月交点

 長男Hが編曲作品をアップしました。
作品紹介に合わせて今回書くネタは、シュタイナーの宇宙観の一部、及び「占星術」に関することです。
まずは、日向猫による編曲作品を貼り付けてしまいましょう。
今回もボカロ曲を手がけました。蜜柑星Pさん(オレンジスターまたはみかんせいPと読むそうです。)の作品です。
『雨き声残響』あめきごえざんきょう

www.youtube.com

このところニコニコ動画での手応えが大きいのです。
(息子の作品の中では…というレベルですがね。)
ボカロというジャンルとニコ動は親和性があるとはいえ、ちょっとした不思議現象に首を傾げているHです。

ここでは、YouTubeの方を貼りますね。
短い作品です。
もっと聞いていたいのに・・ふっとろうそくの火を吹き消したように曲が終わります。
あえてそういう終わり方にしたようです。

宇宙のリズム

 シュタイナーが語る宇宙の話も、占星術の世界も、私にはなかなか理解できません。
私の学びはまだまだ浅く、様々な解説を読んでも理解の追いつかないことが多いです。
それでも・・・いえ?それだからかな?
とても惹かれるものなのです。

今回は、自分の学び直しのための記事となりそうです。
貼り付けや引用が多くなります。

苦痛でなければ、お付き合い下さいませ。
 

 手元にある『あなたは7年ごとに生まれ変わる』を開きましょう。

宇宙と人体のリズムの関連について解説された箇所があります。

 人間は平均して、1分間に18回呼吸している。脈拍は1分間に72回だ。1時間の呼吸は1080回、1日24時間では25920回である。
 また、春分点春分時における太陽の位置で、地球の赤道を天球上に投射した天の赤道と地球から見た太陽の軌道である黄道の交点)が宇宙(360度)を一巡するのに要する時間は25920年である。1度につき72年かかるのである。

シュタイナーは、この25920という数を、1つの区切りを表す数ととらえ、25920日・約71年(数え年72歳)を人間の平均的な寿命としました。
それを越えて生きる年月は「恩恵」と考えるらしい。
もちろん、それに至らず人生の幕を閉じる場合もありましょう。
あくまでとらえ方ということです。
それにしても、1日の中に織り込まれる人間の呼吸の刻みと、宇宙の想像を越えるような時間の流れの中に同じ数字が見出されるとはね。
私はこれを知ったとき、びっくりして息を飲みました。

また、シュタイナーは、宇宙の(天体)の周期と人生の周期にも関連を見出しております。
それは占星術の世界そのものです。


西川隆範氏は、この考え方を東洋の言い伝えとも結びつけて、下記のように書いておられます。

19歳は地球から見て月の軌道と太陽の軌道(黄道)が交わる点が点を一周する長さ(18年7ヶ月)に相当し、25歳は地球から見て木星が天を一周する時間=木星の恒星周期(12年)の2巡目にあたる。
源氏物語』や『拾芥抄』という本で37歳を厄年としているのは、月の軌道と太陽の軌道の交点が天を一周する時間の2巡目に相当する。61歳を厄年また年祝いとするのは、ほぼ土星の恒星周期(29年半)の2巡目および木星の恒星周期の5巡目にあたる。
 18年7ヶ月という月交点のリズムは、人生の新しい曲面を開く転換期をもたらすといわれる。

(大文字はkyokoによる)
いかがでしょうか?

みなさんには思い当たることがありますか?
私は・・・「そういえば・・・」と思うのですよ。
私が神奈川からここへやってくるきっかけ・・夫との出会いは19歳間近の頃にもたらされました。

ノード回帰

 Hはこの11月で37歳になります。
37歳・・・月交点の2巡目なのです。
占星術の用語ではノード回帰と言います。

ノードとは月交点のこと。
Wikipediaの説明は以下の通り。

月の交点(つきのこうてん)は、月軌道の、黄道面(地球の公転面)に対する交点である。つまり、天球上で黄道白道とが交わる点である。

図で示すとこのようなものです。
f:id:kyokoippoppo:20211112071317p:plain

画像はこちらからお借りしました。
sup.andyou.jp


f:id:kyokoippoppo:20211113193243j:plain:w300:left

この場所は歳差運動により常に動いております。

地球の歳差運動とは、コマが首を振るように約25800年かけて自転軸が回る現象です。

自分が生れた時の月交点(ノード)の場所は約18年7ヶ月経つと元の場所に戻ってきます。

これがノード回帰であり、西川氏が月交点のリズムと呼んだものです。


ノードは太陽の通り道と月の通り道が交わる場所であって、そこに天体はありません。
なので占星術用語では、感受点と呼ばれております。
この場所で新月や満月が起きるとことによって、日蝕月食が見られます。


