「とある町」はとなり町

これ!!読む!!!

 まずは、よんばばさんのブログ記事を貼り付けましょう!!
hikikomoriobaba.hatenadiary.com
『光る犬』・・・松家仁之著の感想と紹介です。

これほど引き付けられ、心を揺さぶられるのはなぜなのだろう。取り立てて感情移入する人物がいるわけではない。
しかし、どの人物も自分である、とも思う。そうして読み終えると自分の生き方について、考えないではいられない。

この感想に触れ、
「これ!!!読む!!!」
と即決した私。

さっそく図書館へと向かいました。
「在庫でありますよ~。」
と言いながら書庫へと向かった司書のTさんは、2冊の本を手に戻ってきました。
同じ松家氏の作品である『沈むフランシス』も加えて、私に手渡して下さいました。

そして驚くことをおっしゃった!!
「これ・・・遠軽が舞台だとしか思えないですよ!」
「えええ???!!!!!」
そうなのですか??
では、謎解きする気持ちで読んでみましょう。

「えだる」は「えんがる」

 もう・・・謎解きするまでもない・・「枝留」は「遠軽」なのでした。
これは、「道東のとある町」を越え、遠軽っぽい町」であることも越え、遠軽でした。
私の住む町の隣町です。
ただし、お話の舞台となっている時代は町村合併以前ですので、その時は、「隣のそのまた隣の町」ですがね・・。

 はてなブロガーさんの記事で知り、心惹かれ手に取った作品の舞台が極身近な町であった驚きを、記事にしたくなりました。

その前に、よんばばさんにちょいと問い合わせました。
著者である松家氏があくまで「とある町」とし、あえて「枝留」と名を変えた舞台。
よんばばさんも「とある町」として受け止め、読み終え心に残ったこのお話の舞台。

私が知っている場所だったからって、よんばばさんの記事を貼り付けまでして関連付け、自分の記事を書き進めてしまって良いものか???
とある町の実像を書き立てることで、損なわれてしまうことがありはしないか??と思ったのです。

うふふ、快諾いただきましたの・・。
ですから書くことにいたしました。

これは、感想文ではなく枝留紀行文よ!!

自分の趣味と満足のためだけの記事です。

私の記事は毎度そんな風ですが・・・
連載になる可能性も・・。

智脚岩

 添島始添島家3代に渡る物語において、プロローグとエピローグを飾る男性。
その中学生時代・・彼女とのデートで智脚岩(ちきゃく岩)に登る場面。

頂上に着くと枝留の町をしばらく見渡して、とりとめのない話をした。
玩具のように小さいディーゼル車が駅に入って止まり、また出ていくのを見た。
湧別川の光る水面は流れているようには見えなかった。
音も聞こえなかった。


この智脚岩は瞰望岩(がんぼういわ)です。
以下過去記事より抜粋

インカルシの象徴となった瞰望岩は、駅の裏手に堂々と姿を見せております。
いつも目にする景色なので、当たり前のように受け止めておりますが、なんとも不思議な場所にある奇石といえましょう。

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(画像は地質情報ポータルサイト内の日本の奇石百景十より)


よんばばさん!!
天文台も見えますでしょ!!

こちらも過去記事から。

ワタシはすっかり「ここの人」になりました。
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 ですから、町の図書館に所蔵してある『王道の狗』にこれらのページを認めるや、私は先に述べたような反応をし、さっそく借りて読み始めたのでした。

『王道の狗』の作者は安彦良和
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年12月9日 - )は、日本の漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督、イラストレーター、小説家。 北海道紋別郡遠軽町出身。埼玉県所沢市在住。

結婚してすぐのころ、訪ねてきた弟を連れてここを訪れ、岩の突先に張り付いて撮った写真がありました。
それも紹介しようと思い探したのですが残念・・見つかりませんでした。



そうだわ!ならば・・以前写真に収めておいた遠軽駅の新聞記事を貼り付けましょう


えいや!!!!冬の遠軽駅です。
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こちらはどなたかの水性ペンによるもの。
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遠軽駅に寄せる私の思いを綴った過去記事の文章を添えて・・。

 
 この遠軽駅の絵は、ある方が水性ボールペンで描いたものです。
北海道新聞に掲載されたものをコピーし、これも子どもたちのアルバムに使いました。
今は高速バスという交通手段もありますが、JR遠軽駅は長らくここと札幌をつなぐ玄関口でした。
故郷を離れるとき・・・我が子たちはこの階段を上がって旅立っていったのです。
駅までの送迎をする私は、この階段を昇って姿を消す子どもの後ろ姿を様々な思いで見送ったものです。

子どもたちがここに戻るとき・・私はここの階段を昇って改札口に立ち、我が子の姿が現れるのを待つのです。

大きな岩・・そしてその下にたたずむ駅。
私にとっても、しみじみとした思いとともに有る存在なのです。




遠軽紀行・・続けるか?どうするか??
ちょいと考え中です!!