頭 心 身体‥・泉谷閑示氏の言葉

うつは怠け病ではない!

 うつを理解したくてネットの中を探索しておりましたら、泉谷閑示という精神科医が書かれた一連の文章に出会いました。

 うつ病を発症し、長らく仕事から遠ざかっていた息子が、バイトながらもまとまった日数の仕事に携わることになる時期でもありました。
ふいに入った仕事ではなく、以前から予定されていたもので、治療もそこに照準を合わせ進められていたようです。
それは、診断を受けてから長らくその病に翻弄されてきた状態から、ようやく脱しつつあることを示しております。

 その日を待ちながらも、この変化が病状に悪く作用しないか?という心配も伴うわけです。
仕事を途中でやりきれなくなったという報告はもちろん聞きたくはありませんが、何としてもやり通すとか、迷惑はかけられないという前のめりの姿勢が悪く働くことも予想できます。

「うつの人は人一倍頑張りやさんで責任感が強い」という情報に「確かに・・・そうなのかも。」
とうなづきつつも、思うように回復しない様子がもどかしく、
「何故そんなに疲れるかな?」とか
「踏ん張る気あるのかな?」とか
「現実逃避のクセがついているのでは?」
という分かりやすい感じかたの轍に足をとられ、気持ちがそちらにふらふらとさ迷い出すこともあるのです。

 泉谷さんのメッセージはそんな私の迷いを丁寧に修正してくれました。
頭と心と身体の関係が分かりやすく説明されておりました。何よりうつを困った現象、除去すべき災厄ととらえずここを通り道として光のある場所へと進んでゆける可能性を説いておられます。
 それが簡単なことでないとは思いつつも、この、道を戻るのではなく進んでゆくというメッセージは心強かったです。

頭 心 身体

 泉谷氏は、母なる大地と繋がっているのは身体であり、身体とともにあるのが心であると言っております。
さて、その「心」・・・・・臓器としてあるわけでもない「心」とは一体何なのでしょう。
改めて考えると不思議なものです。
私たちは当然それを在るものとして認識していますが、いったいどこに?
ものを考える場所である頭が、心のありかのようにも思えます。


 しかし決して心=頭ではなく、心は身体に帰属するというのが、泉谷氏の言葉を理解するための大前提となります。
 頭は、人間が自然の中で生活するなかで、それと抗いながら発達させてきたものです。
人に「~~しなければならない。」
  「~~すべき」という義務や、
理性、損得などを考え出してしては指令を出すのが頭です。頭は心や身体もコントロール下に置こうとします。

 一方心は、~~したいという欲求や感情の場所で、これは身体と直結しており、自然物である身体は自然と繋がっています。

特に重要なのは、頭と心の間にフタのようなものが付いていることです。これは頭によって開閉されます。ですからこのフタが閉まっている時には、「頭」VS.「心」=「身体」という内部対立というか、自己矛盾が起こります。しかし、一心同体である「心」と「身体」は決して食い違いを生じません。

このあたり詳しく知りたい方はこちらをご覧下さい。
diamond.jp

 うつ病というのは、これではダメだ、こうでなくては・・・・、このままではダメだ、今頑張らなくては、迷惑はかけられない・・・・・などという頭のコントロールが行き過ぎて、とうとう心と身体がついて行けなくなった状態であるというのです。
こうなると心や身体は、もう頭の指令通りに動かなくなってしまいます。
頭は簡単には諦めません。さらに指令を出すのです。しかし、意に反して身体は動かず。
こんなはずないだろう!
こんな自分はダメだ。役立たずだ!
頭は混乱をきたすのです。
泉谷氏はうつをこのように説明します。
脳内物質云々には一切触れず。

 うつから回復するためには、頭のコントロールから、心と身体を解放してゆくことが大切なようです。

 私にはまだ、理解しきれていないことはあるものの、この、頭、心、身体の関係については納得できます。


 過去の自分体験と、以前読んだある一冊の本の内容がすんなりと結びつくのです。
そのことは次回以降に書きましょう。


 息子は無事仕事をやり終え、その後体調の揺れもありませんでした。
頭からの指令である
「~~すべき」という考えは当然残っておりますし、この機会に‘’仕事をやれる自分‘’を見せておきたいという思いも強かったようです。
それでもこの仕事を、義務感と損得だけでこなしたわけではなかったようです。
職場の空気やそこでの人との関わりにより、久々に社会とつながった自分を確認できうれしかったと・・・・おお!そうかね!

 当分調整弁のアルバイトです。
まあ、リハビリを兼ねての社会復帰と考えれば程よいのかもしれません。
その後図書館にリクエストして読んだ本です。

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)