 さてさて
Hの37歳・・災厄がやってくるのか?
人生の新しい曲面を開く転換期がもたらされるのか??
はたまた、感知できることは何もなく過ぎてゆくものか??
わかりません。
どうあれ、その人がいくつであっても、人の暮らしに何も無い、何も起こらないということはありませんね。
楽しみにしようではありませんか!!!!


因みに・・Hのノード回帰は来年2月の10日あたり。

西川隆範氏について興味を持たれた方はこちらを・・。
e-satoken.blogspot.com

What is your name?

反抗期?

 前々回の記事『憧れ』で、15歳当時の我が子たちの様子を記事にしました。
kyokoippoppo.hatenablog.com

特に次男は、造反の態度をはっきりと形にし、大人の言いなりになりたくない態度を強く見せていた時期でした。

その頃長女は小学校6年生。
私はPTA役員を引き受けておりましたので、時折小学校の職員室に伺うこともありました。
そんなある日、次男Yの5〜6年を担任して下さったI先生に会ったので挨拶がてらYの近況を語りました。
「何だか最近反抗期で…。」
するとI先生は、大変不思議そうな表情で私を見つめました。
そして言ったのです。
「ええ??!Yの反抗期なんて、小学生の頃からだったじゃないですかあ!」

「あ、ああそうか?」
確かに次男は、5〜6年生の頃、好き勝手な振る舞いで新採用のI先生を大変困らせたのでした。
I先生にしてみれば、お母さん何を今更??という気分だったのでしょう。
母の目には、15歳の次男の様子は小学生時の反抗とは明らかに違うと映っており、そのような新バージョンの様相を伝えたかったのですがね・・。


そもそも、YはI先生が好きでしたから、小学生時代の彼の行いは所詮始末の悪い甘えのようなものだったのです。

What is your name

 当時の彼の行いの様子が伝わるものを、私は保存しております。
アルバムに挟み込んであるのです。
披露することにしましょう。
Yがこういう子どもであったことや、私がこういう親であることは、決して褒められたものではないことは承知しております。
ただね、私は面白いのです。その面白さも個人的なものであると思いつつお見せします。


I先生は漢和辞典の編纂に関わったことのある漢字に詳しい先生でした。
画数の多い漢字を授業のネタにしたのでしょうね。
Yは早速取り入れました。

音読みの画数の多い漢字で記名しています。

この漢字の音が正しいとすれば、探求心を発動することによって私のフルネームを知ることができますね!!
息子がこの6つの漢字を記憶して書いたものか?メモを取り出して書いたものかはわかりません。
テストの記名に関してはこんなものも・・。

ニドキング弟」は消しゴム使って書き直した跡すら残っています。
そこに労力使って45点取るなよ!!









 画数の多い漢字の書き取りには興味を向けたものの、地道な漢字学習など全く行わないYでした。
ですから、通常の漢字テストはこの通り。
格闘の痕跡が欠片もありません。
テストをなめてかかっています。
さらには、相変わらずの記名であることも伺えますでしょ。
こちら全てお見せすると、名字が解読できる程度には書かれておりますので、あえてのチラ見せ!

あえて従わない姿勢で・・

習字の作品です。



これは算数。オマケ問題とはいえねえ。


社会科

I先生ありがとう!!

 今の勤務先で、こんな奴はいませんよ。
これを許すような先生はおられません。

では・・・Yの所業は、担任が新採用の先生で指導力が未熟だったから起きたことなのでしょうか??
それも一因の一つと考えられますが、この学級の全ての児童がこんな状態ではなかったのです。
・・・とすれば、
Yが「そういう子ども」だったということ。
親がそれを正さなかったということ。
それに尽きるのです。

