犬ものがたり④・・・・白瀬南極探検

3冊の本

 『その犬の名を誰も知らない』を紹介するブログ記事に触れたとき、すぐに連想したのが『極夜行』であり、もう一つは『熱源』でした。
それぞれに共有する世界があり、私はそれを拾って書き残したくなったのです。
前回は『その犬の名を誰も知らない』と『極夜行』を並べて、極地でそりを曳く犬の姿を書き残しました。
今回は連載4つ目。
『熱源』を並べてみます。

その犬の名を誰も知らない (ShoPro Books)

その犬の名を誰も知らない (ShoPro Books)

  • 作者:嘉悦 洋
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: 単行本
極夜行

極夜行

【第162回 直木賞受賞作】熱源

【第162回 直木賞受賞作】熱源

もちろん『熱源』は探検物語ではありません。
主人公の一人であるヤヨマネクフが、白瀬矗(のぶ)と南極へ行ったことは記述されておりますが、それが物語の主題ではありません。


それでも、樺太犬の世話係として南極へ行ったヤヨマネクフのことは私の心に新鮮に残っており、『その犬の名を誰も知らない』から、即座に連想されたのです。
また、白瀬南極探検では南極撤退時に樺太犬を置き去りにしております。それも54年後の第一次南極越冬隊撤収時の痛ましい出来事と重なるのです。
(  )部分はリライトしました。
3冊の本は分かちがたく私の心に住みついてしまいました。f:id:kyokoippoppo:20200414192054j:plain:w500

ブログ記事を書くに当たって再び『熱源』を手元に置こうと、図書館を訪ねました。

人気本のためどなたかが借りていて、書棚には残っていませんでした。
仕方なく予約をいれましたが、そうこうするうちに全国的な「緊急事態宣言」となり、図書館は閉鎖されてしまいました。
(前回北海道独自の緊急事態宣言のときは開館していたのですけどね。)

白瀬南極探検

 
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情報を補うため、ネット検索を頼ることにしました。
「ヤヨマネクフ」と打てば日本名山辺安之助」がでてきます。
Wikipediaには、彼の南極行きのことや犬の置き去りについての記述もあります。








f:id:kyokoippoppo:20200426111106j:plain:w200:left当時隊長だった白瀬矗ついても調べてみました。
おおおお!!!!何かすごい写真ですね。
当時、極地へ赴くとなるとこのような装備だったのですね。

探検そのものをここに書き残したいわけではないので、白瀬南極探検については、極々簡単な説明で済ませましょう。












1910年
積載量がわずかに204トンという木造帆漁船に中古の蒸気機関を取り付けた船「海南丸」にて芝浦埠頭を出港。
極地での輸送力として連れて行かれた犬29頭は航海中に次々と死んでいった。


明治44年(1911年)2月8日に、ニュージーランドウェリントン港に入港。
物資を積み込み、2月11日、南極に向けて出港したが、すでに南極では夏が終わろうとしており、氷に阻まれて船が立往生する危険が増したため、5月1日、シドニーに入港。


その後、探検用の樺太犬を連れてシドニーに戻った多田恵一を加えた隊は、明治44年(1911年)11月19日に出港した。
明治45年(1912年)1月16日、南極大陸に上陸。

その後、クジラ湾より再上陸し、1912年 1月20日、極地に向け出発した。
この時点では南極点到達は断念し、南極の学術調査とともに領土を確保することを目的とした。
しかし、白瀬らの突進隊の前進は困難を極めた。

同年1月28日、帰路の食料を考え、南緯80度5分・西経156度37分の地点一帯を「大和雪原(やまとゆきはら・やまとせつげん)」と命名して、隊員全員で万歳三唱、同地に「南極探検同情者芳名簿」を埋め、日章旗を掲げて「日本の領土として占領する」と先占による領有を宣言した。
なお、この地点は棚氷であり、領有可能な陸地ではないことが後に判明した。

付近一帯を大和雪原と命名した白瀬隊は、明治45年(1912年)2月4日に南極を離れ、ウェリントン経由で日本に戻ることとなった。いざ南極を離れようとすると海は大荒れとなり、連れてきた樺太犬21頭を置き去りにせざるを得なくなった(6頭のみ収容。)

 6月19日に横浜へ回航、そして、6月20日に出発地である芝浦へ帰還した。
約5万人の市民が開南丸の帰還を歓迎し、夜には早大生を中核とした学生約5,000人が提灯行列を行った。


 この探検は、日本の国土と宣言したところが棚氷であったり、仲間うちの内紛ありで混乱続きだったようです。
また事後の金銭疑惑も持ち上がり、白瀬矗の晩年は苦労も多く淋しいものだったようです。
何より南極に犬を置き去りにせざるを得なかったという現実は、この探検の汚点であり、当時の人々に少なからぬ衝撃をもたらせました。

