かれています。
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国吉というこの女性にとって、言葉は記号のようなもの。
それ以上でもそれ以下でもありません。
普通そう思うでしょ、ということが分からない。
そういう意味で言ったのではないよ、ということも分からない。
いやいや、全て予定通りでなくても良いし決まり通りでなくても大丈夫ということも簡単には分からない。 

人とのコミュニケーションに関して、大いに問題有りの人なのです。
「欠陥人間」と呼ばれてきた人なのです。

そんな国吉と、雨音との会話…
おお!そう来たかあ!
とおもしろい。
そして、欠陥人間と呼ばれた彼女と雨音との関係の変化も、とても味わい深いのです。

雨音と国吉さん、そして父の恋人だった帆波さんや雨音の同級生廉太郎も加わり織りなされる物語。

言葉について、「思い」について、優しさ、慈しみについて考えることができました。