そして私はこんなYを未だに面白がっております。

そして、私はI先生に「ありがとう」と伝えたい。
YをYのままで可愛がって下さった先生でした。

現在のYはね。
幼少期のYとはかなり違う佇まいを見せております。

そんなこんなの日々の記録

お魚ドドーン

f:id:kyokoippoppo:20211101073729j:plain:w500
 知り合いの漁師さんからドドーンとたくさんの魚が届けられました。
数日前のことです。
ありがたい!!
ありがたい!!が、このままで置いとけない。
日中家にいる夫に、下処理を頼みました。
お腹だけは開いておいてくれました。
でも、その後の始末は私。
仕事から帰宅後すぐにとりかかりました。
大きなカレイは3分割。
フグとホッケは3枚おろし。
フグは冷凍しました。
そのうち鍋か唐揚げだな。

カレイとホッケは干しました。
雨が降ったり、妙に暖かかかったりで、数日かかりました。

写真も残さず冷凍庫へ。
そんなこんなで忙しや。

イレギュラーだった金と土曜日

 金曜日の夜は、町の文化センターで行われた講演を聴きに行きました。
講師は、本田優子氏
演題は、「アイヌ文化と北海道

とても良い講演でした。
本田優子氏についてはこちらを・・。
www.shidaikyo.or.jp


 翌土曜日の夜は、友達との飲み会。
毎月2000円ずつ積み立てし、飲みに行ったり旅行をする友2名がおります。
その夜は、久しぶりの飲み会。
帰宅は23時30分でした。

日曜日

 日曜日はぐったり。
お酒のせいではありません。
お酒に弱い私はビール1杯と、ゆずサワー1杯で終了でしたから。
寝不足です。
いつも超早寝の私ですので、連日のお出かけは身体にこたえました。

それでもようやく掃除機だけはかけて、その後娘を誘って選挙に。
その流れで、共に過ごす休日となりました。
日用品の買い物をして戻ってきたら、夫が台所に立っていました。
食材買ってきて、おでんを作り始めておりました。
~晩ご飯何しよ~~~?
全く思考停止状態の私てしたから、ありがたい!
ありがたいのですが



夫の様子ときたら・・
食材を切るためのまな板広げて、あれやらこれやら切っては素材ごとに次々にバットに並べ、使ったボウルも面取りした大根の縁もそのへんに、だしをとり終わったこんぶの山は出窓にあり、包装素材は流しに放り込まれと大奮闘なのでした。

おでんのつゆの入った大鍋がガス台を塞ぎ、
そこに卵ゆでる中鍋がお出ましし…。


夫のそんな作業の混沌の中、私はお昼用のスパゲティを茹でなければなりませんでした。
ミートソースは娘が作ったものを利用しましたが、それだってあたため直しが必要です。

つまり、この混沌状態のさなかに、プラス、パスタを茹でる鍋とソースを温める鍋が必要で、皿を温めるお湯も必要で、
手際が悪くて、茹であげたパスタがすぐさま乾いてしまったため、フライパンで炒めることとなり…。
娘が助っ人に入り、炒めてて盛り付けてくれました。


f:id:kyokoippoppo:20211101181242p:plain:w200:left
いただきます。
ごちそうさま。
食べりゃ、汚れた皿が出るわけです。
洗いに洗って片付けたら、待ちかねた孫が
「折り紙の続きしよう!!」
「ばあちゃん、風船で遊ぼう」
と…!
マジか?
頑張れkyoko!
(画像は夜にアップされた娘のインスタグラム。)



午後は、娘の住宅で孫とマリオカート
ショボショボする目を無理にランランさせてレースに挑む。
まあ!
我が子たちが、楽しんだスーパーファミコンマリオカートからは、とんでもない進化をしていますよ。
走行する道や、景色を見るだけでも楽しめます。
f:id:kyokoippoppo:20211101184850j:plain:w400
画像はこちらからお借りしました。
https://twitter.com/cosmoseashell/status/1350656217593516038


が…じわりじわりと疲れが溜まってきます。

美味しいご馳走!!

夕方は娘と孫も引き連れ自宅へ戻り、おでん&蒸し牡蠣の御馳走です。
f:id:kyokoippoppo:20211101073710j:plain
夫のおかげで手間無しで、食卓につくことができましたよ。

f:id:kyokoippoppo:20211101073723j:plain:w280f:id:kyokoippoppo:20211101073719j:plain:w280:left
こちら殼付き牡蠣。
白くぷくっと膨らんだところ見えますか?
温められて薄い膜が膨らむことがあるのです。
娘・・これがあると喜ぶんですよ。




ご馳走さまでした。
牡蠣殼片付け、食器を洗い、
娘と孫がお家に戻り、
ようやく全ての用事が終わりました。

グンナイ

ああ〜。
開放感!

