グーグルアースで迷子になる

グーグルアース

 勤務する小学校の児童に各一台ずつ、タブレットか配布されました。
先生方にも。
支援員の私には当たりません。
児童たちはすぐに扱いに慣れて、様々な活動に利用しています。
学習に関係のないゲームなどは禁止されておりますが、知的好奇心を促進させる範囲のものは容認されています。
一時、多くの子どもたちが「グーグル・アース」で、まずは近隣の様子を眺めて楽しんでおりました。

 グーグル・アースを利用したことがなかった私も、リアルに旅をするようなこの機能に興味を持ちました。
懐かしいあの場所この場所は今はどうなっているのか??と・・。

児童に頼んで検索をかけてもらったりしましたが、短い休み時間に思う存分閲覧するチャンスはありません。

 さて、先週末・・そう遠足のあった金曜日。
自宅のパソコンにて、件のグーグル・アースなるものを体験してみました。
地球儀ぐるぐる、回して日本を探し・・・・。

何故か??検索情報を入れるもエラーになってしまい、とにかく手動で動かすしかありません。
神奈川県に・・
横浜あたりに・・・

保土ヶ谷区・・・に

迷子

 近くに寄れば寄るほど、位置感覚が分からなくなります。
ぎっちり並ぶ建物の屋根ばかり・・。
クリックして地名や学校名を表示しては目的地に迫ってゆく。

「梅の木」、「西谷」、「苅部◯◯」あっ!この名字の同級生確かにいましたわ!!!

いよいよ人間マークをクリックして地上に降り立つ!

するとまたまた迷子。
私が知る景色の50年後の映像の中で、見知らぬ町の中で、キョロキョロウロウロ。
解除し、再び上空から俯瞰する。

通った小学校を探しましょう。

「新井小」「羽沢幼稚園」・・・・・・「笹山~」

「新井小」・・・ああ!この学校は児童があまりにふくれあがり、途中で分校として切り離された学校だわ!
この地区に通う児童とは4年生のときお別れしたのでした。

上菅田中」・・おお!わが母校。お別れした友達と再会して過ごした3年間。
私たちはこの学校の第3期生だったはず!
しかし、示される写真から懐かしい気持ちが喚起されることはありませんでした。

懐かしいのは、どちらかといえば、通学路!!
そう!!「寺下橋」という停留所から、富士見ヶ丘という住宅を結んでいた林の中の道。

この道はどうなっているのでしょうか?

が、それを判明することはできませんでした。
拡大、縮小、クリックをする度に位置感覚がずれていまいます。

母校はいずこ

 何とか中学校は見つかったのに、小学校が見つからず!!
これか?これか??

とクリックするも
再び
「新井小」「羽沢~」・・・・・と同じ学校名や教育施設を表示してしまいます。
これらの名称は何度も表示されるのに、わが母校「上菅田小学校」はでてきません。

富士見ヶ丘は私の家があった住宅地です。

f:id:kyokoippoppo:20210713181239j:plain:w380:left名前が示す通り、富士山の美しい姿がはるか西の方角に見えました。
山を切り開いてつくった造成地。
階段を降りて、さらに坂道を下り下り、下り切ったところで、道路を渡る。
次は一転登りとなる。
祠の横の、幅1メートルにも満たない階段をあがってしばらくすると、Jちゃんち。
次の階段を昇りきると対面する富士見ヶ丘全体が一望できる高さとなります。
このあたりにNちゃんち。
仲良し二人はこの丘「源氏ヶ丘」の住人です。
私は二人と分かれたあと、丘を下りきり、そのあと富士見ヶ丘の急な坂道を一人でえんやら登ってようやく帰宅できるのでした。

小学校へたどりつくには、あと一つ階段を登ります。

ああ・・その小学校が見つからない。
珍しく遅くまで起きていた私ですが、あきらめてパソコンの電源落とし、休みました。


次の日
 携帯を使い「上菅田小学校」を検索したところ・・・・あらあら我が小学校は、他校と統合したために閉校しておりました。
どうりで見つからないはずだわ!!


こんな記事を長々とごめんなさいね!!
懐かしいという感情が、個人のものだということは重々承知です。
相手が、
「うわあ!!懐かしい!!」
と叫んだとしても
「ああ、そうですか」
という反応しかできないことは分かっているのですよ。
分かっていながら書き綴ってしましました。

さらに記事は続きまして、さらに個人的領域の夢の話になっていきます。
付き合いきれない方々は、さよならバイバイして下さいね。

夢の中で迷子

 この夢を見たのはいつのことか??
今年の冬だったように思います。
鮮明に覚えている夢で、ブログ記事にしようかとさえ思ったもの。

私は母校である小学校を探している。
この道か?
この道か?
進んでゆくも見知った場所へ辿りつきません。
そのうち現れたとある校舎。
そこにいた児童に「ここの学校の名前は何ていうの?」
と尋ねるも、見知らぬ名前が返ってきます。
すると次なる学校が目の前に・・
裏から回り込む・・。
「ここも違うわ。」
次も違う・・・
数校めぐり歩いたところで、私はいつの間にか一回りしていて元居た場所に立っていました。

こんな夢でね。
この夢を見た頃、我が母校はすでに姿を消していたのだわ!!
追記
※記事にしていました。
kyokoippoppo.hatenablog.com

スマホ情報によると、統合は2020年3月末のこと。

そうだったか・・。

なんだかこの夢の記憶と、先日のグーグルアースでの堂々巡りがいやに重なって感じられたのでした。


懐かしい感情とか夢の話って、自分にしか分からないもの。
はっきり言えば他人の「それ」なんてどうでもよく、それを聞かせるなんてナンセンスといわれます。

しかし、才能のある方の手によればそれは素晴らしい作品になるのです。

先日読んだ井上靖氏の『夏草冬濤』がそうでした。


靖氏自身ともいえる「洪作」が、幼少期を過ごした土蔵を久しぶりに訪れる場面を読むと、私にもしみじみと懐かしい気持ちがわき上がりました。
しろばんば』を読んでおり、氏の幼少期のことが私の記憶にも貯えられていたからかもしれません。
そうだとしても、個人のすぐれたお話によって、万人が持つ「懐かしい」という感情が引き出されたことはまちがいなく、この作品の素晴らしさを感じました。

つげ義治氏の夢を扱った作品もすぐれており、引きこまれます。
kyokoippoppo.hatenablog.com


懐かしさの内容は個別のものでも、「懐かしい!」と思う感情は多くの人が知るものです。
夢は個人的な体験ですが、その世界は自分のどこか深いところにも通じているように思われます。



 さてさて、母校の小学校が現在残っていようと、いなかろうと私の生活は全く影響を受けません。
それでも、母校がもう残っていないことを知った私の心には、小さなさざ波が立ちました。

そのことを記事として残すことにしたのです。
お付き合い下さった方には感謝申しあげます。
ついでに、私にとってこの記事と同じ匂いのする過去記事を貼り付けます。
私が、今の自分の心に添うために行う行為です。

ごめんなさいね!!

kyokoippoppo.hatenablog.com
kyokoippoppo.hatenablog.com