そしてここまで・・

 こんなにたくさん、こんなに事細かく書くつもりではありませんでした。
次男のことを書くにあたっては、そこそこに気合が必要でしたから、次男の思い出の品を整理することをきっかけにして、なんとかスタートしたのです。
 浮き沈みの激しい暮らし、度重なる転居、私の記憶はあいまいで、備忘録のメモと、彼のアルバムを引っ張り出して書くこととなりました。
そこには長男や、妹である長女の苦難も綿綿と記載されておりました。
個々の子どもたちの苦しみもさることながら、それを見てきた私・・・
そう・・・私の記録として残しておきたくなったのです。
読んで下さった方々、コメントとして言葉を残して下さった方々・・本当にありがとうございます。

 その後のYについて、またHやAについてはここで細かくは語りません。
前回の記事は、2017年のところまでを書きました。

翌2018年の1月に私はブログを始めています。
何度も貼り付けた記事をここに貼り付けます。

 心に湧き起こる「不安のさざ波」は、大きくなり、間断なく私を襲うようになりました。
お金できれいに解決とはならなとは思うものの、それでも手持ちのお金を増やすことはできないか?
そんな思いがきっかけでした。

 しかし、スタートの時点で目的は、すり替わっております。
答えの出ない苦しい現状を、ただ持ち堪えるためのツールとしてブログを利用することにしたのです。
時々の思いや出来事を、書きとめながら一日一日を越えてゆくことにしたのです。


kyokoippoppo.hatenablog.com
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そして、ここまでやってきた。

心配事はまだ残っていますがね。
心配事があるがため、私はまだ働いています。
そして、私の健康はそれによって維持されているように感じます。

さてさて、
借金苦となったYのその後と、親の有り様についてはこれらに綴ってあります。
kyokoippoppo.hatenablog.com

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 この連載の一区切りとして3人の今を綴っておきましょう。
H・・・そういえば彼の編曲はどうなった?
そうお思いの方もいらっしゃるかと思います。
親バカ根性丸出しで、Hの作品が出る度にYouTube動画貼り付けていたのに・・・最近とんとそれが無い。
それもそのはず、Hの新作はかれこれ半年も更新されておりません。
別のことに頭も身体もとられ、更新できずにおります。
とりあえず前を向いて歩んではおりますよ。
Hについては、語らずにいることがまだまだありますが、そのうち機会が訪れましたら・・。
また作品につきましても、作業が再開できアップとなりましたら紹介いたします。

Y・・・東京で暮らしております。生活も落ち着いています。
というか、かなりの収入を得て暮らしております。
幼少期の火のような激しい気質も、高校時代の反抗精神も、青年期の尊大な態度も身をひそめ、「静か」、「温厚」の要素すら漂う男になっております。
叔母である義妹は「まるで別人」と評します。

数知れない転居と仕事、そして髪型を経たYの今。
私は安堵しております。
  
今までの全てが無駄では無かったと言うYであります。

A・・・あれだけの個性を発揮し、エピソードも数知れない兄の下に生まれた娘。
親戚が集まっても自分のエピソードは、ほとんど語られない。
学習面でも、運動面でも勝ったところがない。
Hにはピアノがあり、Yにはギターがあるのに私には何もない。
彼女はそんな悩みを抱えながら育ちました。
私に自立は無理だと宣言して結婚したものの、それも破綻。
彼女はそんな自分の劣等感から目を逸らさずに生きてきました。
そしてそれを自分の魅力にした・・・私はそう思います。
彼女の存在に、彼女の言葉にどれほど慰められてきたことか???

収入の多寡や、社会的な立場で人を価値を判断する癖が私には残っております。
その眼差しでHとYという兄弟を比べる気持ちが、実は私にはあるのです。
娘は言います。
「いいんだよ。一生懸命生きている。誰かを傷つけているわけではない。もうそれだけで十分だ。すごいことだ!!」
娘よ!!
素敵だよ。
そんなAに、転機が訪れそうです。