ハードな日々の後の解放感は格別です。

ワタワタしてばかりで、やりたいことは山積みなれど、それらにら目をつぶりお布団に足を突っ込む瞬間の心地良さよ!

その日を閉じて、明日へ向かう。
選挙速報も見ずに夢の中でした。

* * *

これをアップする本日は、月曜日の夕方。
晩ごはんは、もちのろん!
おでんの残り。そしてホッケ!

選挙結果に対する思いはありますが、書かないことにいたします。


これを投下したらお風呂に入って、お布団に行き、今日を閉じる。
そしてまた明日…。

憧れ

7年ごとのサイクル

 我が家の長男が15歳の頃、高校進学につての疑問を持ったこと、そのタイミングでピアノに夢中になったこと、そして高校進学をしなかったこと・・これらのことはいく度か記事にしております。
成績こそふるいませんでしたが、それまで通学を厭うことは全くありませんでしたし、友達に囲まれて楽しそうに、のんきそうに生活している風にみえました。
みんなと一緒に行動し、その安心感の中に浸っていられる・・そんなムードの我が子が、なかなかの強い意志を持って
「高校進学しなくていい!したくない!」
といい始めたわけです。
その頃心酔していたジャミロ・クワイの歌の歌詞から受けた影響も大きかったと思います。

soul education』のこの部分です。
 
I don't have time for school
I've got my soul education
So let the music came and save you


シュタイナー関係の本を読みますと、人の心身の成長が、約7年のサイクルをもっていることが書かれております。

西川隆範氏によるこんな本もございます。


シュタイナー教育を語る』で説明されている箇所をざっとまとめると、

●生命活動には、始まりがあり、成長を遂げる盛んなときを経て、衰退期にむかっていく・・・このような山形をたどる。
●さらにそれぞれの3つの活動の中にも、始まり、盛り上がり、収まってゆく3段階がある。
●しかし、始まりの後期は盛り上がりの始めでもあり、盛り上がりの後期には衰退が兆している。
●すると9個の段階に2箇所の重なりがあり、結局人の成長は7段階(7年)ごとの周期で捉えることができる。

ということ。

そうすると、不思議なことに、生理学の本を読むと、実際に人間の身体の中の物質成分は、七年経つと入れ代わって、7年ごとに新しい成分に変わると言われています。
 七つのリズムというのは不思議なことに、いろいろな場合に当てはまります。音楽の場合でも音階を七つの音程で分けます。


だとすると、中学3年生というのは、第2七年期から第3七年期へ渡っていく頃だと分かります。
以前発行していた紙媒体の通信に、次男の当時の様子を書き残しております。
2001年11月に書かれたもの。
その年の秋には同時多発テロがありましたね
10月には、アメリカによる報復攻撃が始まり世の中がざわついていた頃です。

まるでそれに連動するように、私のまわりでも不穏な出来事か立て続けにおきていました。
(身近なところでの災害死、自殺、突然死、転落死、遭難などのニュースが続いたのでした。)

kyokoippoppo.hatenablog.com

(そういえば、網走在住だった中川学氏が勤務先から姿を消したのもその時だったのだなあ・・・。今記事とは直接関わりませんが、何だか「ここにも、このような錯乱があったか」と妙に感じてしまって貼り付けておきたくなりました。)

15歳

 そして我が家では……次男は中学3年生。
早生れの彼は当時14歳でした。
以下通信からの抜粋です。

中学生とひとくくりに呼びますが、この時期の子どもたちの変貌には驚かされます。成長期なので当然といえば当然ですが…、
3年間の学校生活の間には、シュタイナーがいうところの第2七年期と第3七年期の区切りが横たわっています。第3七年期に入ると子どもは、「自分を作り変えていきたい」という衝動にかられるのでしょう。
親からもらった身体、親から授かった価値観、常識、ルールなど、自分を縛っていたものを振りほどき、新しい価値観を再構築する時期なのでしょう。
激しい音楽、反体制的な詩、異質な世界は、そんな彼らに寄り添い、彼らが「新しい自分」を作るための産婆役を果たします。
我が家では長男Hにとっての「ジャミロクワイ」、次男Yにとっての「ラファエル」がそうでした。
長男はその後ピアノに夢中になり、今はクラシック音楽にのめり込みですが、次男は今が第3七年期への移行の真っ最中。
10月…ただでさえ色々あった10月に、彼は耳たぶに安全ピンを通してみたり、テストを2枚も白紙で提出したり、個室を欲しがったり、私に食ってかかって胸ぐらつきみにきたり、学校祭もあったりで、パワフルでした。
日々ギターをかき鳴らし、10月最終日には風邪をひきました。