二度とあのようなことをしてはいけない

時が流れ終戦後。
『その犬の名を誰も知らない』に舞台を移しましょう。
 第一次南極越冬隊が樺太犬を連れていくことを知った人々が、これに対して大きな不安を感じたとしても不思議はありません。
白瀬南極探検時の悲劇を知る人はまだ多く残っていたのです。
反対運動が組織化されるまでにもなりました。
 

 埼玉県在住の成瀬幸子さんを中心に「樺太犬を見守る会」が発足した。
犬たちを南極から絶対に帰還させてください」
 成瀬さんたちは熱心に嘆願運動を展開した。運動に賛同する波は愛犬家の枠を超えて、日本中に広がりつつあった。
 理由があった。かつて日本陸軍の軍人、白瀬矗が率いた南極探検隊は、南極から撤収する際に多数のカラフト犬を南極に置き去りにした。この「白瀬事件」は多くの日本人に衝撃を与え、苦い記憶となっていたからだ。
 その事件が起きたのは1912年2月4日。白瀬は犬たちを南極に残したまま突然出航命令を発した。
 何が起きたのか、犬たちにはわかるはずもなかった。
置き去りにされた21頭のカラフト犬たちは、無邪気に尻尾を振った。やがて、乗せてもらえないのだと悟ったのか、犬たちは氷雪に立ち尽くし、咆哮した。人間に尽くした末に、犬たちは南極で見捨てられたのだ。

  『その犬の名を誰も知らない』より(漢数字はアラビア数字に変換いたしました。)

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1965年11月8日。
22頭の犬を乗せた「宗谷」は晴海埠頭を出港しました。
(22頭のうち3頭は体調不良のため日本に送り返されている。うち一頭は帰国途中で死亡)

それを見送る人々の中にいたのが白瀬隊の一員であった多田恵一氏です。
彼は白瀬南極探検時、樺太犬を連れてシドニーへ戻り隊に再び合流した人物です。
(上記青色部分)
(写真は探検当時のもの)




再び『その犬の名を誰も知らない』から抜粋します。

多田恵一。七四歳になった多田は白瀬南極探検隊の一人だった。白瀬の命令だったとはいえ、多数のカラフト犬を見殺しにしたことに苦しんできた。
「あんなこと、二度とやってはいかんぞ」
 遠ざかる宗谷を見つめる多田の目は、そう語っているようだった。

やまとゆきはら

 ネットの海を漂っておりましたら、
「おおおお!!!!」
いいものを見つけました。
「やまとゆきはら」という絵本です。

流氷群、猛吹雪、不足する食糧。アイヌ人隊員の懇願もむなしく、犬を南極に置き去りにして出航を命じた隊長白瀬。明治時代の日本人を描いた壮絶なノンフィクション絵本。

以下、絵本ナビによるあらすじです。

 100年ほど前の明治43年夏。当時日本の領土だったカラフトの小さな村に、カラフト犬がほしいとの依頼が届いた。南極探検のためのそり犬を求めてのことだった。応えて二人のアイヌ人が、犬をつれて白瀬南極探検隊に参加した。
 世界探検史上に名をとどめるアムンセンとスコット。同時期に南極を探検した日本人白瀬。そして白瀬をささえて犬ぞりを走らせたアイヌ人隊員。
 長い船旅の途中でのあいつぐ犬の死。流氷群に取り囲まれてのやむなき撤退。再挑戦と、上陸してからの猛吹雪との遭遇。不足する食糧。せまりくる遭難の危機。犬と人とが体力を使い果たした最終地点「やまとゆきはら」。探検への熱い意志と冷徹な判断。撤退の時、白瀬はアイヌ人隊員の懇願もむなしく、20頭の犬を南極に置き去りにして出航を命じた。
 生身の人間の探検も冒険も、現実感を失いつつある今、読んでいただきたい、ひいおじいさんの時代の日本人を描いた壮絶なノンフィクション絵本。

(太字はkyokoによる)
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二人のアイヌ人・・・・
ああヤヨマネクフシシラトカではありませんか!!!!

この本読みたい!!
しかし図書館は閉まっている。
在庫にある確信も無い。

私買いました!!
なんとヤフーオークション初参戦で!!
いつどのように使ってよいものやらわからずにいたpeypeyでの支払いも出来てうれしかったあ!!


”心に残った3冊の本”などと言いながらも、私はもう本を買うことはしないでおります。
全てを図書館で済ませます。
もう、人生のお片づけ態勢に入らなくてはならないからです。

でも、この本は手に入れたいと思いました。
『熱源』によって知った二人、ヤヨマネクフシシラトカを私は素通りできないのです。

ヤヨマネクフ(左)とシシラトカ(右)の写真はこちらからお借りしました。
ヤヨマネフク | 帝國ノ犬達



次回はいよいよ「置き去りにされた犬」を書こうと思います。
絵本も手元に届いているかもしれません。