おお、懐かしいな!
こんなことがあったのです。

憧れ

f:id:kyokoippoppo:20211029174919j:plain:w300:left 当時Yは、「ラファエル」というバンドのギタリスト「華月」に憧れていました。

彼の読んだ本を求めては書棚にいれ、写真集をながめ、彼に近づこうとしていました。
(画像はピクシブ百科事典より)




とはいえ、何といってもこちらは田舎。
洒落た服屋も、美容室も、町並みもありません。
あこがれはあまりに遠い存在でした。
地元を「うんこ」と呼び、
「こんな田舎で育ったことそのものが人生の損失だ。」
と、言い募るのでした。


そんな次男は、卒業後地元の高校へ進学しました。

(受験勉強は全く必要なく入れる高校です。
3年生の冬は、リフト1基の近くの山でスキー三昧して過ごしましたね。)
高校生になってやりたいことは
「バンドとバイト」
と言ってはばかりませんでした。
高校生活…いよいよバンド活動に精力を傾けました。
学校祭が近づくと、農家の友達の畑の片隅にあるD型ハウスに集まって練習をするのでした。

4年後
彼はあるバンドのメンバーとなっております。
ビジュアル系のね!
(その画像やYouTube貼るか貼らぬか???今回は見合わせます。)

長男にしても、次男にしても、15歳の頃に出会った憧れの存在が、将来への流れを作りました。
次男が活動したバンドは、数年後に解散となりましたが、彼のその後の様々な活動の起点となる大切な体験といえましょう。


 さてさて、長女Aの中学校生活は、部活(バレー部)に明け暮れるものでした。

目標を立て、日々振り返り、反省の弁を日記に残す。
スローガンをこれまた日記に書き記し、チームにいかに貢献するかを文章にする。


スポーツの能力に長けているわけでもない長女のこのような日々の末・・
彼女は「そういうこと」に嫌悪感を抱くようになりました。
そして、
「私には何も無い」
という気持ちを徐々に募らせていったのです。
「Hにはピアノがある。」
「Yにはギターがある。」
「私には何も無い。」
生徒会で中心的な役割を担い活動する娘でしたが、それは自分の欠乏感の穴埋めのようなもののようで、夢中になれる何かを持たない自分であることの悩みは消えませんでした。

そして、その時のその感情は、その後の娘の有り様に少なからぬ影響を与え、今に至ります。


ラファエルの作品を一つ貼りましょう。
今時期の季節を歌ったものです。
www.youtube.com

  *  *  *

 Yが、ラファエルの華月に憬れたその頃、彼はすでに故人でした。
彼は19歳でこの世を去っているのです。
鎮痛剤の大量摂取による突然死だったということです。
命日は2000年10月31日。
そう・・・投稿をする本日は彼の命日です。

ドライブゴーゴー

ドライブ日和

 10月24日(日曜日)のおでかけ記事です。

 隣町で子ども用品やら服やらのリサイクルバザーが開かれる!!
との情報を得た娘!!
我が子のスキーデビューのためのスキー用品が欲しい!!
SNS発信に、ベストタイミングで情報を寄せてくれた友がいたというのです。
「それが・・・今日なのよ!!」
ならば・・・
「行ってみますかあ!!」
と繰り出した女3代。
運転手は私。
連日の寒い雨模様から一転、暖かな日となり絶好のドライブ日和でした。

走ってすぐ・・・畑で羽を休める白鳥たちに出くわしました。
この時期は、あちらこちらの刈り入れ後の畑で見かけます。
娘が外に出てすスマホを向けたところ、数羽が羽を広げ飛び立ってゆきました。

f:id:kyokoippoppo:20211024160312j:plain:w600

f:id:kyokoippoppo:20211024160251j:plain:w300:left




 さらに走り芭露(ばろう)地区。
そこではエゾシカに出くわしました。
一頭があちらへ走ったりこちらへ走ったり。
迷ってしまったのでしょうか??
車を路肩に止めて、これも娘がパチリ!!
動く鹿を収めるのは大変だったと思います。


 サロマ湖は秋の日差しを受けてキラキラ光り、背後には紅葉の進んだ山がカラフルに輝いています。
写真に残したい思いも生じましたが、この大きさ、この奥行きは写真に切り取っても伝わらないという思いも共に湧きます。
「きれいだねええ」と言いながら通過しました。




f:id:kyokoippoppo:20210809070956j:plain:w200:left
計呂地(けろち)を過ぎ右折。
しばらく道なりに走ったら今度は左折、佐呂間への近道であるこの山道へと向かいます。
(この写真は夏のもの。廃校で開業したカフェを尋ねたときに撮ったものです。)



この道の右側は酪農場なのですが、日和の良いその日は牧草地の斜面にたくさんの牛が放牧されていました。
前にも後ろにも一台の車も無し!!
「さあ!モーちゃんにご挨拶だ!!」
と車を降りました。


その時には「白鳥」「エゾシカ」と続いた動物ネタを交えて記事を書くことが、心の中で固まりつつありましたから、この牛たちとの遭遇は「おまけの決定打!!」です。

f:id:kyokoippoppo:20211028053105j:plain:w360:leftスマホを構え娘が車から降りましたら、すぐそばの牛2頭ほどがじっと見つめながら歩み寄ってきました。




孫のこっちゃんと私も、牧草地のしきりの有刺鉄線の側に立ち、ママと並びました。
「モウちゃん。」
孫が呼びかけます。




すると私たちに気づいた牛たちが、次々を歩み寄ってきました。
山の上にいた牛たちも降りてきます。

f:id:kyokoippoppo:20211024160114j:plain



えええええ!!!???


並んだ並んだ
どどーーーーーーん!!
整列してこちらを見つめます。
写真に収まりきれないモウちゃんたちがまだまだ横に並んでいるのです。
とはいえ・・
なかなかインパクトのある一枚となりました。
娘はこの様子を動画にも撮ったのですが、動画貼り付けは難しそう・・・諦めます。


何か期待しているのかな??
なんにもあげられないよ。
「ばいばい」

車に戻りゆっくり発進。
牛たちはしばらくじっと並んでおりました。

1700円でスキーセット


 ホワイトドームという会場でのリサイクルバザー。
スキー目当てで来場されている方も数組おられましたが、争うことなく孫の身長にあったスキー板とストック、スキーブーツの3点セットを手に入れることができました。
1700円でお買い上げ!!
これは来月お誕生日を迎える孫へのプレゼントの一部とすることにしました。

その後はお天気も好いのでそのまま北見まで走り、イオンで残りのプレゼント品、冬のブーツと耳当て付きの帽子を調達しました。


さてさて、せっかくここまできたのだからどこかでお昼。
狙って尋ねた場所は満席・・順番待ちの混みようでした。

そこで来る途中で見かけた住宅街の中にあったカフェに場所を変えることにしました。
カフェ『アンティコ』は、自宅の2Fがカフェになっており、おしゃれなお店でした。

お料理も美味しく、サラダもランチに付いてきたデザートもとてもおしゃれ!!
満足満足!!

f:id:kyokoippoppo:20211024203145j:plain:w300(画像は、北海道カフェガイド DO MAPより)

f:id:kyokoippoppo:20211024202432j:plain:w400   f:id:kyokoippoppo:20211024160306j:plain:w300f:id:kyokoippoppo:20211024160255j:plain:w300:left


私今週末は友達と「飲み会」よ!!
そろそろいいよね!!と。
週末までの残り日数、頑張って働きましょか!!

おいしい給食!!!!

 ちょいとラフな記事を挟みたくなりました。
昨日の笑えた出来事を書くことが目的ですが、周辺ネタも織り交ぜて・・・。

母の好み??

 いつの事だったか?
娘が私に尋ねたことがあります。
「お母って今まで流行りの歌手に憧れたとか、ファンになったということはなかったの??」

「そうだねえ・・・」




ないね・・。

無いのです。
その時々に好きな歌があったり歌い手さんがいたりしましたが・・憧れたり、追いかけたり、熱狂するということは、少女時代や若いころを通してありませんでした。
「好きな男優さんとかっていないの???」
「うーん好みっていうのはあるよ。」
誰???!!!!

「何つったっけなあ・・・??」

「好きだっていって名前も知らんのかい??」
「何か笑顔がいいなあ!という印象が残っているけど何っていったっけ??」

こんな具合。
この時の会話はここで途切れましたが、いつかその男優の名を思い出したら娘に伝えようと、気持ちの中に残しておきました。

そして先日捕まえました!!
新聞で紹介されていたドラマ『美味しい給食』sason2の記事において・・。

同ドラマは、1980年代のある中学校を舞台に、給食マニアの教師・甘利田幸男(市原)と、給食マニアの生徒・神野ゴウ(佐藤大志)による、どちらが給食を「おいしく食べるか」という闘いを描く、笑って泣ける学園グルメコメディ。2019年10月期に放送されたseason1、20年3月に公開された『劇場版 おいしい給食 Final Battle』の2年後を描く。


www.youtube.com
www.youtube.com
そうそうこの方。
市原隼人さん。
以前、テレビで見た映画『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』。(2008年公開)
で知った俳優さんです。(おぼろげな記憶によると)
まだ若々しかった彼の笑顔は、とても魅力的で印象に残りました。

f:id:kyokoippoppo:20211021185914j:plain:w300:left娘よ!!思い出したよ!!!
市原隼人だよ!!

我が職場の美味しい給食・火曜日は麺の日

 それはさておき・・・
職場での出来事を語ることにいたしましょう。

支援員として働く私は、6年生の教室に入ることが基本ですが、必要とされれば、2年生の教室で仕事をすることもあり、給食の時間は毎日2年生と一緒にいただきます。

給食助っ人として、特別支援担当のI先生も配置されております。
まさしく”美味しい給食”をいただいたあと、子どもたちの片付けを一緒に見守りながら二人で並ぶのですが、普段はさほど会話が弾みません。
無難に天気の話をする程度。
最近は「寒いわあ」ばかり。
共通する趣味などありませんしね。

しかし、今週火曜日。(火曜日は麺の日。その日はちくわ天ぷら付きのうどんでしたよ!)
いつものように片付けの児童を待ちながらI氏と並んで待っておりましたら
I氏ぽろりと、
「深夜観ている『おいしい給食』が面白いんだよ!」
とつぶやきました。
おおお???『おいしい給食』ですと????

先日、このドラマsason2の新聞記事を目にし、お気に入りの俳優市原隼人の名前を改めてインプットしたばかりだった私、
さらにはユーチューブにて予告や公開映像も楽しんだばかりだった私は、珍しく素早い反応をすることができました。

市原隼人のアクションが楽しいですよね。!!」

「でもさあ・・第二弾でるらしいけど、同じパターンでしょ。
それって飽きないのかな?」
・・・と私。
「飽きませんよ。このパターンがいいんですよ。もう笑いまくりですよ。」
I氏。
『おいしい給食』ネタでの、楽しいやり取りとなったのでした。

水曜日はカレーやら丼もの

 
 さて次の日水曜日。
この日のメニューは季節のカレー。
きのこと茄子の入ったカレーでした。
そしてゆでキャベツとボイルホタテのサラダ。

しかし、茄子、きのこ、ホタテは子どもたちにとって魅力的なものではないのです。
皿に盛られたものは必ず食べきるきまりになっている代わりに、事前に量を減らすことができます。
量を減らす児童も多かったし、いつもなら空っぽになるご飯もルーも残っていましました。


「ああ、美味しいのにな!もったいないなあ。」
と鍋を覗き込むI氏。

そこへ、食べ終わった食器を片付けに一人の児童がやってきました。
そして、
「I先生とK先生(私)と、どっちが年上なの?」
と聞いてきたのです。
「ええ!!?」
とやけに大きな驚きの声をあげたI先生。


「どっちだと思う?」と私。
なんとなく答えづらかったのでしょうね。
子どもは首をひねり、「もういいです」と言いたげに笑いながら、答えることなく教室へ戻っていきました。

I氏のぼやきが始まりました。
「いやあ!ショックだなあ。そんな風に見えるのか?まだ50だぞ。」

そんな風ってどんな風だ???


「子どもなんてみんなひとからげですよ。大人の年なんて区別できませんよ。」
と私。
「それにしてもだよ。」
と彼。
ぼやくぼやく・・・



そこで私。
「っと!待って下さい?一目瞭然だろ!とそう言いたいんですか?」



「いやや、そ、そんなわけでもないけれど…。」
もごもご・・・・

「いやあ!そんな時はさ!
Kさん若見えですね!って言って下されば万事収まるんじゃないですか?」


「ま、まあ、Kさんが若いってことか?」
もごもごもご

言いづらそうにI先生は口にしました。
私はおかしくておかしくて大笑い。

まあね。
私は職場において最長老。
子どもの質問はショックだったのでしょう。

これを、アップする本日は木曜日。
パンの日でした。
今日は黒糖パン、マカロニサラダ、カボチャコロッケ、ポトフのメニューでしたよ。

木曜日のパン給食を食べると、私はいよいよ週末が間近に迫ったと感じることができます。

明日は中華メニューの日です。
我が町の給食はセンターから運ばれてきます。
とても美味しいです。
学校での美味しい給食と楽しいひとときの話題でした。

ゆっくりとね!!!

ティールはどこに?? 

 引き続き、今までの一連の記事の先を綴る気持ちではおります。
ただ、
ティールに向けて」という意識はしばらく引っ込めておくことにします。

このタイトルですと、どうも「これ」に縛られ過ぎてしまう。

日常を綴ったり、我が子たちのことを綴ったり、心にとまったことを綴ったりする中で、「ティール時代」というものを感じ取ろうとしてみる。
そんな風にしてみるのはどうかな?
アンテナは立てておいて、何か感度があったらそれを書き残すのです。

ティールに向けて
という一直線の矢印を改めて、

ティールどこにあるかしら?
というくらいの柔らかさで。


 夏に知った「ティール時代」という言葉。

kyokoippoppo.hatenablog.com


それを追いかける記事を綴ることを「」と称した私です。

でも、前回の記事で私は、

それに向けて歩いたとはいえず、切り株に座って本を広げていただけだったのでは??

と書きました。
そして、ちょいと止まると…。

はてさて・・・・となると、
座っていたあと立ち止まったわけで、どこが旅だったものだか?
って思い苦笑してしまいます。


でも、
せっかく知った「ティール時代」という新しい扉も、
ここまで本やらネットやらで調べた周辺の知識も、私にとって大切なものであることに変わりはありません。
記事に寄せられた皆さまからのコメントも貴重なものばかりでした。

周りを見渡せば・・・

 
  夏、私が「ティール」という言葉を知り、関連の記事をアップした頃に、これに呼応して本書を読んで下さった方がおられます。
jidobungaku.hatenablog.com

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の話題」を提供してくださるmatushinoさんです。
彼女は、私に先んじてこの本を手に入れ、その感想を残しておられます。

表題になっている

子育て本は、もうこれ一冊でよいかも

という思いや、記事中の

もう新しい時代完全に始まっちゃってますよね。人の意識の変容が起こってる。

という感じ方に私はうなってしまいました。 
私自身は、このような確信を語る域に達してはおりません。

matushinoさんの中にストレートに流れこんでいるこの本の内容が、私にはそっくり流れてきておりません。

私の中に、流れを阻害する何かがあるのかもしれません。
これは良い悪いの問題でなく、事実としてそのように感じるのです。
私がティール時代というものを理解したければ、自分のその部分を知ること…それに尽きるのではないかな?

だからこそゆっくりと、
歩きすぎないように、
急がないように、
嘘が混じらないように、
学んでゆきたいものです。


matushinoさんの記事の中でチロリと打ち明けられている
うちは子どもが荒れたので・・・という部分。

現在のmatushinoさんを形作ったのは、まちがいなく苦しかったに違いないこの体験なのでしょう。
そして彼女の苦しみは、もちろん当時のお子さんの壮絶な苦しみそのものであるわけで・・
「子ども」という存在は、全力でこれを表明し、対峙する親の有り様を変えてゆくものなのでしょう。


matushinoさんの記事からの引用です。

もうね、人間関係含め、ぜーんぶ世界作ってるのは自分なんですよね。
今まで心に響いた本は、どれも形は多少違えど、同じことを言ってました。

もう、いい加減、認めよう。ぜんぶ、私なんだ、ってこと。

良いも悪いも、自分が世界を作ってるんだ、ってこと。

だから、未来は明るい。

未来は自分が作る・・そうなんだね!!



昨日は図書館へ寄り、しばらく離れていた物語を借りてきました。
f:id:kyokoippoppo:20211020072145j:plain:w400:left

 「物語」からしばらく遠ざかっていましたからね・・・それを求める気持ちがむくむくわいてきちゃったのですよ。
うふふ・・・matushinoさんおすすめの作家さんマーガレット・マーヒーの本2冊(紹介されていたものがなかったので同じ作家さんの作品を・・)
学級の子どもたちにも手にとってもらえそうなので職場に持っていきましょう。

もう一冊はタイトルと挿絵に惹かれて引き抜きました。